第133話 可哀相な第4連隊




「何だ、なんなんだ、こいつらは!」


「事前に報告していたではありませんかっ!」


「うるさい!」


 第4連隊第2大隊長の叫びに、421中隊長が叫び返す。フィヨルトに駐屯していた彼は知っていた。そして伝えた。にも拘らず、中央は、特に第4連隊は仮想敵の力を低く見積もり過ぎていた。先ほどまで、やれ決戦だのなんだの言っていたのが懐かしいくらいだ。


「やはりこうなったか」


 中隊長は毒づく。人は見なければ理解出来ないと分かっていても、それでも忸怩たるものがあった。そもそも第4連隊は宰相派閥の筆頭部隊だ。それ故、切り札扱いされることも多く、実戦経験はせいぜい対ヴァークロート戦線での後詰くらいのものだった。


「フィヨルトを侮るからこうなるっ!」


 そう言った矢先、中隊長騎の脇をフィヨルトの騎体が風の様に通り過ぎる。次の瞬間、彼の騎体は両脚を失い擱座していた。フィヨルトの甲殻騎はそれに目もくれず、次の得物を求めて飛び去って行った。残された残骸から、中隊長が這い出る。


「生き残った、か。だが、話にならん」


「これを教訓とするしかありませんね」


 中隊長と相方たる左翼騎士は、諦めと憧れを同時に抱きながら、敵の後ろ姿を見続けていた。



 戦闘開始から30分も経った頃には、第4連隊はすでに陣形を崩しきっていた。外から削られ、それを助けようとして分断され、各個撃破され、気が付けば半包囲が形成されていた。


「遠慮はいらんとの閣下からのお達しだ。損耗を避けつつ存分にやれ!」


 元々、遊撃部隊としての要素が強い第7騎士団は、ここぞとばかりに戦場を駆け巡っていた。


「トドメは第2と第3に譲って構わん! 動け、動け! 我々は動くのが仕事だぞ!」


 フォルテの薫陶も厚い第7騎士団長、リッドヴァルトはここぞとばかりに運動を繰り返していた。



「俺につづけ!」


 攻めるフィヨルトの中でも異質な動きをしていたのは、第3騎士団長アーバントが率いる一団であった。彼は特級戦士であり、フィヨルトでも屈指の実力者として知られている。ちなみに平民上がりだ。


「中央を分断するぞ、駆け抜ける!」


 いささか、いやかなり荒っぽい動きで、アーバントが敵陣を駆け抜ける。ただし着いていけるのは、極少数の精鋭だけだった。



「ウチの団長が申し訳ありません。そちらに参加します。指揮をお願いできますか」


 後に残された第3騎士団の副団長が、第2騎士団長サイトウェルに対し、申し訳なさそうに言った。


「……地味な役目もまた貢献だな。引き受けよう。第2、第3騎士団は包囲陣を固めろ。アーバントは放っておけ!」


 例の一件から何故か爽やかキャラになったサイトウェルは、求められ、必要で堅実な指示を出した。正直なところ、郊外におけるフォートラント第4連隊との戦闘で、真っ当に功績を讃えるならば、彼こそが第一等になるだろう。



 そうして、第4連隊は擦りつぶされていった。



 ◇◇◇



「おほほほほ! 悪役女大公のお出ましですわ!」


「そこまでやるかぁ」


 クロードラント領都の上空から、高らかな声が響く。女大公の空挺降下だった。なお今回はパラシュートは使用していない。ケットリンテがどんな対策を取っているかが分からないからだ。よって降下時間短縮のため、3機の飛空艇は常識外の超低空飛行から11騎を投下した。その高度は、実に80メートル。領都の人々が、ロービジ化されたはずの飛空艇を認識できる程の低空であった。


「な、なんだアレは?」


 城に隣接して設置されていた第4連隊指揮所では、連隊長を始め参謀、各国からの観戦武官たちが驚愕の表情を浮かべていた。甲殻騎が跳ぶというのは100歩譲ってまだ分かる。跳躍の延長線上だからと。だが、空から降って来るのは意味が違う。根本から常識が覆っていた。



「ケッテも律儀だね」


「ええ、ちゃんと着地場を用意してくれていますわ」


 11騎はスラスターを全力噴射しつつ、城門前の広場に降り立った。パラシュート無しでそれが出来る面々なのだ。


「さて、第4連隊の皆さん。攻めて来たのはそちらですわ。今度はこちらの番ですわよ。わたくしはフォルフィズフィーナ=フィンランティア・フィンラント・フォート・フィヨルト。フィヨルト大公国が現大公ですわ!」


「大公自身がここに来ただと!? ふざけたことを!」


「壁に守られた中でのうのうとしていた貴方と、ここまでやって来たわたくし、どちらが正しいかなんて結果次第ですわ。ちなみに、ターロンズ砦はフィヨルトが占領して、第6と第7連隊は壊滅状態ですわ」


「連隊長とか偉い人たちは、クロードラントの人たちが逃がしたみたいですけどね。全くやられました」


 フォルテの名乗りに続き、フミネはケットリンテの擁護に走る。ケットリンテの想いは、ちゃんと伝わっていたのだ。



「では、始めましょう。アーテンバーニュ、出番ですわ」


「おう!」


 開幕は特攻隊長アーテンバーニュの、槍の一撃からだった。オゥラ=メトシェイラ以外の全騎が敵を蹴散らしていく中、フォルテとフミネは悠々と指揮所へと向かう。そこにいたのは連隊長騎と随伴5騎だった。


「あら、たった6騎ですの、物足りないですわね」


「侮辱をするかあ!」


「事実を陳列しただけですわ」


「それを侮辱だと言っているのだ!」


「では、結果をお見せいたしますわ」


 次の瞬間、オゥラ=メトシェイラが消えた。正確には横列陣形を取っていた敵の真横に移動を終えていた。


「なっ!?」


「ひとおつ!」


 フミネの軽い声が聞こえた時には、1騎が核石を砕かれ、崩れ落ちていた。



 ◇◇◇



「さて連隊長様、貴方だけですがどういたしますか?」


「こ、ここ、こうさ」


 ニワトリのような声をあげる連隊長に、フォルテが問いかける。


「降伏だ」


 背後から声がかかった。1騎の豪奢な甲殻騎が黒い旗を掲げそこに立っていた。操縦席には、前にクロードラント侯爵、後ろにケットリンテ。


 そして、黒旗の意味は、降伏であった。



「繰り返す。降伏を宣言する。これ以上は危険だ。どうか領都の民間人などへ、被害を与えないようにしてもらえないだろうか」



 妙に棒読みっぽいクロードラント侯爵の声が響き渡った。実に民想いの良君である。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る