第129話 フィヨルトの槍たち





「こいつらが直接関わっていないことは分かってる。だけど我慢がならないね。なあ、前大公閣下ご夫妻と軍務卿、そして多くの兵士たちの仇、取らせてもらうよ!」


 まず3騎が地に降りた。クーントルト、リリースラーン、ラースローラの3人、要は第8騎士団以外からの参加者だ。次いで、特攻隊長たるアーテンヴァーニュも行こうとするが、フミネがそれを止める。


「ヴァーニュ、待ってあげて」


「何故?」


「わたしくしたちは間に合いませんでしたわ。ラースローラはその場にも立てませんでした。そして、クーントルト、リリースラーンは目の前にいたのに、守れませんでしたわ」


 ドルヴァ砦の戦いにおいて、3人はそれぞれどんな思いをしたのだろう。悔しかったろう。自分を責めてただろう。そして、目の前の敵は、間接的首謀者の手の者だ。


「だからさ、一番槍は譲ってあげて」


「……分かった」


 この場には実の両親を亡くした者が3人、義父母を失った者が一人いる。彼らが譲ったのだ。さすがのアーテンヴァーニュも理解出来た。



「3騎くるぞ、密集防御。受けてから潰せ!」


「ほう、考えてはいるようだ」


 敵は3騎一組になって三角形状となり死角を埋める。数の利を活かした戦法であるようだ。


「どうします?」


「やりたいようにやらせるさ」


 リリースラーンにクーントルトが答える。武士系キャラのラースローラは黙ったままだ。


「だけどこっちは、スレイヤー型だ。簡単にいくとは思うなよ!」


 そう、彼女たち3人の騎体は、足首を持ち、下半身がスリムとなり、そして合計13基の、フィヨルト曰くフルスラスター状態となっていた。すなわち『第五世代スレイヤー型上級甲殻騎』である。



 ◇◇◇



 ターロンズ砦は中央広場や両国の訓練場などを除き、路地が多い構造になっている。フォートラントの甲殻騎は3騎から4騎が1ユニットとして動いている。確かに堅牢と言えよう。だが同時にそれが足枷ともなる。


「散開ぃ!」


「散開だとぉ!?」


 クーントルトの命令に、わざわざ敵が復唱を入れてくれた。そうだ。ここは大通りではあるものの、甲殻騎にとっては1本道なのだ。だが、それにも拘らず、リリースラーンとラースローラは左右に跳んだ。


「馬鹿か? 建物など直ぐにっ」


 だが、建物の上に着地した瞬間、2騎は再度飛び跳ねた。二重跳躍、フミネが心の中で二段ジャンプと呼んでいるそれである。敵が目を見開き、集中が空に固定された。それが致命傷だ。


 真っすぐに跳躍していたクーントルトの『ムスタ=ホピィア』が、それまで加減していたスラスターの出力を全開にして、敵ユニットの脇を通り過ぎた。そう、通り過ぎ、振り向き、低い体勢から盾を掻い潜るように、下から操縦席を抉ったのだ。


「どうだい? 見ると聞くでは大違いだろ?」


 突然僚騎が落ちたことに気づいた残り2騎は動揺した。それもまた致命的だ。


「死ね」


「どらああああ!」


 リリースラーンは冷徹に、ラースローラは激情を発し、それぞれの槍が上から操縦席を貫き、そしてそこから抉った。結果は言うまでもない。



「あれが……、あれがフィヨルトか」


「そうですわ!」


 相変わらずの地獄耳で、敵の声をフォルテが拾う。


「第8騎士団各騎。あれがお手本ですわ。さあ、行きますわよ!」


「突撃!!」


 フォルテとフミネの命令に弾かれるように、各騎が突撃を開始した。



 ◇◇◇



「おりやぁぁぁ!」


 気合が入ったフォルンの掛け声が響く。敵が1騎崩れ落ちた。


「今だよ!」


 ファインが声を出し、それに合わせて僚騎が敵の上と下から攻撃を繰り出した。仕留め切れてはいない。だが問題は無い。そもそも、甲殻騎同士の戦いにおいて、一撃で結果を出すなど、余程の力量差か、状況が無ければあり得ない。13歳にして双子はそれを理解し、実践していた。


「そりゃああ!」


 だから冷静に、冷酷に、双子の『ベアァさん』改め『クマァ=ベアァ』は、相手にトドメを刺していった。



 ドルヴァ砦の戦いの後、双子は泣いた。当たり前だ。いつまでも泣いた。周りもそれを止めることが出来なかった。フォルテとフミネですらだ。初陣のショックと相まって、もしかしたらこのまま壊れてしまうのではないかと、思われるほどだった。


 だが、双子は強かった。フェンもいてくれた。そして二人だった。独りだったら立ち直ることは出来なかったかもしれない。だが、ファインとフォルンは双子だった。


「今度は守る!」


「今度は負けませんわ!」


 とてもその年齢から出すことの出来ない裂帛の気合を受けて、それに負けじと周りも燃え上がっていく。特に『金の天秤団』から特別に選抜されたメンバーの息は荒い。彼らは15歳にして、スラスターに対応できた、貴重な騎士たちなのだ。


「死ぬな!」


「無理をしてはいけませんわ!」


「了解!」



 ◇◇◇



「そぉぉういっ!!」


 フサフキをベースにした戦闘術を使うフィヨルトにおいて、アーテンヴァーニュの動きは異質であった。フォートラントにおける王道の槍術一派、『バルトロード』。ちなみに、騎士団長伯爵家の名でもある。つまりはそういうことだ。


「フィヨルトが『バルトロード』だとぉ? 何の真似だっ!」


「真似も何も、正真正銘本物だよ!」



 ばぎぃん!



「貴様ぁ!」


「わたしの名前は、アーテンヴァーニュ! アーテンヴァーニュ・ササノ・サイゾゥ。ただの士爵さ」



 ばぎゃぁあん!



「まさかっ! フェルトリーン伯爵家の!?」


「知らないねえっ!!」


「フォートラントに仇為すかぁ!」


 長いやり取りであったが、実はその間に2騎がアーテンヴァーニュの槍の餌食になっていた。もうすでにタイマン状況である。


「仇? 勘当された娘がどこに行こうと、何をしようと勝手だろうさ」


 成り行きで自分から婚約破棄を申し入れた娘が、抜け抜けと言ってのけた。これもまた、ひとつの悪役令嬢の在り方かもしれない。悪びれもしないし、自分の非など知ったことでもない。


 それが、アーテンバーニュだった。


「何という事を!」


「悪いねぇ。フォルテとフミネと一緒が、フィヨルトが肌に合ってさ。それだけなんだよ」


 そう言って踏み込んだアーテンバーニュの駆る『ウォーカミ』。その両手に装備された単槍が踊るように相手を押し込んでいく。


「くっ」


 だが、相手もさるもの。致命傷だけは避けながら後退しようとした。


「やっていいよ」


「なにぃっ!」


 敵騎体の両脇に、穂先が突き刺さっていた。何のことはない。アーテンバーニュの僚騎の仕業だ。


「何時から1対1になっていたのやら。わたしは悪役令嬢だよ?」



 沈む敵に説明して、さらなる敵を目指しアーテンバーニュ小隊は運動を開始した。


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