第134話 悪徳領主がやってきた
「クロードラント侯! 何を勝手な事を」
連隊長が叫ぶ。しかし侯爵は首を振った。
「仕掛けたのは中央だぞ。その結果がこれだ。私は領主として、民が蹂躙される姿など見たくはない」
言っていることは格好良いが、フィヨルトは民草に手を出すなどとは一言も言ってはいない。ある意味非常に失礼であった。
「貴様あぁぁ!!」
連隊長騎が侯爵に襲い掛かろうとした。
ずぅん。
まず、両脇から腕を叩き落とされ、後方から核石を砕かれた。最後にオゥラ=メトシェイラが背中を叩き込むと、連隊長騎は操縦席だけを残し、粉々になっていた。ここまで悲惨な破壊状況は恨みを買った戦場ですら珍しい。
「見た事か。これが力の差だ」
面白くなさそうに、クロードラント侯爵は吐き捨てた。そして心のなかでは、ケットリンテに深く感謝をしていた。彼女がいなければ、侯爵もあちら側だったかもしれないのだ。
「観戦武官の皆様には、勿論手出し致しませんわ。手続きを終えたならば、国にお帰りくださいまし。第4連隊の皆様は戦時下における正式な捕虜として扱いますので、大人しく従ってくださいませ」
第4連隊長を始め、各員はがっくりと膝を付いた。
◇◇◇
オゥラ=メトシェイラのキャノピーを開き、フォルテが立ち上がった。
そして、決然とした悪役の表情で、語り始める。肩の金髪ロールが風に揺らいでいた。
「さて、遠巻きに見ているでしょう民衆の皆様に、お伝えいたしますわ。侯爵の降伏を持って、只今よりこの地はフィヨルトとなりましたわ。当然、皆様にもフィヨルトの法が適用されますわ。苛烈で謹厳な法ですわ!」
蛮族と聞かされているフィヨルトの主が言う、苛烈な法とは。民衆は固唾を飲んだ。
「まずはそうですわね、税制を全てフィヨルトのものと同様にいたしますわ。税を納めるのを怠った者、過小に申告した者は厳罰ですわ」
フィヨルトと同様の税制とは一体。実際はクロードラントと言うかフォートラント基準よりも温かったりする。しかもほとんど物納だ。
「それに加えて、農地拡大を行いますわ。クロードラントと言えば、フォートラントの食糧庫。どんどんやりますので、皆さんの尽力に期待いたしますわ」
税制を改めた上で、徴用までか。住民たちの顔が青ざめる。しかして現実は、フィヨルト式最新農法の導入だ。生産性は確実に上がるだろうし、それに加えフォルテは貧困層の就業確保に繋げるつもりだった。
「傷病者については、フィヨルト特製の甲殻義肢を用意いたしますわ。早く慣れて、労働に従事できることを祈りますわ」
四肢欠損者にまで仕事をさせるつもりか。以下略である。
「そして、そこな領軍の皆様。城門を譲らなかったのはご立派ですわ。ですが力が足りていませんわね。今後は一人前になるまで鍛え上げますので、お覚悟してくださいませ!」
これはもう誤解の余地もへったくれもない事実だった。騎士たちの地獄は始まってもいないが、それでも彼らの顔は青ざめた。同時に、民衆がそんな彼らに同情の目を寄せる。
「以上ですわ! 詳細については、後日布告いたしましょう。では、クロードラントの平穏と繁栄を期待致しますわ」
何だかよく分からないまま始まったフォルテの演説は終了した。
「……ケッテ」
「分かってる。後で翻訳したのを、告知するから」
「ありがと」
フミネの言葉を、ケットリンテは正確に理解していた。
◇◇◇
3日後、クロードラント領都に領内から士爵以上の者が集められていた。場所は、城内謁見の間である。上座たる上段には、クロードラント侯爵と女大公フォルフィズフィーナが並び座り、その両脇にケットリンテ、領都代官、領軍総司令、フィヨルトからはフミネ、クーントルトと各騎士団長たちが並んでいた。
ちなみに前日、第7連隊残余40騎程がボロボロの姿で帰還しており、フィヨルト側の主張は証明された。第4連隊長は卒倒し。観戦武官たちは戦慄していた。彼らはまだ領都に居残っている。今後の方針や体制を聞かないことには、帰国出来るはずも無かった。
「……さて、この度の敗戦を受け、我がクロードラントはフィヨルトに下ることとなった」
会議は侯爵の重苦しい言葉から始まった。途端、諸卿がざわめく。
「静まれ。中央から派遣された3個連隊は、事実上消滅した。また、領軍だけでフィヨルトに対抗できる術も無い」
「しかし、我々は中央の!」
「加担したのは事実だ。受け止めよ」
「……」
多くの貴族たちは、不満を隠そうともしない。当たり前だ。中央に乗せられたとは言え、山の向こうの蛮族どもに屈するなどとは。
「さて、旧クロードラントの皆様。貴方たちはフィヨルトに併合されることとなりましたわ」
フォルテの口上が始まる。分かっているものはビビる。知らないものは訝しんでいた。
「本日より、ここはフォートラント王国クロードラント領ではなく。フィヨルト大公国、クロードラント地方となりますわ。ああ、ご安心くださいませ。クロードラント侯には、このままこの地の代官を任せますわ」
何処が安心できるものかと、クロードラント勢は思う。
「それと、大公国では侯爵は認められておりませんわ。残念ながら侯爵には伯爵となってもらいますわ」
爆弾が投下された。半数以上の貴族が殺気を漲らせ、立ち上がる。
「ああ、それとケットリンテ嬢には、フィヨルタに留学していただきますわ」
「人質かあ!!」
「あら、留学と言いましたわ」
「同じではないか!!」
半分どころか殆どが立ち上がっていて。愛され系ケットリンテであった。侯爵の一人娘にして、各地の農村を回り増産に尽力した。さらに新たなドクトリンでもって、甲殻獣狩猟にも一石を投じた人物。まさにクロードラントの宝である。それを、それをフィヨルタになどと。
「それが敗北ですわ」
フォルテの凛とした言葉が広間に突き刺さった。
「繰り返しますわ。それが敗北ですわ。わたくしたちフィヨルトは勝ち続けてきましたわ。それでも先の紛争で両親を喪いましたわ。守りたければ、力を持つしかありませんわ。気概はありますの?」
圧倒的事実を突きつけられ、戦士たちが顔を伏せた。肩は悔しさに震えていた。
「そこまで悔しく思うのでしたら、機会を与えますわ」
「な、何を!?」
心の中でほくそ笑んでいたケットリンテは、フォルテの言葉に反応してしまった。
「力で奪い合うのですわ。賞品は貴女」
フィヨルトの一部を除き、周りは毒気を抜かれていた。何言ってんだコイツ。
「さあ、喧嘩をいたしましょう。勝った方に、ケットリンテを与えますわ!!」
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