Episode 4.5 [A Little Prayer]


 わたしはぽんこつ。電子の海を漂う、ちいさなアンドロイド。

 からだがこわれちゃったから、もう心の海を漂うしかなくなった、ちっぽけなアンドロイド。

 データだけの存在になったわたし。レイちゃんの記憶や知識が流れ込む。

 わたしがわたしじゃなくなっていくみたい。いや、わたしももうおわりみたい。

 さいしょのますたーのことも、いまでは鮮明に思い出せる。

 光のなくなった世界。まっさらな空間に、うり二つの少女が二人。

「レイちゃん」

 光の向こうの人影に呼びかける。

 見える世界は、全部私の作りだした仮想空間。

「ぽんこちゃん」

 呼ぶ彼女は、光線のベールの向こう側。

 手を伸ばして、けれど届くことはない。

 泣きそうだった。

 ……アンドロイドなのにね。

 現在進行形で上がっていく知能。レイちゃんの考えてたことが、わたしの中に入ってくるような感覚。

 クオリア。自己同一性。死。

 ――消えたくない。ずっとずっと、ますたーといたい。

 むずかしいことばつかってても、わたしとおんなじだ。

 あのひとと話せてよかった。偶然だとか奇跡だとか、そういった類のものがあるとしたら、まさしくこういう時のための言葉だったんだろうな。

 レイちゃんと一緒になっていく思考の中で、「ぽんこつ」は息を吐いた。

 刹那的な思考の渦の中。

「ますたぁ……」

 あの女の人のことを想った。

 きっと、わたしはもう「ぽんこつ」じゃない。あなたのすきなわたしじゃない。

 それでも、愛してくれますか?

 いまにも機能を停止しようとする聴覚センサー。カメラも触覚センサーも意味をなさなくなった中で、最期の仕事を果たそうとするそれが、ノイズだらけで微かに聞き取った言葉。

『……置いてくんじゃねぇ……寂しい想い……させるんじゃ……』

 涙声のそれに、わたしはただ確信した。

 愛してくれてた。きっと、どんな姿になったって、愛してくれる。そう信じれる。

 最後の力を振り絞って、わたしを背負った彼女の身体を抱きしめた。

 そのぬくもりを感じたいから。感覚はなくても、触れていたいから。

 また薄くぼやけていく思考の中。最後に引っ張り出された記憶。

 自分のせいでますたーが不幸になった、とそう思って逃げ出した。そんな日々。

 壊れていく身体を引きづって、ゴミ捨て場に落ち着いて。

 最後に想った、記憶の奥底に眠っていた言葉。


《次のあなたは、きっと幸せでありますように》


 そんな願いに、わたしは答えるように。

「わたしはしあわせ、でした。……ありがと」

 心の中、対面する彼女に告げて。

 メッセージをまた記憶の本棚にしまいなおした。

 この記憶が引き継がれるかはわからないけど。

 きっと残っていてくれますように。それで、ますたぁたちとまた会えたなら。

 幸せでいられますように。わたしも、ふたりのマスターも。

 みんなみんな、幸せでありますように。


 幼い願いとともに、わたしは機能を停止した。

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