魔王を拾った無職様

三叉路

第1話 最強の魔王、転生してしまう

「やめないか、おい、やめろといっておるだろ。」

 カーカーカーカー鳴きわめく騒がしい鳥が我の寝室にいるとは何事だ。窓の鍵の閉め忘れだとしたら、後で担当のメイドをきつく𠮟ってやらねばならん…

「なんだ…我はまだ夢を見ているのか…」

 目の前には見慣れない建物がずらりと並んでいる。我はコンクリートで囲まれた生臭い空間に横たわっていた。騒がしい鳥は我のことなど気にせず、袋をつついている。

 ずいぶんと奇妙な夢だ。このような夢は一度も見たことがない。我は生まれて三千年間、古今東西のさまざまな物語を見聞きしてきた自負がある。しかし、今まで味わったことのない新鮮な光景だ。

「せっかくだし、この不思議空間の観光でもしてみようか。」

 文字通り三千年に一度レベルの珍しい夢だ。しっかりとこの目に焼き付けなければならない。

「……」

 身体に力が入らない。というより…我の身体の感覚がおかしい。魔力も少なければ、身体のある範囲というのも狭まっている。ふと身体に目をやると、荘厳な我の格好とは似ても似つかない華奢でこじんまりとした姿があった。

「可愛らしいけれども、我はこの世界を散歩したいのだ。」

 青い空と白い雲。天気は平凡。景色の新鮮さも失われてきた。さすがに同じものを見ていては目が慣れてくる。動けないのではここにいる意味はない。魔王は楽な仕事ではない。しっかりと睡眠をとって激務に備えよう。そう考えて目を閉じた。

 目を閉じたのだが、眠れない。それもそのはず騒がしい鳥がいる限り、眠れるものも眠れない。おまけに我に関心を向けてきたようで、我をつついてきやがる。

「こら、つつくでない!痛いだろうが!」

 何か違和感がある。なんじゃろうか……違和感を覚えたまま鋭い痛みが走る。

「っっっ~~~~……しっぽの先にその鋭い嘴は反則だろ!」

 ん?痛み…だと?夢の中にしては現実的な痛みすぎる。まさか現実であるまい。さっさとこの変な夢から起きよう。

 我は既にこの場所に三十分はいるはずだ。頭も十分に冴えている。もしかしたら夢ではないのかもしれないという考えは湧き始めていた。とはいうものの、この場所から動くこともできなければ、再び眠ることもできないので、確かめようがない。

「どうしたものか…」

 途方に暮れそうになったところに奴は現れた。

「あなた、こんなところで何しているの?ママに捨てられた?」

 横たわっている我と立っている奴ではそうといえばそうなのだが、上から目線という言葉をそのまま人にしたような傲然とした態度の女は、生物の骨だけが入った袋を我のすぐ横に放り投げながら話しかけてきた。

「おいお前、なんでもいいからとにかく我を助けんかい。我は魔王だぞ。」

「傑作ね。今どきの子どもは中二病を患うのが早いのね。」

 訳のわからないことを言いよる。我は健康そのもの。患いとは縁がない。それはともかく、この女は我をじっくりとなめまわすように眺めるだけではないか。本来の我の姿であれば、脳みそに何が詰まっていても恐れ慄くはずだ。対面したことがなくても、一瞥しただけで「魔王」と確信できる身体は今持っていない。ミニマムサイズの身体でも我を魔王と信じさせ、我を助けさせる方法はないだろうか。

「信じていないようだが、我を助けたら何でも褒美をやろう。魔王の力で何でも取り寄せてやる。美味い飯でも古の絵画でもいい。もちろん金でもたんまりくれてやる。」

「とてもじゃないけれど、いいところのお嬢さんとは思えないのだけれど。」

 我もそう思う。なぜなら良家の小娘などではなく魔王だからだ。やはり人間は他者を見た目で判断してくる。

「まあいいわ。訳アリみたいだけれど、首を突っ込んだらヤバそうな雰囲気もないし、あなた美幼女だし。拾えるもの・貰えるものは全て手に入れるというのが私の信条よ。私の家に来なさい。」

 小さくなった我の顔は良いらしい。元々美形な我だし当然といえば当然だ。

「お前の家になど興味がない。我の城まで連れていけ。」

 なぜ初対面の女の家にあがりこまなければならないのか。何をされるかわかったものではない。弱体化している今の我ならされるがままになってしまう。

「傑作ね。現代の日本に人が住むような城はないわ。全部観光のだしにされているのよ。それ以外にお城っぽい見た目の建物もあるけれど、実はホテルなのよ。大人になればわかるわ。」

