第4話 マジで最悪な1日
「えっと、なに……かな?」
プチ女性恐怖症のせいで胸が苦しくてシクシクなり始めながら、俺は恐る恐る女の子に尋ねた。
やめてくれ。
あんまり俺をじっと見ないでくれ。
女の子にじっと見られると、それだけで俺はいやーな動悸がしてくるんだ。
今ももう、寒いわけでもないのに冷たい汗が背中を次々と流れ落ちちゃっているからさ。
「なにって言うか。えっと、助けてくれてありがとうございました。しつこくナンパされてすごく困っていたの。バッグを掴まれて逃げられなくて。だから声をかけてくれて本当に助かったわ」
礼儀正しく頭を下げて感謝の言葉を口にした女の子に、
「そりゃ災難だったな。女の子は色々と大変だよな、じゃあな」
俺はさらりと別れを告げると、女の子をかわしてマイ・アパートに帰ろうとする。
まだまだぜんぜん明るい時間だけど、今日はもう本当に疲れた。
早く帰って、ちゃちゃっとカップ麺でも食って寝たい。
そうだ。
こんなこともあろうかと買っておいたUFO爆盛バーレルを焼け食いしよう。
しっかり食べて、ぐっすり眠って、嫌なことは全部忘れるんだ。
それで朝起きたら、俺のヤクザな顔が天使のように優しい顔になってたりしないかなぁ。
するわけないよな、はぁ……。
しかし女の子はというと、現実逃避しながら内心で絶賛ため息中の俺の進行方向に割り込むようにして、再び俺の前に立ち塞がってきた。
「あの、ぜひお礼をさせていただけないかし――」
「いいよいいよお礼なんて。俺は声をかけただけで、それ以上は何もしてないから。あっちが勝手に逃げて行っただけだからさ。じゃあな、バイバイ」
なにせ女の子とはあまり関わりたくなかった俺は、女の子が最後まで言い切る前に早口で強引に否定の言葉を被せると、今度こそ女の子の脇を通り抜けて歩き出した。
するとなぜか女の子が俺の後をついてきたのだ。
俺の少し後ろを背後霊のようにくっついて歩いている。
てくてく。
てくてく。
てくてくてくてく。
てくてくてくてく。
てくてくてくてくてくてくてくてく――。
てくてくてくてくてくてくてくてく――。
意識しないようにしても――カーブミラーにはチラリと映るし、角を曲がる時にも視線の隅に入って来るし、踏み切り待ちではすぐ隣に立っている――ずっと着いてこられると、どうにも意識せざるを得ないわけで。
しばらく行ってもまだ着いてこようとする女の子に、俺は足を止めて振り返ると呆れたように言った。
「なんで着いてくるんだよ。お礼ならいいって言っただろ?」
俺は呆れ声で言ったのだが──、
「別にあなたに着いていってるわけじゃないもの。私が住んでいるマンションもこっちだから」
返ってきたのは少し俺の予想とは違った答えだった。
「……ああうん。なんかその、すんませんでした」
くそ、なんだよ。
これじゃまるで俺が自意識過剰さんみたいじゃないか。
いや『みたい』っていうか、まさに自意識が超絶に過剰さんだったんだけど。
羞恥で顔が熱くなる。
多分、見て分かるくらい真っ赤になっているだろう。
ダサすぎだよ、俺。
ああ、もう!
今日って日は、本当に最悪に終わってる。
最後の最後でこれとか、マジで最悪な1日だったよ。
OK、もう決めた。
まだ明るいけど、アパートに帰ったら風呂に入って速攻で寝る。
晩メシはいい。
最早そんな気分じゃない。
可及的速やかな気持ちのリセットが必要だ!
それに明日からすぐにパンキョー(*)が始まるしな。
―――――――
(*作者注)
『一般教養科目』の略。2年生半ばまである、全学部共通の一般教養を学ぶ授業だそうです(*'ω'*)b
―――――――
心の中で自分のアホさ加減にため息をつきながら、俺が肩を落として再び歩き出すと、
「ねえあなた、向かってる方向も同じみたいだし、これも何かの縁でしょ? せっかくだから歩きながら少しお話しない?」
女の子は笑顔でそう言うと、俺の返事も待たずに勝手に隣に並んで歩き出したのだ。
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