第126話 それぞれの戦前




 ケットリンテは油断しない。最悪の事態に備え『砦落とし』戦術を模索していく。それが自分のやるべきことで、しかもフォルテたちが望んでいる事だからだ。あの別れ際の会話を彼女はそう受け止めていた。それが正解なのだから、本当、怖い人たちだ。


 クロードラント一行が領地に戻ったのは、会議から1週間後のことだった。今は5月中旬。8月には麦刈りを行う事を考えて、例の軍勢が領地にやってくるのは3か月は後のことになるだろう。


「出来る限りの事をやるしかないか」


 決意の下、ケットリンテは動き出す。まず、フィヨルトに情報は漏らさない。そんなことをせずともフォルテは分かっているはずであるし、あの監視網があれば万全だ。そしてフィヨルトの、特に空挺部隊の存在を王国に流さない。そんな義理はない。


「お父様、兵士を100いや300貸して」


「う、うむ」


 そして無茶な要求をした。



 ◇◇◇



「というわけで、ケッテが敵に回る可能性が高いですわ」


「敵って、いいのですか?」


 フィヨルトに戻ったフォルテは、悪役令嬢たちに状況を説明していた。平然とケットリンテが敵に回るというフォルテに、シャラクトーンは驚愕する。


「あちらにはあちらの立場がありますわ。わたくしたちは堂々とそれを受け止めるだけのことですわ」


「分かりやすくて良いけど、それでいいのかい?」


 アーテンバーニュの問いにも、フォルテは動じない。答えは決まっているのだから。


「でしたら、バーニュ、大口を叩けるだけの力をつけてくださいまし」


「くっ、やればいいんだろう、やれば」


 フォルテとフミネの目論見では、アーテンバーニュは伸びる。いずれはフィヨルトでも指折りの騎士にまでなるだろう。勿論1位は譲らない。それともうひとつ、アーテンバーニュはフィヨルトの気風に合っている。今は第8騎士団とサウスポート村を行ったり来たりだが、よそ者にも拘わらず、そこかしこで声を掛けられる事が多いのだ。


 将の才あり。フォルテはそう断じた。ならば、道を作ってあげなければいけない。



「バーニュ、今日から中隊長ですわ」


「はぁ?」


「わたくし麾下の8騎を引き継いで、第2中隊としてくださいまし」


「えっと、じゃあサウスポート村は?」


「あちらはファインとフォルンとで第3中隊ですわ。スーシィアさんもいますし問題ありませんわ」


「あ、ああ」


 なんとも釈然としないアーテンバーニュがいる。


「なんでも、何人か適性がありそうな人がいるんでしょ? ゴパッドさんとか。こちらからも何騎か出して、なんとか調整して、中隊規模にしてみよう」


 フミネが付け加えた。要は第8騎士団を大隊規模にしようという話である。


「第1中隊はもちろん、バァバリュウですわ。これで3中隊。大隊長騎はわたくしとフミネで編成いたしますわ」



 第8騎士団は『暴風の騎士団』。その第2次編成が纏まりつつあった。



 ◇◇◇



 その頃ライドは、全部押し付けられていた。


「ですからフィヨルトとしては、先の行いは正当な行為だったということですよ。大体、大公閣下の武威に押されて、最初から総崩れだったそうじゃないですか。罠があるかもしれないし、それをわざわざ追撃してどうすると言うのですか」


「それは確かにそうかもしれません。ですが事実、敵を、ヴァークロートを逃がしてしまっています。フォートラントとしてはそれを重視しているわけですよ」


 フォートラントから派遣された外交官に対し、ライドは当たり前の返答をする。そして相手もそうだ。平行線でしかない。


 ライドと外務卿は、「こちらの主張だけしていればいい」とだけ言われている。


「大公閣下にお会いできないものでしょうか」


「ああ、閣下は」


「閣下はそのまあ奔放な方でして、フィヨルタには居ないのですよ。今はどこにいるやら」


 言い淀むライドと、遠い目をする外務卿、そして何言ってるんだこいつら、という表情の外交官であった。



「こちらとしても譲歩出来るところはありますよ。ですがターロンズ砦の占有は流石にムリです」


「金銭的補償は考えております。ただ、その……」


「なんです?」


「永続的にフォートラント領として、明確化しておきたいというのが、王陛下のお考えで」


「あの? 宣戦布告ですか、それは?」


 ライドが真顔で返す。


「いやいやいや、そういうわけではありませんよ。まだ……」


 フォートラントの外交官も苦境に追い込まれている。「通告だけしてこい」と言われているが、それではただのメッセンジャーだ。ここは何とかしてお互いの落としどころを見つけたいのだが、王命がそれを許さない。


「はあ……」


 その場にいる全員が、ため息をついた。


「とりあえず、外交実績ですね?」


「お気遣いありがとうございます」


 これは長逗留になりそうだと、外交官は諦めた。



 ◇◇◇



「ぶはぁ、ぶはぁ」


「ふひゅー、ふひゅー」


 荒い息を吐いているのは、アーテンバーニュと相方のヒューレン・ビットくんだ。


「まだまだ半分ですわよ。気合を入れてくださいまし!」


「はん、ぶん、って、もう10連戦なん、だけ、ど」


 本日は、バラァトから第6騎士団1個中隊と、並びに王都から第7騎士団1個中隊を招いての訓練だ。なんとか各騎士団にスラスターを扱える者を、最低でも1個中隊づつといった目標の途上である。


 さながら第8騎士団は教導部隊としての色合いを見せ始めていた。



「仕方ありませんわね、一時休息ですわ。ですが、その間にもう一本模擬試合を行いますわ。リッドヴァルト!」


「はっ!」


「1対1ですわ。皆さんはこちらの動きを見ていてくださいませ。リッドヴァルトは対戦相手としての目を養ってください!」


 第7騎士団長リッドヴァルト。彼もまたこの場にいた。そして、晒し者にされる覚悟を固めた。これもまたフィヨルトのためである。そうなのである。


 あえてスラスターを装備していないリッドヴァルト騎に対し、オゥラ=メトシェイラが踏み込む。そして、後ろに弾ける。さらに斜め前方に跳躍し、そこからまた後ろに飛び退る。


「これが基本ですわ。相手の間合いを外しながら、有利な体勢を作り上げるのですわ」


 フォルテが言い終わった時には、オゥラ=メトシェイラはすでに相手の背後に立っていた。


「さあ、リッドヴァルト。立っているだけではダメですわ。貴方も動いてくださいまし」


「は、ははっ!」


「いきますわ!」


 とは言え、フィヨルト最強の運動性を誇るオゥラ=メトシェイラと、それを駆るフォルテとフミネを捉えきれるはずもなく、リッドヴァルトは為すすべもなくただの標的扱いをされていた。だが、その光景こそが、近い将来のフィヨルトの戦い方となるのだ。騎士たちは、目を輝かせてそれを見ていた。



 だけど、リッドヴァルトさんはちょっと可哀そうだよなあ、って思うフミネでもあった。


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