第138話 ライドにだって意地はある!




「久しいな、ライド」


「はっ、陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」


「よい。頭を上げよ」


「ははっ!」


 王都ケースド=フォートラン、謁見の間である。本来ならば外交交渉に使われるような場所ではない。どれだけ上位に立ちたいのだろうかと、フィヨルト一行は呆れ交じりにそれに付きあう事にした。


 フィヨルト側からライド、シャラクトーン、外務卿ドーレンパート、クロードラント辺境伯に加え、2名の書記官が居た。対するフォートラントは王陛下が自ら、さらには宰相、国務卿、外務卿、騎士団長などが顔を揃えていた。さらには仲介を請け負った、ヴラトリア公国とサウスタード王国の外務官も参席している。


 一応名代はライドということになるので、彼が一歩前で膝をついての挨拶となった。


「今回、不幸な行き違いにで勃発した戦により、両軍に多大な損害が出た事を、私は遺憾に思っている。ライド、君はどう考える?」


「はっ、同意いたします」


 両軍に多大な損害とは言ってくれるとライドは思うが、表情には出さず肯定した。


「正直に言えば、無かったことには出来ないだろうか、とも考えてしまうのだ」


「……宣戦布告前であれば、それもあったことでしょう」


「今からでは遅いかな?」


「畏れながら。すでに始まってしまったことかと存じます」


 まあ、ジャブだ。出来もしない事から始め、落としどころを求めるのも外交交渉の一つのやり方ではある。だが、無を求めるとはちょっと酷くないだろうか。



「引けないということか」


「結果は出ております故。フィヨルトの意志はすでに伝わっていると存じております」


「……確かに、少々の譲歩をしているという点は認めよう。それでも、欲が過ぎるのではないか?」


「我が国としては、戦果と最大限の譲歩をお伝えしたと考えております」


 一部嘘である。捕虜返還を無条件とし、通商も認めるのは本当だが、国境線の引き直しに関しては、大袈裟にしてあった。具体的には、旧クロードラント侯爵領のほぼ全域となる。譲歩点を作っておいた形だ。


「大公国にクロードラント全域を掌握だけの戦力はお在りですかな?」


 事前の想定通りに、ここで宰相が突っ込んできた。例によってにこやかな笑顔を浮かべている。


「ええ。当面の戦力で十分と考えております」


 そしてライドもそれに乗る。酷い茶番だった。


「ですが、苦しい所であるのもまた事実でしょう。そこで提案がございます」


「……お聞きいたしましょう」


「旧来の領線ではなく、地形基準としてこのようにしてみては」


 書記官が用意した大きなテーブルに、2枚の地図を並べた。ひとつは旧クロードラント領、もうひとつは難地形を考慮した防衛向きの線だった。当然後者の方が領土は狭くなる。


「面目を立てろとおっしゃるわけですか?」


「いえいえ、ご提案をさせていただいただけですよ」


 この寸劇についてだが、ここにいる全員、そう王陛下も含めた全員が織り込み済みである。外交交渉の最終段階など、こんなものだ。



「わたしからもひとつ、よろしいでしょうか?」


「よかろう」


 ここでシャラクトーンが発言した。それに対し、鷹揚に王が肯定の意を示す。


「ヴラトリアはこの会談によって、連邦が安定することを望んでおります。停戦が維持される限り中央に対し、交易に関する便宜を図るとのことです」


「ほう、それは助かる話だが、良いのか?」


「わたしの結婚祝いだそうです。嫁いだ先でいきなり戦火に見舞われるのは、忍びないと」


 さて、戦火の元になったのはフィヨルトか、それともフォートラントだったか。何にしてもヴラトリア公国は少々の損を被っても、安定を望むという事だ。


「ならば、サウスタードとしても発言をお許しいただきたく思います」


「ふむ」


 次はサウスダート王国だった。王は発言を促す。


「連邦南西部の安定は、我が国としても死活問題です」


「塩か」


「御意にございます。フォートラントもフィヨルトも、我が国に取っては大切な取引先にて。ここはどうでしょう、両国に対し一括ならば少々値を下げる事につき、国王陛下より許可を戴いております」


「商人のような物言いよな。だが分かった」


「陛下、この条件ならば」


 宰相の促しに王は考える素振りを見せる。当事国と調停国がそれぞれ折れた。一応面目は立った。



「まあよかろう。そうだな、ひとつ提案をしたい」


 少し間を置いた王が、シナリオに無いことを言いだした。場に緊張が走る。


「フミネ・フサフキと言ったか。アレは見事な騎士だ。学院で学ばせてみてはどうか」


 とてつもない爆弾だった。



 ◇◇◇



「……お戯れを」


 ライドが震える声で流そうとした。それは怯えか、それとも怒りなのか。


「惜しい逸材ではないか。聖女との呼び声すらあると聞く。中央で研鑽を積めば、名に恥じぬ存在となるのではないか?」


「へ、陛下」


 さすがに宰相が諫めに入った。いくらなんでもこれはない。フィヨルトが弱る事を期待する宰相ではあるが、やり方というものがあるのだ。



「確かにフィヨルトは国力にて、フォートラントに遥かに劣ります」


 国王の許可も得ず、ライドが語り始めた。


「言い掛かりで戦争を吹っ掛けられ、私たちはそれを打ち返しました。ターロンズ砦を抑えて山脈の向こうに籠ることも出来たでしょう。ですが、それでは戦勝とは言えない。故にクロードラントを併合したのです」


 その目を見たフィヨルト側の人間は、ライドを止めることを諦めた。いや、むしろもっとやれ、と言った感じだ。なぜならば、ドーレンパートもシャラクトーンもブチ切れていたからだ。新参の辺境伯はビビって声も出せない。


「本来ならば国交を断絶した上で、虜囚に高い値を吹っ掛けることも出来ました。ですが、妥協して見せたのですよ? ですが、出来なかった。国に力が無いばかりに……」


 それは血がにじむような、フィヨルトの叫びだった。


「ではこうしてみてはいかがでしょうか。フォートラントには大変優れた左翼騎士がいらっしゃいます。アリシア殿下をフィヨルトに留学させ、甲殻獣狩りにて力を伸ばしてみては」


 そう言い切ったライドの表情は、フィヨルトの男、もとい男女両方がよくやる、獰猛な笑顔であった。



「馬鹿な事を申すな!!」


 王が玉座より立ち上がり、吠えた。


「それはこちらの台詞だっ! それは戦争継続か? それとも新しい宣戦布告か!? フィヨルトは受けて立つぞ。幾らでもかかってこい! 今度は容赦しない。皆殺しだ!!」


 ついにライドの口調が崩壊した。それどころか、いくら全権代行としても言ってはいけないセリフを吐いた。



 生まれて以来、初の暴言を受けて動揺する王と、そして口をぱくぱくとさせている他国の人間を他所に、フィヨルトの3人は平然と怒りを露わにしていた。クロードラント辺境伯は白目を剥いていた。



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