第122話 空挺降下!





「高度落とせえ、目測500だよ!」


 アイリスの景気良い掛け声が響く。凄く楽しそうだ。


 何しろ今から行われるのは訓練ではない。フィヨルト初の実戦空挺降下なのだ。


 すでに甲殻騎3騎には、6名の操縦者と6名の随伴歩兵が搭乗している。これから空の旅だというのに、皆がふてぶてしい。そういうメンバーが集められているのだ。ケットリンテだけは、どちらかというとギラギラしている感じだが。


「距離、1800!」


 今だけは総員体制で、この空挺を成功させんとばかりに、乗組員たちが力を入れる。


「『落下傘』、確認は何回だい!」


「5回やりましたよぉ!! 不備なぁし!!」


「距離1400! 高度800!」


「よぉぉし! こっからは50刻みだ! さあ、楽しくなって来たじゃないさあ!」



「随伴各員、安全帯確認! 3回!」


 一方こちらは、降下すべく準備している甲殻騎側である。


「1の右、確認」


 ケットリンテは随伴扱いだ。彼女が叫ぶ。


「1の左、確認」


 続々と、報告が飛び交う。


「閣下ぁ。目標地点まで後15秒!」


「了解ですわ。投下判断をそちらに委ねますわ!」


「任せといてください。良い空の旅を!!」


 そして、その時がやって来た。高度500弱、標的、あいや目標地点まで800程度。まずオゥラ=メトシェイラの脚部に括り付けられていた拘束索が解除された。進行方向に背を向けた形で、脚を下に直立姿勢となる。直後、上半身の拘束索も解き放たれ、騎体がゆっくりと落下を始めた。


 続いて、アーテンヴァーニュの『ウォーカミ』が、クーントルトの『ムスタ=ホピィア』が同様の手順で空に浮かんだ。


「降下姿勢! 反転180ですわ!」


 オゥラ=メトシェイラが腰部のスラスターを軽く吹かし、回頭する。正面が開ける。


「ああ、空だ。あの時より高い」


「悔しい空でしたわ。守るべき大地でしたわ。わたくしはフミネと見た、あの空と大地を決して忘れませんわ!」


「もちろん、わたしもだよ!」


 忘れるものか、あの時の光景と思いを。二人は決意を新たにする。



 ◇◇◇



「ん?」


 最初にソレに気が付いたのは、クロードラントの騎士団長だった。甲殻騎に乗りながらも注意深く警戒に当たっていたからこそ、気付けたのかもしれない。操縦席を覆うハッチに、影が過った気がしたのだ。


「鳥か?」


 思わず見上げた。それは、最初は3つの小さな粒だった。しかしてそれは鳥などではなかった。翼を広げた? いや違う、あんな四角い羽があるものか。しかもアレはこっちに墜ちてきている。


「閣下ぁ! 何かがこちらに落下してきております。退避と防御態勢を!!」


 騎士団長が咄嗟の大声で、後方の馬車に叫ぶ。すかさず甲殻騎たちが防衛体制に入るのは、以前に経験でもあったのだろうか。そうしている内にも落下物はその図体にしてはゆっくりと、墜ちて来る。いや、降りて来ると言った方が正確か。


「甲殻騎? 甲殻騎なのか!?」


 何か四角い皮にぶら下がる様な感じで落下してくる物体は、明らかに四肢を持っていた。


「色だっ! 色を確認できるか!?」


 クロードラント侯爵の指示が飛ぶ。


「色? 色は……、濃灰! 濃灰ってまさか、えっ!?」


「フィヨルトだっ!! 敵ではない。いや敵対行動をとるなあ! 防衛を密にして見守れ! いいかあ、絶対に敵対するな!」


 侯爵の叫びが響き渡った。



 ずぅぅん! ずぅん! ずぅん!



 そして3騎が降り立った。



 ◇◇◇



「ご無沙汰しておりますわ。侯爵閣下」


 大地に降り立ったオゥラ=メトシェイラの上から、高らかにフォルテが挨拶をする。後ろでは、パージされた落下傘を随伴歩兵たちが、テキパキと畳んでいた。


「こ、これは、大公閣下、どういうことですかな、これは」


「いえ、王都へ向かう途中で閣下の一行を見かけましたので、ご一緒しようかと降りて来た次第ですわ。おほほほ」


「降りて、来た?」


 侯爵の理解が追い付かない。あの3騎は空を飛んでいたとでも言うのか? それとも例の跳躍機動が高性能化されたのか?



「お父様!」


「おお、ケッテ」


 オゥラ=メトシェイラの右肩から地上に降り立ったケットリンテが、侯爵に詰め寄る。


「降ろう! もうダメ。もうムリ。フォートラント全体ならまだしも、クロードラントとフィヨルトで戦ったら、勝ち目なんてどこにもないよ!!」


「だからその話題はっ」


「本音での親子のやり取りは心温まるものがありますわ」


「ご当人たちはどうなんだろうねぇ」


 フォルテはどこまで本気なのか、多分本気なんだろうなあって、フミネがツッコミを入れた。



「ねえフォルテ、話しても良いの?」


「ケッテが責任を取れるなら構いませんわ」


「ありがと、あのねお父様……」


 馬車の中に入っていった侯爵とその娘。父親は娘の報告を、どんな風に聞いているのだろうか。



「さあ、見事な空挺降下のご褒美に、小休止ですわ」



 ◇◇◇



 30分程後になって馬車から降りて来た侯爵の顔色は、まあ青かった。


「娘から聞いた話については、秘匿することをお約束いたします。文書にしても構いません。もし水漏れがあった場合、侯爵家の名に置いて責任を取りますので、領民についてはご容赦をいただければと」


 いつになく饒舌な侯爵であった。


「お父様なにを言ってるの?」


「あ、いや、ケッテ」


「もし情報が漏れたら、ボクがフィヨルトに行って、クロードラントを制圧して、侯爵家を潰すからね。その上で、責任を取るからね。本気だからね」


 責任を取るとは何ぞやと理解出来てしまったフミネは、ケットリンテの頭をひっぱたいた。


「っ!!」


「そういうの止めて。生き死には沢山、それが平民でも貴族でも王族でも十分」


 今は亡き大公夫妻を想えば当然の感情だった。


「ごめんなさい……」


 さすがのケッテも殊勝に謝った。



「さてさて、そういう重たい会話は結構ですわ。わたくしたちは隠さずケッテに見せて、彼女がそれを受け止めただけの話ですわ」


「そうだよケッテ。こんな時に深刻になっちゃったり、アタフタしてどうするの。あなたは冷徹軍師系悪役令嬢でしょう」


「あ、えっと」


「軍務卿と国務卿からは聞いていますわよ。冷たくて気合の入った提案に恐れ入ったと。それが貴女でしょう?」


「え、うん」


 フォルテとフミネがここぞとばかりに、ケットリンテを誑かして、いや、諭していく。その結果。


「そうだよね。ボクはまだまだ悪役令嬢に成れていなかった」


「お、おい、ケッテ?」


「お父様は黙っていて」


「ク、ククク、クハハッハ。そうだよボクは大切な事を忘れていた。フィヨルトの凄い所を受け止めて、ワタワタしてた」


 キャラとしてすでに忘れられているかもしれないが、ケットリンテは丸メガネボクっ娘である。彼女はクイとメガネを挙げ、キランと光らせる。


「そこから、冷静に、冷徹に、果断に、それを利用するのがボクの役割なんだよね」


「それでこそですわ」


「いいねっ!!」



 クロードラント侯爵が膝から崩れ落ちた。


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