第7話 天国
何とか死なずに病院で治療を受けているエレナ。
背中から腕の裂傷。そこが爛れて紫色に変色化膿している。
医者は手際良く、メスで幹部を開き、膿を洗浄消毒して接合していく。
その外の待合室にて治療を待つジュリアとピーターと撮影クルーたち。
「どうするつもりだ?」
「あのまま死なすのは私に耐えられなかった」
ピーターの質問に答えるジュリア。
「犬や猫じゃない。人間の子供だぞ。勝手に連れ出したら犯罪だ」
「犯罪者で掴まってもいい。あの子が助かるなら。・・・できるなら、私が助けて育てたい。あんな親に殺される前に、私が引き取ってしまいたい」
「本気かよ?」
「ピーターは言ったわね。あそこで生まれた者はあそこで死ぬのも運命だって。確かに彼女はあそこで生まて、あのまま死ぬのが運命だったかもしれない。でもね。私と出会ったのも運命なのよ。エレナが死ぬ間際に行ったのも運命だし、こうして命をつなぎとめることが出来たのも運命なの。ならばそれを受け止めるし、私は全てを受け止めるわ。それが私の運命になった。私の命を懸けても助けることが私の運命になったのよ」
ふーとため息をつくピーター。
睨みつけるように真剣な表情のジュリアを見て、
「・・・児童保護団体って知ってるか?・・・前に取材したことあるんだが、虐待されてる子供を助ける所・・・その子が正常に生活できない場合、その団体が親や養育者から保護して育てる団体だ。そのほか養育できなくて保護された子供を里親に渡す団体もある」
意外な言葉を聞いて驚くジュリア。
にが笑いをするピーター。ジュリアを見る。
「ジュリア。俺は、おまえを凄いと思うが、手伝うことは出来ない。ただ自分の持っている情報ぐらいは渡せる。後はお前のやる気だけだ」
ジュリア、カメラマン・ピーターの手を握る。
すぐに動いたジュリアは児童保護団体にいって、虐待児童の保護の説明を聞く。
年間、虐待死亡が起きているが、発見できない状況などを聞く。
そして弁護士に会って、書類を作成するジュリア。
揃える書類は、保護した後の後見人の申請書類。
および、親権のあるものから、親権を剥奪する裁判の申請。
養子手続。養育のための資金証明書。
それら書類を取り寄せて、作成して行くジュリア。
何枚も何枚も書類が必要である。
そして最後に「後はエレナ本人が、あなたを選ぶかになります」と弁護士に言われる。
手術の後、エレナが運び込まれたのは5階、503号室の個室。
そのベッドで目を覚ますエレナ、ベッドから上半身を起こし、部屋を見回す。
真っ白な部屋。どこを見ても真っ白。
部屋の隅の棚にエレナの服が置いてある。熊のぬいぐるみも着いたまま。顔をこっちに向けてエレナを見ているよう。
自分を見る。白い服。白いベッド、白い布団。みんな白い。
ベッドから降りるエレナ。腕に着いた点滴のチューブが邪魔。
点滴の腕についているテープを引きちぎって外し、腕に刺さった注射針を抜くとそのまま、部屋の中を歩きだす。
抜いた注射針の穴から出る血が、少しずつ垂れているが気にしない。
白い壁、白いベッド、白い布団、白いカーテン。そして窓からは芝生の生えた中庭を見下ろせ、そこは他の患者が散歩している。
静かな風景である。
「天国だ」
ジュリア、病院に戻り、エレナがいる5階の病室にいく。
病室に入ると、窓際に立ち起きて歩いているエレナが目に入り、意識を取り戻したことに喜ぶ。
「エレナ」
振り返って微笑むエレナを見て、安心するジュリアだが、腕から血がしたたっているのに気がつき、看護婦を呼ぶ。
「(垂れる血を押さえ)なにやってんの、抜いちゃ駄目でしょ」
「私、死んで天国にいるかと思った。こんな綺麗な所、見たことない」
ジュリア、エレナをベッドに寝かしつけ、頭を撫でる。
「もう大丈夫。貴方は保護された。もうあのスラムに戻らない。私が保護者の責任をもらい、これからは私と一緒に暮らすことになったの。いい?」
微笑む。エレナ。
ナースコールで呼ばれた看護師が来て、点滴を刺し直す。
「早く元気になって、学校行って、楽しいこといっぱいしましょう」
「やっぱり助けてもらえた。星に願いをしたから叶ったわ」
嬉しそうに微笑むエレナ。
「星に願いか。前も言っていたね」
「そう、たまにだけど、願うと叶う時がある。先生が言ってた」
「・・・可愛い子」
頬を突つくと、微笑むエレナ。
そこに病院の事務の人間が病室まで上がって来る。
「ジュリアさん、すみません。ロビーにご両親と名乗る方が。警察とお見えになっていますが・・・」
一瞬、顔が曇るジュリア。不安げなエレナ。
「心配しないで。もう大丈夫。待っていてね」
エレナの頬を撫でると、自分の鞄を持ち、病院のロビーに降りていく。
エレベーターを降りると、病院のセキュリティに止められてロビーにいるエレナの両親であるパレモとヨナが、警察を伴ってうろついているのが目に入る。
ジュリア来るとパレモが指差して叫ぶ
「こいつだ。こいつが誘拐したんだ」
ヨナもジュリアを煽るように怒鳴る。
「返せ。エレナを」
連れてこられた太った警官とやせた目の垂れた警官も近寄ってきて、同じような大声で威嚇するように言う。
