第137話 これだから貴族のボンボンは




「ケースド=フォートランですって?」


「はい。先方は王都での会談を望んでおります」


「負けた側が、随分と高飛車ですわね」


「負けを認められないか、負けと認識していないのか。それとも連邦の盟主として、過大な自覚をお持ちかと」


 1月後、公都フィヨルタでのフォルテと外務卿ドーレンパートとの会話である。


「全部の様な気がしますわ。ヴラトリアとサウスタードへの手回しは出来ていまして?」


「そちらは恙なく。観戦武官からの報告が行ったのでしょう。必要以上にフィヨルトを気にかけている様子です」


「大きく見られたものですわね。ライドとシャーラを呼んでくださいまし」



「行くよ」


「行きます」


「ライドには全権を委任致しますわ。シャーラ、手綱をよろしく」


 王国行きに即答した二人にかけられた言葉は、なんとも微妙であった。


「全権委任された人間が、手綱を握られるって」


「仕方ないでしょう」


「そういう会話は他所でやってくださいな」


 フォルテは口喧嘩を始めそうなライドとシャラクトーンに釘を刺す。


「飛空艇を全部使って構いませんわ。随伴は第4騎士団2個小隊。リリースラーンによろしく言っておきましたわ」


「ありがとう」


「有難うございます」


「礼には及びませんわ。暫定国境で、クロードラント辺境伯と落ち合いなさい。健闘を期待していますわ!」


 そう言ってフォルテは立ち上がり。普段は着けていない濃灰色のマントを翻して、東方を指さした。飾り付けの金がシャラシャラと軽い音を立てる。


「何ですそれ?」


「格好良いですね」


「フミネに教わったのですわ!」


 姉に何を仕込んでいるのやらと、弟は眉間を揉んだ。



 ◇◇◇



「村の方はどう?」


「問題だらけらしいですわ」


 変わって、フミネとフォルテである。大公邸私室での、ごく身内の会話だ。


「ケッテの一覧ときたら、粛清粛清って、よっぽど鬱憤だったんだろうね」


「消すより、使い潰す方がマシですわ」


「無能な味方は、敵より厄介だって言葉もあるわ」


「勉強になりますわ」


「それでも使うんでしょ」


「当たり前ですわ。フィヨルトに最も不足しているのは人口ですわ」


 ケットリンテのリスト、それはクロードラントに溜まった膿だった。ケットリンテ曰く「本当に血が青いのか確かめてみたい」。主な者としては、子爵、男爵家の令息令嬢たちだった。騎士や兵士になった者たちはまだマシだった。今頃は第2騎士団でサイトウェルが懇切丁寧に指導していることだろう。


「文官も嫌、平民も嫌、とはねえ」


 クロードラントがフィヨルトに併合され、変化した事例は多々あった。その中でも最も大きな事態は、全てが大公領となったことだろう。そしてそれは、最大の慣例衝突でもあった。


「フォートラントでは、貴族に領地が与えられていますわ。そこから税を得て、領地を運営していますわね」


 クロードラント領はフォートラントの中でも広大な面積を誇り、子爵や男爵に領地を与え、それを侯爵が統括するという小規模国家のような運営が行われていたのだ。


「わたしの印象だとこっちの世界って、それが普通に思えるんだよね」


 フミネの想像する中世感は、すなわち封建社会であった。


「フィヨルトは、初代様が小さな街を広げていったのが起点ですわ」


「ああ、つまり領地を与えるって考え方が、そもそも無かったんだ」


「そういうことですわ」


 要は、フォートラントは封建制であり、フィヨルトは完全な中央集権であるという事だ。どちらが優れているかという話ではない。そういう慣例で国家が運営されているということが、この場合の問題だった。


 そして、クロードラントはフィヨルトに併合された。



 以前にも登場したフレーズではあるが、フィヨルトにおける貴族とは、端的に言えば公務員である。そういう意味では、東方辺境伯であろうとも、軍権を始めとした一部の権限を委譲されたのは、異例中の異例なのだ。一時的措置とも言える。


 だが、その異例を自分たちもが享受出来るのではないかと、勘違いした者たちもいた。


「まさか、領地を貰えてそこでのうのうと暮らせるなんて、考えていたとはね」


 働からず者、食うべからずを地で行くのがフィヨルトだ。余りに感性が違い過ぎた。


「やりすぎだったかもしれませんわ」


 フォルテとて万能ではない。面倒くさくなることだって、多々あるのだ。


「気持ちは分かるよ」


 で、フォルテはぶん投げた。と言っても追い出したわけではない。そういう温い者たちをまとめて、開拓村を作れと放り出したのだ。そしてそんな連中は、見事ケットリンテのブラックリストに一致していた。根性入れ直してこい。それがフォルテの判断だったのだが。


「うん。ちょっとこれは酷いね」


 フミネの手元にあるのは、その開拓村から送られてきた報告書だった。報告書なのか? 内容と言えば、進捗は一切書かれておらず、ただ不満がつづられ、補給物資の要求が付け加えられていた。ついでに労働力の要請も。


「これ、普通の村が3個くらい出来そうなんだけど。しかも労働力まで派遣したら、彼らは何をするわけ?」


「……行くしかないですわね。ケットリンテも連れて行きますわ」



 ◇◇◇



 どかぁん、どかぁん。



 物騒な音を立てて、木がなぎ倒されていく。ここは、件の開拓村だ。第8騎士団第1中隊が伐採作業を、随伴歩兵は枝を剪定していく。たった2日で村の面積は倍以上になっていた。すでに確立された、フィヨルト式開拓法である。


 では、元からいた札付きの住民たちと言えば、ショボショボと畑を耕していた。


「遅い」


 ぼそりとケットリンテが呟く。地獄の門番もかくやという目力で、現地を視察しているところだ。


「クロードラントの恥さらしがっ」


 ちょっと口調も変わっていた。


「しかしお嬢様っ、我々が畑仕事などと」


「黙れ。手と足を動かせ。昨日みたいになりたいか」


「いえ、その……」



 昨日、フォルテは開拓村の全員を並べ、ビンタを繰り出した。フォルテのビンタは甘くない。吹き飛ぶなんてことは許さない。全員、その場に崩れ落ちるような、そんな打撃だ。ああ、打撃じゃなくてあくまでビンタだった。


 後半で逃げ出そうとした者も出たが、速攻でフミネとバァバリュウにとっ捕まえられて、列に戻らされていた。聖女からは逃げられない。


 最後に、この村の開拓責任者がケットリンテとなったことが発表された。


「いいか、追加の支援は3か月後まで無い。木材は用意した。報告書は書式に則った形で書け。余計な泣き言を報告する必要はない。問題があれば報告しろ。ただし不平や不満は報告するな。これが最後だと思え」


「け、ケッテ?」


「フミネ、今はマズいですわ」


「建築、農業指導と周辺警戒を兼ねて、第8騎士団の歩兵が残ってくれる。全員平民で、お前たちより上の立場だ。感謝を忘れるな。次に舐めた態度を取ってみろ。全員を甲殻獣狩猟班へと回す。これは決定事項だ」


 ケットリンテはバンと紙を広げた。狩猟命令書である。後はサインを入れるだけの状態となっていた。


「ボクは良い機会だから、お前たちを粛清するよう大公閣下に進言した。だが、お優しい閣下は、それを許さず機会を与えた。応えろ。出来ないならば死ね」



 ケットリンテに鬼が宿る。次回の悪役令嬢会議で議題にせねばと、フミネは思った。


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