第179話 聖女の扉




「聞かされてみれば、上手いやり方ではありますわ」


「クロードラントを併合するのとは違うの?」


「先の戦で、フィヨルトはフォートラントと、一応サウスダートに喧嘩を売りましたわ。結果は此方の勝ちでしたけど、だからといって一方的に通商を再開できるわけもありませんわ」


「だからクロードラント侯国を作ってボヤかしたわけだ。政治は難しいね」


「クロードラント侯国は、軍事こそフィヨルトに依存して成立していますが、経済という意味では独立国ですわ。フィヨルトとフォートラント、サウスダートと北西辺境領の結節点ですもの。儲かりますわよ」


「軍事的にはフィヨルトに頼るのかぁ。やろうと思えば何時でも属国化が出来るわけだね」


「まあ、全部考えたのはシャーラですわ。一体何時思いついたのやら」


「流石は『悪役令嬢の謀略外交』だね!」


 フォルテとフミネ、二人の会話でおおよそ分かるだろうが、クロードラント侯国は役割を持って、無理やり作られた国だ。初代侯王は苦労することだろうが、まあ優秀な宰相も付くことだし問題はない。多分。



「そう言えば、王様とアリシアは公爵様になるんだって?」


「ええ、そうですわ。東部辺境ですから、もう会う事もないかもしれませんわ」


「そっか」


 恨みは消えるわけではない。だが同時に徐々に薄れていくのも、また事実だった。


 18年後、ライドとシャラクトーンの息子と、ウォルトとアリシアの娘が、騎士学院で盛大なドタバタ恋愛ごっこをしてしまうのは、また別のお話だ。



 ◇◇◇



 さらにひと月後、『クローディア協定』の公表と共に、公都フィヨルタでは戦勝式典が行われていた。


「ドルヴァ紛争と2度に渡る大戦によって、フィヨルトは大きく疲弊いたしましたわ。ですが、そのどちらにも、我々は勝利いたしました。ここからは復興の刻ですわ!」


 壇上ではフォルテが演説を行っていた。とにかくフィヨルトは疲弊した。甲殻騎自体はなんとでもする。だが、人員はどうにもできない。


「幸いとも言えることに、フィヨルトには強力な農業、畜産生産力がありますわ。多くの森林資源と甲殻獣もおりますわ。広大な未開拓地域がありますわ。時間をかけて一歩づつ取り返すのですわ!」


 さらには、クロードラント侯国を中継した東方貿易がある。全甲殻騎の6割を損耗したフォートラントには、精々高く甲殻素材を売りつけることになるだろう。あちらもあちらで大変なのだ。戦争なんてやるものではない。



「ここで本来ならば、戦功褒章というところですが、今回は総力戦でしたわ。よって、国民全員を等しくて讃えたく思いますわ」


 要は戦功による陞爵や報奨金は無しということになったのだ。これについては、軍部もほど同意した。それならばむしろ、戦死者への弔慰金や、戦傷者支援を手厚くしてくれという意味合いであった。


「ですが、それでは流石に味気もないというもの。よって、勲章授与を持って褒章といたしますわ。まずは前線に立ち、多大な戦果を挙げし者に『フィヨルト青羽勲章』ですわ」


 クーントルトを始めとして、第11から第13までを含む各騎士団長、並びにアーテンヴァーニュ、バァバリュウを含む数名の副団長、合計16名に1枚羽を模した蒼い勲章が送られた。後に『女大公フォルフィズフィーナの16右羽』である。


 さらに、国務卿、外務卿、ケットリンテ、パッカーニャ、ファイトン、スラーニュ、エィリア、オーレント、アレッタ、アイリス、スーシィアなど戦時補助を行った者たちに贈られる『フィヨルト黄羽勲章』が15名に。こちらも後日『女大公の15左羽』と呼ばれることになる。


 従軍した者たちには『フィヨルト緑羽勲章』が、そしてクロードラントを含む国民全員には『フィヨルト白羽勲章』が与えられた。国威発揚という生臭い意味合いも持つが、それでも全国民に勲章が与えられるという前代未聞の出来事は、今後長く語り継がれていくことになる。


 壇上の立つフィンラント大公家の者たち、すなわち、フォルテ、ライド、ファイン、フォルン、フミネ、シャラクトーンの胸には紫の羽があった。フェンの首には紫のスカーフが巻かれている。


 これにて勲章授与は終わった。



「本日、フィヨルト並びにクロードラントの全ての街、村にて宴会が行われますわ。心を一つにして、明日への活力としていただきたいですわ」


 ヴォルト=フィヨルタ正門前広場に集まった観衆が、歓声を上げてそれに応えた。



 ◇◇◇



 夜のとばりが降りた頃、大宴会が開始された。文字通りの無礼講である。ここで平等に酒を酌み交わし、笑い、泣き、歌う。それがフィヨルト流なのだ。フォルテとフミネの抜き打ち訪問の効果もあり、クロードラント組もなんとかこのノリに慣れてきたようだ。


「ぐあー!」


「やられたですわー!」


 例によって悪役コンビによるヒーローショーも開催されていた。なんと正義のヒーローはライドだった。後が怖いと、ライドはビビる。


 その後も演武あり、甲殻騎体験搭乗会あり、大合唱ありの宴会は続いた。そしてこの時の為に温めておいたフミネが、新曲を披露しようとした時だった。


「あれは?」


 舞台の端が光を帯びていた。それはやがて形を成していき。最終的には、銀色に輝く扉とも鏡ともつかない何かが出来上がった。文献に曰く『聖女の扉』で間違いないことを、誰もが理解してしまった。



 ◇◇◇



 一瞬フォルテがぐしゃりと顔を歪めた。だがそれは直ぐに元に戻り、いつも通り、いやそれ以上に傲慢な笑顔を彼女は見せた。


「これでフミネが間違いのない聖女だということが、証明されましたわ。皆様、様々な力でフィヨルトを救った『創造の聖女』を称えなさいませ!」


 その場にいた全員が立ち上がり、フミネに拍手と歓声を送る。だが、フミネは狼狽えていた。


「え、あ、その。あ、ありがとうございます……」


 帰還のことなど、頭から抜け落ちていたのだ。


 最初は必死だった。途中から楽しくなった。だけど戦争で苦しんだ。獣も人もたくさん殺して、殺された。だけどフォルテやみんなが一緒だったから大丈夫だった。人生でこれ以上濃密な時間を過ごしたことも無く、充実していて、楽しかった。



「そうですわね、これでわたくしも肩の荷が下りましたわ」


「フォルテ?」


「引き継ぎには時間が掛かるでしょうが、ここに宣言いたしますわ。わたくしは大公の任を降り、後継にファーレスヴァンドライド・ファイダ・フィンラントを指名致しますわ」


「姉さん!?」


「わたくしは、そうですわね、参謀長兼兵士総監となりますわ」


「フォルテ? 何言ってるの? らしくないよ」


 フミネのツッコミにも、フォルテは何も返さない。むしろおろおろしていた。フォルテは何気に空気を読む。だからこそ、こんなところでやけっぱちの様なことを、そんな事を言い出すわけが無いのだ。つまりフォルテは大混乱していたのだ。


 そして、フォルテの発言の意味、大公を降りる、なのに元帥でもなければ軍務卿にもならない。それは自分が騎士でなくなることを表していた。



 そう、フミネが居なくなることを前提とした発言だったのだ。


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