 日本…?に・ほ・ん……だと?どこだそれは。そのような国や町は聞いたことがない。現実かもしれないとは思っていたが、疑念は確信に変わった。これは現実だ。我も馬鹿ではない。世界一賢い。昔読んでいた本に異世界に行ってきたと語る者の自伝があった。ほら吹きだと作者は叩かれていたが、フィクションにしてはやけに描写が鮮明だったのを覚えている。「にほん」という体験したことのない世界がこうも鮮明に夢に現れてはおかしい。我は異世界に来てしまったのだ。異世界に来てしまったのなら話は違う。目の前の女は悪い奴ではなさそうだ。この女を逃したら、次のチャンスはいつになるかわからない。他の者の助けが期待できない以上、仕方ないがこやつの世話になるとするか。

「急にぼうっとしちゃってどうしたの?まあそろそろ茶番は終わりね。未成年を家に招いて、警察のお世話にでもなったりしたらそれこそゲームオーバーよ。あなた、名前は?パパかママの連絡先とか何かわかる?」

「魔王は世界に一人だけ。ザ・マオウだ。個別の名前など必要ないから我に名前は存在せぬ。魔王に親も子もない。」

「困ったわね…」

「困っているのは我の方だ。魔王がいない世界なのは理解した。そうだ、妖精はいるか?妖精だと思って我をしばらく保護してくれ。」

「あなたは子どもだからまだわからないかもしれないけれど、小さい子どもを大人がが持ち帰ると後々面倒なのよ。」

 面倒になる理屈はよくわからないが、とにかく我が単なる人の子ではないことを証明すればよいだけだ。微かに残る魔力を振り絞り、我は浮遊した。女の膝下までしか浮遊することができなかったが、女に我を特別な存在だと信じさせるには十分であった。

「たまにこのような感じの夢を見るのよね。そろそろ見飽きた頃合いだわ。」

「夢ではない。さきほどまで我も夢だろうと思っていたが、確信を持って現実だといえる。」

「そうよね。こんなはっきりとした夢はないわよね……決めたわ。人間ではないことは明らかだし、元の場所に帰ることができるまで一緒に暮らしてやってもいいわ。」

 当分の住処は確保できた。この時の我は、迷い込んだ異世界で野垂れ死ぬ可能性がなくなったと思い、すっかり気が緩んでいた。

 我の城のような立派な家をこの女に期待するわけもないが、この女の家が予想の斜め後ろのさらに裏をいくようなものだと知っていれば、少しばかり贅沢な生活が送れていたかもしれぬ。否、絶対に贅沢な生活が送れていた…

 女の腕に抱えられること数分。女の足が止まった。どうやら到着したらしい。

「ここがこの私の家よ。なんにもない家だけれど、勝手にくつろいでくれていいわ。」

 世界が変わっても貧民の住む家なのはすぐわかるものだ。ボロいのはボロいのだが、清潔感はある。ゴミや汚れがない。……いや、なさすぎる。ゴミや汚れどころかソファやベッド、机すらない。文字通りなにもないではないか。

「この世界ではこのような暮らしが一般的なのか?どうやって寝たりくつろいだりするのだ?」

「だからなんにもない家と言ったじゃない。寝床はその段ボールよ。寒かったら新聞紙もあげるわ。他の家ではふかふかのベッドがあるかもしれないけれど、うちはうちよ。」

 とんだハズレを引いてしまったらしい。後悔する間もなく奴は聞いてきた。

「そういえばあなた魔法みたいな力が使えるのよね。さっき浮いていたし。他にどのようなことができるのかしら。」

「我はどんな魔法でも使える。魔王だからな。」

 我の趣味は魔法を覚えることだ。魔法の生き字引と呼んでくれても構わない。存在するほぼ全ての魔法を使えてしまうのだ。我ながら凄いであろう。

「じゃあ、なにもないところから火や水を出すのは朝飯前ってわけ?」

「勿論だ。」

「光も出せる?」

「息をするよりも簡単だ。」

「風も起こせるの?」

「熟睡しながらでもできるわい。」

 小規模だが火、水、光、風を出現させた。いずれも我にとってはなんてことのない魔法だ。もっと頼ってくれてもよいのだぞ。

「とても便利じゃないの。あなた…本当に魔王みたいね。これも何かの縁よ、私の家電になりなさい!」

 が何なのかはよくわからないが、女は神様からのプレゼントなどと言ってはしゃいでいる。この女にいいように利用されるのも悪くはない。異世界にいる間の辛抱だ。三千年も生きていれば自ずと忍耐強さも身についてくる。この程度でどうということはない。

 こうして我は、異世界に転生して偶然出会った女との滅茶苦茶なふたり暮らしに足を踏み入れてしまったのだ。

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