第178話 クローディア協定




 軽く一歩右脚を踏み込み、そのまま地面を引っ掴んで、腰を捻じり、肩から力を流し込まれた右腕は、フォートラント=ヴァイの操縦席ごと右肩までをも粉砕した。


 それを見ていたフィヨルトの騎士たちはほっと息を吐き、フォートラント側は膝を付いた。彼らの王は負けたのだ。しかも。


「殺された……?」


 ばらばらと、騎体の破片が降り注ぐ中、ガートラインがぽつりと呟いた。



「そんな後々面倒になることは、いたしませんわ。殺してしまいたいたかったのは本当ですが、それでもアリシアさんには申し訳ないことをしてしまいましたわ」


 そんなフォルテの言葉と共にオゥラ=メトシェイラの右腕が引き抜かれ、その手のひらにはウォルトとアリシアが乗せられていた。ただ、ウォルトは右腕を失い、アリシアは左腕を喪失していた。


 ソゥドのあるこの世界だけに致命傷では無いが、重傷であることは間違いない。それでもフィヨルトからしてみれば、情けをかけたに他ならなかった。


「応急手当は、そちらの近衛に任せますわ」


 そう言ってフォルテは、ウォルトとアリシアをフォートラントの近衛に託した。



「さて、戦場にいる皆様! 終わりですわ! 停戦して、降伏なさいまし!!」


 フォルテの声が戦域に響き渡る。オゥラ=メトシェイラとフォートラント=ヴァイの激闘を見守っていた両軍は、戦争が終わったことを理解した。



 ◇◇◇



「宰相殿」


「これは殿下」


 5日後、フォートラント王国王都ケースド=フォートランにも、戦争の結末が伝えられていた。


 王国宰相ストスライグ・ゲージ・オストリアス侯爵の前に現れたのは、フェルトウェンベーグ・ウルス・フォートウル=フィヨルトであった。先王弟の子息であり、国王ウォルトの従兄弟にあたる。王位継承権第3位にして、敢えて母方の姓を名乗る彼は、古いフィヨルト大公家の血筋でもある。


「まさか僕に王位が回って来るとは思わなかったよ」


「そうですな。それも私の不徳にございます」


「これを渡しておこう。これまでの貢献に感謝する。それとご子息の事も心配しなくて良い。実力でもって判断しよう」


 フェルトウェンベーグから宰相に手渡されたのは、銀の酒杯だった。


「賜りました。殿下、王国をお頼み申し上げます」


「微力を尽くすよ」



 翌日、冷たくなった宰相が彼の執務室で見つかった。公式には激務による病死とされた。



 ◇◇◇



「これは、凄いですわね」


「うん。甲殻の噛み合わせが凄い。ここまで綺麗に出来るもんなんだあ」


 フォルテとフミネは大破鹵獲された、フォートラント=ヴァイ・フェイズ=フィンラントの前にいた。傍にはパッカーニャとそして、甲殻義手を付けたウォルトとアリシアの姿もあった。その他警護もいるが、それはどうとして。ここは、クローディア城内にある、訓練場の一角だ。


