第130話 門を砕け!




「もう少しですわ!」


「ここからが本番かぁ。どこまでやれそう?」


「20、いえ30は何とかしたいところですわ」


「きっつい」


 オゥラ=メトシェイラが二重跳躍どころか多重跳躍を用いて、建物の上を疾走して行く。道中で目立った敵騎を5騎程破壊してから少々、流石に敵が分厚くなってきたので、こうしているわけだ。目標地点はもう近い。


「急がないと、そろそろ損害が出かねませんわ」


「そうだね」


 一見無双をしているフィヨルトだが、初見と奇襲の効果が出ていることが大きい。相手に慣れが出て幻惑効果が薄れれば、こちらにも被害が出始めるだろう。そうなれば数の力で圧し潰される。


「だからその前に」


「相手をさらに動揺させてみせますわ」


 二人の目的はそれだった。



「着きましたわ!」


「っしゃあ!」


 そこは、フォートラント側にあたる門の上だった。扉は完全に破壊されていて、アーチ状に城壁を抉る門が開放されたままの状態になっている。優に甲殻騎が通れるサイズが確保されており、城壁の高さは15メートルを越えている。オゥラ=メトシェイラが着地したのは、まさにそこだった。


「おーおー、わらわらと」


「うじゃうじゃいますわね」


 門の内外には、フォートラントの後続部隊が集結していた。丁度門を潜り砦内に進軍している途中だ。揃って、上を見上げている。それはそうだ。こんなところに、敵の甲殻騎が1騎だけで現れたのだから。


「じゃあやろう。ソゥド全開!」


「何ですのそれ?」


「言ってみたかっただけっ!」


「ソゥド全開ですわ!」


 付き合いの良いフォルテである。



 ◇◇◇



「芳蕗改!」


「オトカタ・攻、ですわっ!!」


 二人の掛け声と共に、オゥラ=メトシェイラが低い姿勢で、右手の穂先を真下に突き降ろす。もちろん、十分な体重移動と、体動、旋回を乗せた右腕だ。それが、石材で強固に組まれた城壁の上面に突き刺さった。



 みしっ、みしみしっ!



「真下にいる方々、お避けになった方がよろしいですわよ!」


「崩れるよー!」



 どご、どがが、どごごご!



 門の内外にいた敵が各々遠ざかるように逃げていく。一部の破片が甲殻にぶち当たっているが、そこは甲殻騎だ、へこみもしていない。ただし、精神的ダメージは大きいだろう。誰が想像出来るか。砦の大門を叩き落とすなどと。



 もうもうとした土煙が少しづつ薄れていく中に1騎の甲殻騎が立っていることを、フォートラントは確認した。


「さあ、ここは通行止めですわ」


 フォルテの声が門の内外に響く。いや、門は既に存在せず、そこは5メートル程の高さを持った石くれの山となっていた。


「第8騎士団へ通達! 封じ込めは成功! 作戦を第2段階へ移行!」


 フミネが砦内に大声で通達を出した。


「待たせたね!」


 そこにタイミング良くクーントルトたちの特別小隊が降り立った。


「背中は任せましたわ!」


「了解!」


 内側はこれでいい。問題は外側だ。



 オゥラ=メトシェイラがゆっくりと、瓦礫の山を下りて行く。城壁の外側だ。待ち受けるは、砦への侵入に間に合わなかった50騎程だ。どうやら一番後ろに連隊長らしき旗が靡いている。指揮官最先頭のフィヨルトとは大違いだった。


「さあさあ皆さま、大将首どころか大公首ですわよ!」


 フォルテが微妙に上手いことを言う。


「ついでに聖女の首まで付属していますよ。お得です」


 フミネも乗ったが、こちらはあまり上手くなかった。即興だったので、ちょっと悔しいフミネである。


「……フミネ、口上ですわ」


「……。ありがと」


 なんとフォルテがフミネに口上を譲った。演説大好きの二人は、ここまで色々な機会で弁舌豊かにやってきた。お互いに折り合いを付けながらだ。だが、ここまで明確に譲るのは珍しいことだった。フミネはフォルテの懐の深さに感謝する。



 ばんっと音を立てて、オゥラ=メトシェイラのキャノピーが開かれた。そこに立ち上がるのはフミネである。肩まで伸ばした黒髪が風に舞い、力強い黒の瞳が敵を見据えていた。実に堂々としているが、実はちょっと中腰で操縦桿を握ったままだ。


「わたしは、フミネ・フサフキ・ファノト・フィンラント。異界より舞い降りし、新たなる聖女です!」


 ぱんぱんと両手で頬を叩いて、フミネの口上が始まった。


「貴方がたも時代の変遷に聖女が居たことを、ご存じでしょう。それが今現れて、そしてフィヨルトに付いている。この意味が分かりますか?」


 始めてしまえばノリノリのフミネだ。舌は勝手に回っていく。


「聖女を敵に回しますか?」


 フミネの声に合せて、オゥラ=メトシェイラが一歩踏み込む。思わず敵前衛が後ずさる。


 その弁舌と智謀と武によって、フォートラントの今を作り上げた『建国の聖女』。また、フィヨルト史上最大の甲殻獣氾濫を撃破し、甲殻騎の原型を作り上げた『暴虐の聖女』。それと似た名を持つ自称聖女。はっきり言って、フォートラント側は状況を扱いかねていた。



「恐れおののいて、掛かってもこれませんか。じゃあ、こちらから行きますよ」


 そんなフミネの何気ない言葉と当時に、オゥラ=メトシェイラが急加速を開始した。勿論フミネは座席に座り直し、キャノピーも閉じられている。向かう先は当然、敵陣最後方にいる指揮官だ。



 ◇◇◇



 余裕にみえるフォルテとフミネだが、この状況は流石に不味かった。如何に速く鋭いオゥラ=メトシェイラであれど、囲まれてしまうと空中に出るしかない。そこからの移動は可能だが、それでもいつかは捕まるかもしれない。そうなればお終いだ。


「士気と指揮を断ち切りますわ!」


「また上手い事言ってさあ!」


 二人は戦いを選択しなかった。やることは鬼ごっこだ。但しルールが少々異なる。


「遠回りでも良いから、相手に捕まらないで。そしてちょっとづつ鬼に近づくの」


「了解ですわ」


 そう、鬼の取り巻きに捕まらないように動きながら、最終的に鬼そのものをぶっ飛ばす。それが今回の目的だ。そういう風に目標が定まれば、後は集中力の問題だ。二人にはそれが出来る。例のフィールドアスレチックと一緒だ。


「目の前のは全部障害物! 避けて踏んで、置き去りにして!」


「乗ってきましたわ!」


「うん!」


 フミネの指貫グローブが輝きを増す。それと共にオゥラ=メトシェイラの動きが、速く、力強く、鋭くなっていく。同時にフォルテの見切りが発動する。


 すれすれの間合いを計り、時には敢えて引き、横に飛び、無意味に見える挙動を織り交ぜる。



「何なのだ! 何故止められない!?」


 フォートラント王国第7連隊長は恐慌をきたしていた。ちなみに第6連隊長は砦の中である。そっちは結構前線で頑張っていた。



「お待たせいたしましたわ。旗印から見るに第7連隊長様ですわね」


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