第11話 壊れ物ー3
紫崎さんと八雲さんはドアに隠れて俺たちの話を聞いていたのだろうか。聞かれても困るような話ではないから別にいいが。俺が立ち尽くしていると、後ろから
「紫崎、何してるんだそんなところで」
「は? 盗み聞きに決まってるでしょ」
「堂々と言うところじゃないだろ。コイツが心配なのはわかるが、あまりいい趣味ではないぞ。気をつけろ」
「うぅ、分かったわよ......」
どこか親しい様子で話している二人を二、三歩離れたところで見ていると、八雲さんが近くに寄ってきた。手を後ろにやってにこにこと笑っている。
「日月くん実は二人と仲いいの? 鎗本くんと一緒に日月くんを保健室に連れて行った時に、紫崎さんが荷物をまとめてくれたんだよ」
「え、八雲さんが俺のこと運んでくれたの? ありがとう」
「どういたしまして。それより質問に答えてくれる?」
穏やかに笑ったかと思うと、途端に突き刺すような冷たい視線を向けてきた。昨日見たあの表情と同じだ。疑うような、探りを入れるようなあの視線。俺は質問にどう答えればいいのか分からず、八雲さんの視線から逃げるように目をそらした。
「仲が良くてなんか問題あんの」
「やだなぁ、鎗本くん。そんなんじゃないよ。私が転校初日から見てきた日月くんは、クラスで浮いてる存在だった。皆が彼の存在を変に気にしていて誰も声をかけないようにしているのに、鎗本くんと紫崎さんはそれぞれ形は違うけど話しかけたじゃない。ちょっと不思議だなって思ったの」
「別に、転校生の八雲には関係ないだろ。それとも昌と仲のいい奴がいたら何か不都合でも?」
「......何でそんな捉え方をするかなぁ。本当に不思議に思っただけだよ」
バチバチと互いをにらみ合う二人。二人の話に俺が関わっている以上、ここから動くことはできない。止めようにも、俺には止める資格がない気がして紫崎さんに助けを求めて視線を向けた。
「なに? 私はあれを止めるつもりはなんてないから、こっち見ないでくれる......」
「ご、ごめん」
「あなたたち、何をやっているんですか。もう授業が始まりますよ」
開きっぱなしっだったドアから谷口先生が顔を出して、そう言い放った。俺たちはいっせいに谷口先生の方へと体を向ける。教科書とプリントを手にしているのを見て、そういえば次の授業が数学だったことを思い出す。
「早くしないと遅刻扱いにしますよ」
谷口先生に促されるまま、俺たちは空き教室を出て自分たちの教室へと向かった。何事も無かったように前から教室へ入ると、クラスのみんなはもうすでに自分たちの席に着いていて残るは俺たちだけだった。数学の教科書とノートを出しておいた自分の席へ着くと、ちょうどチャイムの音が教室中に鳴り響いた。クラス委員の号令で立ち上がり、挨拶をしたら授業が始まった。
「期末試験も終わり気の抜ける時期になりましたが、この授業はいつも通りに行います。来週中には夏休みの課題を配るので、それまでは辛抱してくださいね。では、今日は前回の続きからです」
みんなは谷口先生と黒板に意識を向けてペンを走らせた。先生の話声と紙に書く音と、黒板を滑るチョークの音が耳に入ってくる。教科書の例題を解いた後は、先生が用意したプリントの問題をノートに写して解いていく。プリントに直接書かないのは、二学期の中間テストで繰り返し問題を解けるようにするためだ。
これは去年、谷口先生がテストのときに赤点を取ってしまった俺に教えてくれたやり方で、このやり方を教わってから少しだけ勉強が楽になったと思う。できる問題は飛ばして、前回できなかった問題に力を入れて取り組んで、そして解けるようになったら、プリントに直接答えを書く。このやり方をしてをけば、谷口先生はテスト期間に自習した分だけの加点をしてくれた。
おかげで今まで数学が大嫌いだった俺は、谷口先生の数学の授業が好きになったのだ。だからというわけではないが、谷口先生のことは尊敬している。父さんが事故をおこしてから周りに疎まれるようになった俺に、唯一以前と変わらない接し方をしてくれたから。学校を休んでも放課後に時間を作って勉強を教えてくれた。学校に行かなくなった俺を迎えに来てくれた。これだけでも、この人を尊敬する要素は十分だろう。
家族以外に信頼できるのはこの人だけかもしれない。水影も、八雲さんも、紫崎さんもただの他人だ。だからこそ、迷惑なんてかけたくない。俺のせいで三人の仲が悪くなるのはごめんだ。水影の口ぶりから見ても、俺が八雲さんと関わっているのがいけないのだ。
ちらっと、俺より前の席にいる八雲さんに目を向ける。ペン回しをしながら、暇をつぶしていた。問題は解き終わったのか、隣の席の子に話しかけられて解き方を教えていた。
「皆さんだいたい解き終わったようですので、大問一の答えを八雲さんから後ろに行って日月くんまで黒板に書いてください。途中式も忘れずに」
谷口先生の言葉を合図に指された人が立ち上がった。もちろん俺もノートを持って席を立つ。八雲さんから俺までだから、俺は六問目の答えを書けばいいのか。机にぶつからないように歩いていると、八雲さんの教科書に引っかかって筆箱を落としてしまった。慌てて拾い上げると、消しゴムが俺とは反対側にいる水影の足元に転がっていた。八雲さんは黒板に書きかけの途中式をそのままにして、自分の席に戻ってきた。
「ごめん八雲さん......」
「いいよ、大丈夫だよ! 私が落とすような場所に置いていたのが悪いんだし」
「あと消しゴムだけ拾えてなくて、鎗本の足元にあるんだけど」
「え、あ、本当だ。ごめん鎗本くん足元失礼するよ」
机に顔を伏せていた水影は、八雲さんが手を伸ばすと軽く足を上げて消しゴムを取りやすくしてくれた。俺はもう一度八雲さんに謝ってから黒板に答えを書きに向かった。
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