第142話 その才能と、フサフキの薫陶を受けし者たち





「うわああー、高い、高いー!」


 子供のはしゃぐ声が聞こえる。絶賛甲殻騎搭乗体験中であった。元はと言えば、村人と騎士たちの距離を近くするためのイベントではあるが、裏目的もあった。


 ちなみに参加している3騎は、それぞれの左翼騎士が操縦を担当している。すなわち、フミネ、ファイン、ヒューレンである。左翼騎士によくある傾向であるのだが、出力は弱くとも、彼らは独りで甲殻騎を動かすことに長けている。フミネなんかは、普通の騎士と同じくらいにやってのけるのだ。


 よって右騎士席、すなわち前席に体験者を座らせて、操縦者は後席で甲殻騎を操っている状態であった。


「操縦桿をきっちり握ってね。そして、動けーって、自分の体を動かすみたいに、騎体と一緒になるみたいに想いながらソゥドを流すんだよ」


 大真面目にフミネがレクチャーをしている。それを聞いて誰もが頑張ってイキんでいた。ある意味ほほえましい光景と言えなくもない。結局、老人以外の殆どの村人が体験参加し、皆は大喜びであった。



「ん?」


 そして、最後の最後、オゥラ=メトシェイラの右翼席に乗ったのは、小さな女の子だった。赤毛のショートカットで、大きくクリクリと輝く茶色の瞳が可愛らしい。彼女こそ実は前回の村訪問時に、例の演劇で人質役になった少女であった。名はリミ、御年7歳である。


「あの、リミちゃん、もしかして分かってる?」


 思わずフミネが尋ねてしまった。リミの意志が流れてきている。もうちょっとで、リミとオゥラ=メトシェイラが手をつなぐ所まで来ている。フミネがフォルテとオゥラくんの手を繋いだような、あの時の感覚が蘇った。ならば。


「んん? なんだか、わかるよ?」


「……リミちゃん、この子と手を繋ぐ感じだよ。ほら、心の中で手を伸ばして。わたしが手伝ってあげるから」


「うん。……あ! わかるよ!」


「じゃあ、この子を自分の体だと思ってさ。歩いてみて」


「わかった!」



 ◇◇◇



「なんですの!?」


「どうしたの、フォルテ」


 何故か驚愕しているフォルテに、ケットリンテが顔を向けた。


「気づきませんの?」


「何を?」


「オゥラ=メトシェイラの動きが変わりましたわ!」


「えっ?」


 そうなのだ。オゥラ=メトシェイラは相変わらず歩いてはいるのだが、その歩みはぎこちなくなっていた。まるで操縦者が変わったかのように。


「まさか!?」


「見つけましたわね、フミネ」



 数分後、降騎姿勢を取ったオゥラ=メトシェイラから、リミが飛び降りてきた。


「うごいたよ! うごかせたんだよ! やった。やったぁ!!」


 村人たちはそのセリフを聞いて、唖然としていた。


「間違いありませんよ。リミちゃんは、少なくとも右翼騎士適性があります。それもかなりの」


 続いて降りてきたフミネの言葉であった。村人たちが息を呑む。この村から騎士が現れる? それもそれがリミだって?


「あ、あのっ」


 多分リミの両親と兄だろう。彼らがリミを守るように取りすがった。だが、それ以上の言葉が出てこない。


「心配はご無用ですわ!」


 そこに登場するのがフォルテである。


「リミさんを無理やり連れて行くなんていうことは、当然いたしませんわ。ご安心くださいまし」


 そう断言した。まずは落ち着かせなければならない。


「そ、それでは、リミが行きたいと言えば」


「子供を親の許可無く連れて行ったりはしませんわ。たとえ本人が望んだとしてもですわ」


「えー、リミ、きしさまになりたいよ!」


「ばかっ! おまえはまだこどもだろ」


「なにさっ、ルードだってこどものくせに」


 どうやらリミとルードは兄妹のようだった。そして、そのルードと言えば。


「あれ? ルードくんってもしかして、前回来た時に劇に参加してた」


「ええ、わたくしたちに打撃を通していましたわ」


 そうだ。前回の訪問時の悪役劇場で、フォルテとフミネに本気で痛いと思わせるだけの力を見せた子供、それがルードだった。恐るべき兄妹の才能である。


「ねえリミちゃん、お父さんやお母さん、お兄ちゃんと別れてでも騎士になりたい?」


 フミネの問いに、両親とルードが凍り付く。


「うーん、やだ。わかれるの、やだ」


「そっか」


 そうして、フミネはリミの頭を撫でた。


「じゃあ、将来、そうだね。いくらかかっても良いから、リミちゃんがどうしたいか決まったら、教えてね。ルードくんもそうだよ」


「うんっ、わかった!」


 リミは元気よく答えたが、周りはそれどころではなかった。絶対にリミが徴発されると思っていたのだ。それをあっさりとフミネはスルーした。



「働かざる者、食うべからずですわ。ですけど、子供の気持ちを聞かないわけには行きませんわ。そして、子供の希望を作り上げるのが、大公たる私の責務ですわ!」


 フォルテが堂々と宣言する。子供たちの未来は、子供たち自身のモノであると、そう宣言してみせたのだ。これはフリではない。本音である。


「フミネ」


「うん。じゃあ、お土産を残しておかないとね。皆さんも良く見て置いてください」


 悪役らしくフォルテが顎で指し示し、フミネがそれに応えた。



 とんっ。



 フミネは飛び跳ねるように大きく右脚を踏み出し、着地した瞬間足首を捻るように大地を握った。そして、残された左脚を引き寄せ、その反動に身を任せて両脚を捻じる。その捻転が腰を回し、背中から肩に走り抜け、誘導されたかのように右腕が突き出された。



 ひゅっ。



 結果、最速と全体重を乗せた右肘が、空気を突き破った。八極拳で言うところの裡門頂肘。同時に芳蕗に組み込まれた技の一つでもある。


「これが、フサフキの技だよ。出来るかな?」


「やってみる!」


「リミもやるっ」


 ルードとリミが見様見真似で、裡門頂肘を繰り返した。


「いい? ソゥドに頼っちゃだめだよ。力を抜いて、だけど最後だけビシって感じだよ」


 それに対し、丁寧に手取足取り修正を加えていくフミネ。いつしか若者を中心に、村人たちも同じ動作を繰り返していた。


「1日100回なんて言わないよ。好きなだけ、1回でもいいし1000回でもいい。だけど、1回づつ、必ず確認しながら、ね」


「わかった!」


「うんっ!」


 元気よくルードとリミが答えるのを見て、フミネは満足そうに頷いた。



 近い未来、この村、ラータ村はクロードラントの武の聖地となる。何と言っても『悪役聖女』が直々にフサフキを伝えた最初の村であり、そこから輩出された者たちが後世に名を残すことになったからだ。



 ◇◇◇



 そんなこんなをやっている内に、日は傾き始めていた。ここまでは前座だ。フミネプロディースの祭りは、いよいよここからが本番となる。付いてこれるかな?


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