第141話 彼らが村にやって来た





 ずぅぅん、ずぅぅん。



 3騎の甲殻騎が三角の形でゆっくりと進軍する。後続から徒歩で追随する者たちに合せているからだ。先頭はオゥラ=メトシェイラ。肩にケットリンテを乗せていた。日は天頂あたりにあり、冬ではあるが、それなりに過ごしやすい、そんな日和であった。


「見えてきた」


「うん、多分あっちも気づいたね」


 ケットリンテに答えると同時に、フミネはキャノピーを跳ね上げた。交戦意志無しの表明だ。村人がそれを知っているかどうかは、また別問題である。



「甲殻騎だ。甲殻騎が近づいてきてるぞ!」


「まて、色をよく見てみろ! あれは、フィヨルトだ」


「おおぉ」


 そこは1年半ほど前に、フォルテたちが一泊させてもらった村だった。そして『臨編フィヨルト慰撫宣伝部隊』の第1回公演に選ばれた場所でもある。



 ◇◇◇



 甲殻騎の進軍と共に、楽団小隊が演奏を始めた。勇ましいわけではない、悲しげなメロディーでも、もちろんない。アップテンポで、そう、あたかも心がぴょんぴょんしそうな曲調であった。勿論フミネによる持ち込みだ。まずは、村人たちの心を溶かす。特に子供たちには効果抜群であった。


 村の入り口まで近づいた頃、曲が丁度終わった。そういう風に調整したからだ。芸が細かい。


「これはこれは、ようこそ」


 村長が挨拶をしてきた。この村はフィヨルトに対し、悪感情を持っていない。むしろ好感である。以前の宴会が活きているのだ。飲みニケーション言うなかれ。この時代のこのような寒村では、宴会など滅多にない一大イベントだったのだ。


「本日はどのようなご用件で」


 なにせ3か月ほど前に徴税は終わっているのだ。当時はフォートラントであったこの土地は、身の丈に合わない税を持って行かれ、青色吐息であった。ちなみに代官は例のボンクラ貴族の父親だ。その代官は今、厳しい上司の監視の下、下級文官としてフィヨルタで激務に追われていた。


「ご安心ください。今日は遊びに来ただけですよ」


 隊長たるフミネの言葉を、どれだけの村人が信じられるだろう。


「1年半ぶりの宴会です! 今回はお酒もこちら持ちです。肉も調達して来ましたよ」


「それは、どういう」


「みなさんを懐柔しに来ただけです」


 そしてフミネはぶっちゃけた。



「いくらなんでも開けっぴろげすぎです!」


 シャラクトーンがフミネに抗議をしていた。


「いーのいーの。こういうのは、分かり易くないとダメだよ」


「だけどっ」


「シャーラの目は確かですわ。ですけど、空からの視点では彼らの横顔は見ることが出来ませんわ。たまには地面に立って、正面から相手の顔を見ることも大切ですわ」


 そういうことだ。シャラクトーンは確かに謀略に長ける。だがそれは神の視点からのものであり、地に立つ民たちをどうしても数で見てしまう傾向があった。それはそれで悪役令嬢っぽいのだが、フミネとフォルテはここで彼女にもう一つの視点を持って欲しかったのだ。


「無謬の民の心までも操ってこそ、悪役令嬢だよ」


 自分には出来ないことを、さらりとシャラクトーンに押し付けるフミネである。


「まったく、敵いませんね」


 シャラクトーンは肩を落として、微妙な笑みを見せた。



 ◇◇◇



「裏はありませんと言ったら嘘になりますね。要は、お酒と肉で皆さんと仲良くして、今後に繋げていきたいと、フィヨルトに付いて貰いたいと、それだけなんですよ。打算だらけの宴会です。信じて貰えますか」


「フミネ様がおっしゃるならば」


「まだ固いですね。じゃあ『臨編フィヨルト慰撫宣伝部隊』の公演を始めましょう。まずは甲殻騎による模擬戦闘です! 村の皆さんを集めてください」


 普段見ることの無い甲殻騎。それの戦闘が見られるなどと、一介の村人たちには考えも寄らない。子供たちなどは、それの意味を親たちに教えてもらい、目を輝かせていた。



「では、フィヨルトの誇る甲殻騎同士の模擬戦をご覧いただきます!」


 フミネのアナウンスに伴い、2騎が進みでる。片や『クマァ=ベアァ』そして『ウォーカミ』であった。


「左手は大公閣下の弟妹である、ファインヴェルヴィルト・ファイダ・フィンラント左騎士とフォルンヴェルヴァーナ・ファルナ・フィンラント右騎士。右手は、第8騎士団の特攻隊長ことアーテンヴァーニュ・ササノ・サイゾゥ士爵右騎士とヒューレン・ビット左騎士です! 解説のフォルテさん、いかがでしょうか」


「実力はアーテンヴァーニュがちょっと上と見ていますわ。ですが、双子の息はぴったりですわ。良い戦いが期待されますわね」


「そうですか。では早速始めてもらいましょう!!」



 ごうあぁぁ!



 両騎が同時にスラスターを吹き鳴らし接近する。そして、お互いが対峙するかとした瞬間、左右に弾け飛んだ。第5世代ならではの戦闘スタイルであった。


 全高10メートルにも及ぶ巨人が、人のように、いや人をも上回る速度と動きで駆け巡る姿に、村人たちは驚きを隠せない。戦闘機動をする甲殻騎を見ることなど、一生に一度も無い者がほとんどなのだ。これがフィヨルトの力かと、感動すら覚えてしまう。


「が、がんばれえ!」


「どっちも負けるなあ!」


「かっこいー!!」


 いつしか老若男女を問わず、2騎には声援が送られていた。場がヒートアップしていく。それに乗せられるように、甲殻騎の闘争も激しさを増していった。



 決着は5分後であった。『クマァ=ベアァ』の右腕が相手の操縦席の上で止まり、また『ウォーカミ』の穂先が相手の核石部分に添えられていた。


「フォルテさん、判定をっ!」


「『ウォーカミ』が一手速いですわ! アーテンバーニュとヒューレンの勝利ですわ!!」


「ですが、ほぼ五分と言って良い戦いでしたね」


「ええ。わたくしは両者を称えたいと思いますわ!!」


 同時に歓声が巻き起こり。降騎姿勢から降りてきた4人を皆が取り囲んだ。


「3人は未成年じゃないかっ!」


「すっげえ戦いだったよ!」


「おねーちゃんかっこいー!!」


 死闘を繰り返した4人はすでに、村人たちにとってヒーローであった。



「いやあ、でも4人とも腕を上げたねえ」


「そうですわね。わたくしたちでも一撃とは行かなさそうですわ」


「負けてられないね」


「負けませんわ」


 フォルテとフミネも感銘を受けていた。第8騎士団最精鋭化計画は順調である。もうひとつ、第8騎士団万能化計画も進行中であった。何処へ向かおうとしているのだろうか。



 ひとしきりの騒ぎが終わろうとしていた時、フミネが次のイベントを進めるべく声を上げた。


「次は、甲殻騎搭乗体験会を開催したいと思います! ご希望の皆様は振るってご参加ください!」


 う、うおおおおぉぉぉ!


 何と言っても、騎士しか乗ることが許されない甲殻騎である。触れる事すら憚られるというのに、それに乗せてもらえる!? 村人のテンションはマックスまでブチ上がっていた。


「掴みはオッケー」



 フミネは悪い顔をしながら、ニヤリと笑った。


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