「誘拐と聞いたから探したらここの病院にいることがわかった。すぐに返せ、でなければ逮捕するぞ」
もう犯罪者と決めつけて脅してくる太った警官。
パレモなおも叫ぶ
「何処だ。エレナ何処だ」
ヨナも探そうと声を上げる
「お母さんが迎えに着たわよ。出てらしゃい」
2人が大声を上げて、ずかずかと入って探そうとするで、病院の職員とセキュリティが慌てて止める。
見ていて怒りがこみあげてくるジュリア、警官に向き直り
「なんでこの人たちを連れてきたのです」
すると目の垂れた警官もジュリアを犯罪と決めつけて、威嚇しながら話す。
「おまえ誘拐してどうするつもりだ。売るつもりなのか」
ジュリア、呆れて、
「大声を出さないで、ここは病院よ。そんなこともわからないの?」
と、たしなめるが、理解できない警官。
「なんだ?警官に歯向かうのか?」
「公務執行妨害で逮捕するぞ」
馬鹿な警官の態度に苛立ちながら
「何を言われてそそのかされたか知らないけど、警官ならよく調べてから動きなさい。ちゃんと保護の手続きは済ませています」
ジュリア、書類を警官たちに見せる。
渡された何枚もの書類をみて、なにか?聞いていたのと違う展開に戸惑いだす警官たち。
「どういうことだ?」
ジュリアはそんな怪訝そうに見ている警官に、改めて挨拶する
「エレナの新しい保護者になりましたジュリアといいます。手続きの方は弁護士を通じて裁判所に提出しております。保護団体の方から緊急処置として隔離の引き離しの認可もおりています。何が問題ですか?」
他の書類も出すが、警官には何の書類かも、わからない様子。
「保護処置でエレナの親権の差し止め、書類もあります。あの人たちにエレナと会わせることは、もう禁止されてます」
「おい、拉致誘拐じゃないのか?そう聞いたぞ」
「なんだよ。つまんねえな。事件じゃねえのか」
書類をジュリアに突き返し、時間を損したと言いたげの態度で帰っていく警官たち。
「おまわりさん。こいつを捕まえてくれよ」
「くだらないことで、警察に来るんじゃねえ」
警官に怒鳴られて、怯えるパレモ。
しかしヨナがまだ収まらない。ジュリアに食ってかかる。
「待ってろ、もっとえらい警官呼んでお前を捕まえてやる」
「何言ってんの。児童虐待で捕まるのは貴方たちの方よ。食事を与えない。学校に行かさない。働かせる。これは虐待という重大な犯罪なのよ」
「あれがうちの育て方よ。他のやつにとやかく言われたくない。・・・エレナ早く、出ておいて。帰るよ」
ヨナがなおも大声を上げるので、病院のセキュリティに囲まれる。
「なによ。病院もグルなの?」
「まだ判ってないのね。虐待、教育義務違反で、エレナはもう貴方たちの手から離れ保護されたのです。帰りなさい」
もう怯えてるパレモ、ヨナの手を引きやめさせる。
「なんだよ、タダでとりあげようってのか。ふざけるな」
ヨナ、ついに本音を吐く。そこにパレモも言い始める。
「そうだよな。俺たちは親だから権利があるぞ」
ジュリアに睨まれるパレモ。
「・・・しかしエレナが欲しいならその権利を売ってやる。欲しいなら買ってくれ。どうだそれならいいだろ」
「権利を売る?」
「今まで育てきたんだ金がかかってる。その金をおおまえが払えば売ってやる」
「こうなってもまだ金を・・・わかりました。それじゃ契約してもらいます。もう肉親の縁を切ります。二度と目の前に現れませんって」
「ああ、いくらでも契約してやるよ、買ってくれるなら」
パレモ、卑屈に言い放つ。
呆れるジュリア、セキュリティに彼らをロビーに止めておくように言い、病院内の会計のわきにあるキャッシュディスペンサーに行き、自分の貯金を吐き出す。
ジュリア怒り、何度も何度も現金を引き出し、全額出す。
そしてその金を掴んで病院ロビーに戻り、パレモの前に突き出す。
「これでいい」
パレモ、その金を受け取ろうとするが、ジュリア、ロビーのテーブルの方に誘導し、そのテーブルの真ん中に金を置き、両親に座るようにいう。
「いくらだ?」
「知りたかったら自分で数えたら。今、持ってるお金、全部出したから」
両親はテーブルにある金を掴もうとするので、ジュリア、金を押さえ、鞄から書類とペンを出し、二人の前に出す。
「エレナの権利を総て放棄するって書類がこれ。これに名前を書いて。こことここに名前を書いて。あなたも。あなたも」
言われてヨナが書類に名前を書く。しかしパレモ、書く寸前にまだしつこくいう。
「もっともらえないですか?」
ジュリア、呆れて警察に電話し始める。
「警察ですか?児童虐待の家がありまして・・・・」
「・・・・書きました。これでいいですか」
パレモ慌てて名前を書き、ジュリアに渡す。2人の名前を確認。
そして最後にスマホで録画。確認している姿を証拠のためにビデオで録画するジュリア。
「書類に間違えありませんね?パレモさん、ヨナさん」
「はい、間違い無いです。早くお金をください」
ジュリアが手を離すと、テーブルの金を掴み逃げるように去る両親。
さもしい姿を見て、情けなくてため息が出てしまうジュリア。
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