「いやあ、眼福だよ。こりゃ芸術品だ」


 パッカーニャまで凄い凄いとしか言えないでいる。特に手の造形は凄まじいものがあった。


「でもどうして、こんなに凄いのがフィヨルトにないのかな。『シルト・フィンラント』も違ったよね」


「分かりませんわ。一点ものだったのか、それにしたところでそれを他国に渡すとは、想像もつきませんわ」


「友好の証だったとしても、随分豪快だよね」


「フォルフィナファーナ様の懐の深さを思い知りますわ」


 相変わらずのフォルテであった。



「許可を頂きありがとうございます、陛下。義手の方はどうですか? アリシアさんも」


「ふむ、フィヨルトの義手は良いな。違和感を感じない」


「はい。わたしにまで、ありがとうございます」


 さりげなくフミネがウォルトとアリシアに振った。これもまた友好の証なんだぞって言う訳だ。


「あ、あの、フミネ様、わたしのことは呼び捨てで」


「ありがとうアリシア。同じ左翼騎士同士、仲良く出来ると良いね」


「はい。ありがとうございます」



「閣下」


「あら、アレッタ。どうしましたの?」


「フォートラント王国の使節団がいらっしゃいました」


「そうですの。そうですわ、ご紹介いたしましょう。この子が新たなフサフキ、アレッタ=フサフキ・プロンプトですわ」


「ほう」


「フサフキですか。凄いのですね」


「あ、いえ、あの。お嬢、いえ閣下。ホント止めてください。王様と王妃様が、あの、あれ」


「謙遜することはありませんわ。彼女はわたくしの大切な左羽の一人ですわ」


「だから!」


 暫定停戦から、1か月が経とうとしていた。



 ◇◇◇



「当人が来たか」


「まったく、誰のせいですか」


「すまんな」


「いえ」


 10騎もの護衛を連れて現れたのは、フォートラント王国の『次期国王』、フェルトウェンベーグ・ウルス・フォートウル=フィヨルトだった。


「まあ良い。行くぞ」



 会議室に集まったのは、フィヨルトからフォルテ、フミネ、ライド、シャラクトーン他、残念ながら外務卿は未だにヴァークロートで人質をやってくれている。フォートラントからは国王ウォルト、フェルトウェンベーグ、外務官他。アリシアも一応出席はしているが、まず発言の機会はないだろう。


「まずは王国宰相閣下につきまして、哀悼の意を表しますわ」


「感謝する」


「いえ。ではここからはシャラクトーンに任せますわ」


「そうだな。こちらも、フェルトに任せるとしよう」


 会談はフォルテとウォルトとのやり取りから始まった。だが、フォルテは直ぐにぶん投げた。同時にウォルトも放り投げる。



「ではまず、フィヨルトのご要望を聞きましょう」


 穏やかな表情で、フェルトウェンベーグがシャラクトーンに語り掛けた。


「こちらの要望といたしましては、賠償金の支払い、旧クロードラント侯爵領の領有、新国境から10キロ以内の非武装。そして、フィヨルトが連邦を離脱する旨の正式承認。さらには現王陛下の退位を望みます」


「それはまた、大きいですね」


「明らかに勝利いたしましたので。賠償金の過多については交渉出来ますが、他は当然の要求と考えます」


「ふむ……」


 その後、3日をかけて交渉は続いた。



 ◇◇◇



「ではこれで結論ですね」


「依存はありません」


 好敵手の様な笑みを浮かべながら、フェルトウェンベーグとシャラクトーンが合意した。ライドがちょっと嫉妬したような顔をしている。


「では、戦後賠償についてはフォートラント通貨で8000を3年にかけて」


 フェルトウェンベーグが値切った結果だった。


「私の退位については確約しよう。新たに即位するのは、言うまでも無くフェルトだ」


 どこかすっきりしたようにウォルトが宣言した。責任逃れじゃないかと、周りの目は少々冷たい。


「まあ、父上が即位するはずもありませんからね。ああ明言しますが、血筋もありますし、僕は中立派です。出来れば今後は友好関係を築き上げたいですね。ゆっくりとで構いませんので」


 フェルトウェンベーグはにこやかに続けた。そこからさらに合意が得られた事項について、確認が取られていった。



 ひとつ、フィヨルトの連邦脱退は正式に認められた。以後、連邦辺境大公国は、只のフィヨルト大公国となる。


 ひとつ、フィヨルト、フォートラントによる通商条約の締結。ただしこれには条件がついた。


「確かにフィヨルトとフォートラントが直接国境を交えるのは、得策ではないかもしれません」


 事前に練り込んでおいた案を、シャラクトーンはあっさりと提示した。


「では、クロードラントの領有という条件を変更いたしましょう。旧クロードラント領を、新たにクロードラント侯国として認め、フィヨルトの保護国とするというのでは、如何でしょう」


「ふむ、まあそれならば」


 というわけで、クロードラントはフィヨルト保護下で独立することになった。勿論侯爵はカークレイド=スカー・ゲート・クロードラントとなる。侯爵、伯爵、辺境伯、男爵、そしてまた侯爵となったわけである。忙しい事だ。



 その他、細々とした事が語られたが、大筋は決まった。後は仲裁国を挟んでの正式調印となるだろう。



 後に『クローディア協定』と呼ばれる国家間合意は為された。こうして大公歴388年から389年に発生した、フォートラント連邦騒乱は終了した。


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