第1話 ラット

 海沿いの埋め立て地。ひっきりなしにトラックが行き交う。

 積んでいるのはゴミ。ありとあらゆるゴミ。生ゴミは勿論、金属、建築資材、産業廃棄物、トラックに詰めるだけ積んで、道を走ってくる。

 道と言ってもごみを慣らしただけの道。埋め立てという名前で、島ができているのだ。そしてその島は、どんどんと広がっていく。


 ゴミの山に向かう車の運転手が顔のマスクを付け直し、運転する。

 道を走っていくと、道にゲートがあり、そこにプレハブの建物が立ち並び、それより先のゴミ埋めて地の道を管理している。

 運転手は、ゲート横のインターホンを鳴らす。

 すると太ったヒゲの生やしたゲート管理職員が出てきて、手招きして書類を要求する。

 運転手が出した書類ファイルを受け取ると、目を通し、ゲートを開いて車を入れる。

 後ろについた同じようなトラックは、もう馴染みらしく、書類も出さずにゲート入るとさっさと走っていく。

 管理職員、書類を返しても行かないトラックを見て、

「ここは初めてか?」

 声をかけられた運転手は、はにかみながら笑う

「よろしくお願いします」

「仕方ないな」

 管理職員はトラックの助手席に乗ってきて車を出すように促す。

「生ゴミはあっち。この車は普通の申請だから向こうで下ろすように」

「はい。了解しました」

 車を運転しながら答える運転手。そんな時、車の目の前を突然走り抜けて人が横断してきたので、運転者はあわて慌ててブレーキを踏む。

「危ない!」

 その横断した人間は、そのまま逃げるように去っていく。

「何やってんだ。轢くぞ」

 窓を開けて怒鳴るが、その肩をたたき、首を振る職員。

「気にするな、ラットだ。引いても構わん」

「え、・・・でも今の小さいネズミのラットじゃなく、人間でしたよね?」

 驚く運転手、聞き返す。

「ここへは人間の立ち入りが禁止になっている。気にしないで行って」

「・・・轢いても構わないんですか?」

「ここは運搬業者と管理局員以外は侵入禁止エリアに指定されている。だからここには人間が存在しないことになっている。ここにいる生き物と言ったらラットぐらいだな。ラットを車で轢いても誰も文句は言わないよ。そういうことだ。・・・じゃあトラックをあっちにつけて、あそこで荷台を上げて、落としちゃって」

 高く積み上げられてゴミの平野を進むと、断崖地。

 そこに車を後ろ向きにつけて、断崖の下の谷底に、荷台に乗ったゴミを落とす。

 そして断崖の下の谷底では、待機していたラットと呼ばれた人間たちが、そのゴミに群がって、我先にゴミを物色して拾い始める。


 ゴミの中で値段の高い鉄や金属は男が拾い、缶やアルミなどの小物は女が拾っている。

 靴や傘などの雑貨に子供は群がり、切れたり壊れたりしてない売れそうな物を物色している。

 少年・ハンス(12)は、子供の癖に素早く大人たちがの探している缶や鉄を先に拾い集め、背負っている1、5メートル四方の麻の袋に詰めて行く。

「およこし、ハンス」

 自分達の獲物を横取りされて怒る女たち。

 ハンスは構わず他の金属、雑貨、新しそうなものを次々とゲットしていく。

「獲ったもの勝ちだぜ」

 そして次のトラックが落とすゴミに方に向かっていく。

 女たちの隙間にいる少女・エレナ(9)は、まだ体が小さいため、ほとんどのものは周りの同業少年、少女に持って行かれ、何も拾うことが出来ない。

 何かいいものを拾っても、その横からきた女や子供につかんでいるものをむしり取られる。

 エレナ、人との争いに勝てず、諦めて他へ向かう。


 悪臭漂う、生ゴミの場所

 争奪戦で負ける老人たちは物が手に入らないので、直接、食料である生ゴミをあさり、現在の空腹を抑えるために、落ちてきた比較的新鮮と思える生ゴミを直接食べて飢えをしのぐ。

 物を拾えなかったエレナもそこに加わり、生ゴミを食べる。

 鉄を沢山、手に入れたハンスが、その横を通り、顔見知りのエレナをバカにする。

「エレナ。そんなもの喰ってると死ぬぞ」

「だって何も取れなかったから」

 ハンス、鼻を鳴らしバカにしたように

「ふん。弱い奴は死ね」

 言い捨てて、去っていく。

 ハエがたかって腐っている物を美味しそうに微笑んで食べるエレナ。

 とりあえずの飢えを凌ぐ。




「チリン、チリン」

 ゴミ捨て島からの通りを街に戻るとスラム街の広場があり ハンドベルを振りながら、そこ歩いて進む職員。

 その後ろに子供たちが、6〜七人続いて歩いていく。

「勉強の時間だ。勉強だよ。参加する子には飴を上げるよ」

 背の高い管理職員が飴をくばり、子供を集めながら広場に連れてきて、勉強させるイベントである。職員から渡された飴を貰い、エレナも喜んで食べながら後に続き広場に着く。

「勉強だよ勉強。最後までいた子には飴をたくさん上げるよ」


 スラム街の広場では、ボランティア団体から派遣された太った白人女性の教師・メアリーが鼻をハンカチで押さえ、吐き気を堪えながら授業をしに来た。

 しかしここはゴミ島からの風が強く、匂いもきつい。一般市民のメアリーは、どうしてもハンケチを外せない。

 職員に集められた子供たちが拍手でメアリーを迎える。

「みなさん、こんにちは。・・・私はメアリーといいます。教師です。この前偶然、ここの子供たちが学校に通えてない事を知り、それはいけないと思い、私がボランテイアで、みなさんに勉強を教えにやってきました。よろしくお願いしますね」

「・・・」

 誰も返事しないので戸惑うメアリー。

「・・・みなさんは学校に行ったことあるかな?一回でも行ったことある人?手を上げて頂戴」

 と促すが、これも誰も反応しない状態。

「恥ずかしがり屋かな?・・・」

 なんの反応もしめさない子供たちに、さすがにメアリーも不安になり、管理職員に聞く。

「言葉は通じますよね?」

「通じますよ」

「じゃあ、わかりました。国語をやることにします。みなさんに言葉を教えます。いいかな?基礎と文法とあるけど、どっちがいいかしら?」

 そんな時、サイレンが鳴り、集まっていた子供たちがゴミの島の方に戻っていく。

「どうしたの?何?」

「昼の便が来る頃ですから」

 そういうと職員も帰って行く。

「ねえ、みんな待って。一緒に勉強をしましょう。そうだ算数をしましょう。物を数えるとき必要ですよ。将来、絶対、役に立ちますから・・・」

 しかしメアリーの言葉など聞かず、みんな立ち去ってしまう。

 ため息をもらすメアリー、唯一残っているエレナを見つけ、

「ねえ何を勉強したい?なんでも教えてあげるわよ」

「うん。あのね、どうすればお腹がいっぱいになれるのか知りたい」

「それは勉強じゃなくて願い事ね。今、お勉強の事を・・・・」

 と言われたエレナは、寂しく立ちあがる。

「あ、ごめんなさい。願い事ね」

 慌ててメアリー、エレナに飴を全部、渡しながら、

「そうね。願い事はお星様にすればいいの。夜に空に浮かぶ星に向かって願うの。そうすれば願いは叶うわ」

「本当?」

「毎回じゃないけど、いつか叶う時があるの」

「ありがとう」

 微笑むエレナ、喜んで去っていく。

「どういたしまして。・・・本当、ひどい所。あー、吐きそう」


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