第125話 会議なんてのは事前の取り決めで終わっているのが当たり前
「ケッテ、貴女は貴女の信じる道を歩んでくださいまし」
「……そういうこと。わかった、ボクはボクの道を行くよ」
ケットリンテは苦い苦い顔をしながら、それでも決然と言った。
フィヨルトへ戻る日がやって来た。その日の朝、見送りに来たケットリンテにフォルテが一言だけ言葉を送ったのだ。そしてそれだけで、ケットリンテは察することが出来た。
「悪役令嬢はいつだって格好良く、だよ」
フミネがケットリンテを抱きしめ、そっと言った。
「わたしはなんかよく分かってないけど、ケッテなら大丈夫さ」
本当に分かっていないけど、それでもアーテンバーニュはケットリンテを信じている。
「うん、ありがとう。じゃあまた」
「すぐにお会い出来ますわ」
「悪役令嬢の会、また開くからね」
「待ってるよ」
そう4人は誓い、フォルテとフミネ、アーテンバーニュたちは帰国の途についた。自分も加えてもらえないかなと、クーントルトはちょっと思ったが、口には出さなかった。やはりキャラ被りは怖い。
◇◇◇
ケットリンテが足止めされた理由、それは、王陛下からの召喚であった。ご丁寧に、フィヨルト一行が帰途についてからの日程である。
その召喚によって集められた面々を見て、ケットリンテは自分の懸念が正しかったことを確信した。
集められていたのは、クロードラント侯爵ならびにケットリンテ。騎士団長バルトロード伯爵、さらに第4、第6、第7連隊長。参謀部や外交部担当者、北西辺境伯。最後に連邦南部、サウタード王国大使。壇上には王陛下と宰相オストリアス侯爵がいた。
第1連隊は王都の守り、第2と第3はそれぞれ北西と南東の守りについている。ヴァークロートが不安定であるため、第5連隊も北西に回されている。ちなみに王国軍として常備されているのは10連隊であり、その内の半数、3連隊に連なるものがここに参席しているということだ。
「完全に軍事行動会議ではないか」
「そうだね、しかも相手は」
「ああ」
ぼそぼそとクロードラント侯爵親子の会話が為された。そうだ、相手は明確なのだ。
「諸卿におかれては、よく参集に応えてくれた。感謝する」
会議の始まりは、宰相の挨拶からだった。そして、ちょっとした時候の挨拶らしきものが続く。
「さて、本日集まって頂いたのは他でもない。先のドルヴァ紛争において、重大と考えられる疑義が発生した」
やれやれ、やっと本題かとケットリンテは息をつく。がりがりの理論派な彼女は、回りくどい言い方や、前置きを好まない。悪役令嬢同士での言葉遊びは大好きであるが。
「紛争の第2次戦闘において、フィヨルト側は意図的に相手を逃がした。しかも敵の損傷を最小限に抑えたと思われる。これは観戦部隊によって報告され、参謀部において間違いのない情報と判断された」
「なんと!? それでは昨今、北西戦線の敵方が分厚くなったのは」
北西辺境伯が大袈裟に驚く。彼の仕事は自分は戦わず、戦線を膠着させることだ。
「先日、大公と会談を行った。その上で私は、フィヨルトに非ありと判断する」
王が、断言した。場が静まり返る。
「ただし、フィヨルトに利のある行為であったこともまた事実だ。よって此度は、予防的侵攻を行おうと考える。両国国境、ターロンズ砦だ」
確かにターロンズ砦さえ抑えてしまえば、フィヨルトに対する強烈な圧力となる。問題は、それが可能なのか? 会議場の各員はそれぞれの立場で考える。
「無論、事前における外交交渉は行おう。ただ私見としては、あの女大公が引く気はしないな」
王が苦笑を浮かべ、宰相は苦い顔をする。
そしてケットリンテは思考に耽る。ここまでは良い。想定外ではない。問題はここからだ。
◇◇◇
「ここに集まりし部隊の内、第6、第7を先鋒として送り込むことを考えている」
ここからは騎士団長による説明であった。第4連隊は宰相の息が強くかかった部隊だ。温存するかとケットリンテは納得する。
「そして、クロードラント侯におかれましては、現地に明るくありましょう。1個中隊程で補助に当たっていただきたく」
「……それについては了承しよう」
騎士団長の意志は伝わった。クロードラントには手柄を与えないということだ。
「また、兵糧の補助をお願いいたしたく。これについては、サウタード王国におかれましても」
「……許容できる必要量であれば」
「我が国には問題ありません」
ああ、サウタードとは事前に打ち合わせがあったのだと、ケットリンテは察する。どうもこの会議、クロードラント以外では詳細が通達されていたようだ。
その後も騎士団長の独壇場は続く、第4連隊はクロードラントにて後詰を指示した。また、これまでにフィヨルトから得られた情報を、隠すことなく開陳していく。諸卿は驚いてはいるものの、疑わしい目で見ている者もいた。
「ケットリンテ嬢」
騎士団長の弁舌が終了した直後、王からケットリンテに声がかかった。
「君はかの国に研修に赴き、色々と見聞きしたと聞いている。どうだ、騎士団長の言葉に付け加えることはあるか?」
「特段ございません。王国の参謀ならびに諜報の能力、心強く思うばかりです」
「では、かの甲殻騎や、空に浮かぶ物体の理は知らぬと」
「はい。運用こそ見はしましたが、原理は完全に秘匿されておりました」
正直言って、ケットリンテは安心していた。最悪を回避できそうだからだ。この場合の最悪は、クロードラントを捨て駒として先鋒を任せるというパターンだ。
「資料に纏め、すでに参謀部に提出した通りでございます」
糧食を持っていかれるのは痛いが、流石に第6と第7連隊が『負けれ』ば、王も諦めるだろう。それとも面子を重んじるか。ケットリンテは王とやりとりしながらも、全く別の事を考えている。覚悟はしていたものの、面倒な事を思いついてくれたものだ。
そもそも、そもそもだ。あの第5世代と高空監視相手に、一体どうやって勝つというのか。勝てるとでも思っているのか、参謀部の皆さんに聞きたいくらいだ。ケットリンテがここまでずっと考えて、考えて、考え抜いて、やっと『薄い勝ち筋』が見えて来たくらいなのだ。
◇◇◇
「油断するなよ」
「わかってる」
会議からの帰り道での会話である。短くてもしっかり伝わるあたり、親子の絆は固い。
「宰相でしょ?」
「そうだ」
「直前になって配置転換とか?」
「もしくは、領地に居つくつもりか」
「敵より敵だね」
ダラダラと戦争を行いつつ、クロードラントの弱体化を図る。あの宰相ならやりかねない。
「陛下は?」
「陛下は新王になられて短い。手柄が欲しいのはあるだろうな」
「後は勝ちたいんだと思う」
「全く、大公閣下には困ったものだ」
「最高だね」
クロードラント侯爵は苦笑し、ケットリンテは明るく笑った。
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