第121話 アインスラーニュ




「はいこれ。皆さんの分を用意しておいたわ」


「コート? ああ、助かりますわ」


「ん? なんでコートなんて用意してるんだい?」


「いいから。ほら、乗員の皆さんは用意してるでしょ」


 試験飛行に参加したフミネとフォルテ、それに対し今回初搭乗となるアーテンヴァーニュとの温度差だった。上手い事言った。



 今は6月、初夏というわけでもない。元々フィヨルトは寒暖差が小さく、冬でも最低10度、最高15度くらいなものである。今なら普通に20度くらいで、とにかく過ごしやすいのだ。その常識が仇となる。


 一般に1000メートル標高が上がると、相対で6度気温は下がると言われている。フィヨルトとフォートラントとの国境にあるターロンズ砦は山の谷間に造られていて、大体標高で1200メートルくらいだ。つまり8度ほど気温が低くなる。


 フォルテの我儘で『88式甲殻飛空艇』を使ってフォータル山脈を越える事になった訳だが、流石に砦の直上を飛ぶというのは、色々とはばかられる。かといって南方経由だと、サウタード王国上空を通過することになる。


「最近、中央と色々やっているらしいですし、あの国はまずいですね」


 とは、シャラクトーンの言である。


 というわけで、航路はターロンズ砦のちょっと北側を回ることになった。最高標高は大体2000メートルという感じだ。



 ◇◇◇



「確かにこりゃ寒い!」


 アーテンヴァーニュが喚いていた。


「今、高度は大体2200くらいらしいから、0度から5度って所だね、寒いのは仕方ないよ」


「その割には、フミネは平気そうだね」


「十勝出身を舐めないでよ。氷点下30までは耐えられるって」


「氷点下ってなに?」


「水が凍って更にそこから寒くなる事、かな」


「フミネ、あんたどんな凄い所から来たのさ」


 北海道人特有の寒さ自慢を堪能したフミネは大満足である。大勝利だ。



 3騎の甲殻騎は下から抱き着くように、気嚢に固定されている。色々と考慮されたが、これが非常時に一番乗り込みやすく、パージしやすいという結論に至ったらしい。ちなみにこの状態が、満載積載量ということになり、限界高度は2500を割り込む。


「『88式甲殻飛空艇1番機』。フミネ様から名前を貰ってこの子の名前は『アインスラーニュ』だ」


 そう語るのはアイリス・ロート艇長だ。元は第4騎士団の随伴歩兵小隊長をやっていたのだが、どうにも空に魅せられてしまったらしい。とにかく第4騎士団長のリリースラーンに迫り、推薦を勝ち取ったのだ。さらには、各騎士団から空に憧れる者たちを募集しまくり、現在『アインスラーニュ』の乗組員は20名を越える。


「見てくれよこの図体。こんなのっぺりした形なのに、こいつは風に乗るんだよ。あたしはもう、こいつと飛ぶのが楽しくてさあ」


 その機体の上半分を濃灰色に下半分を空色に彩色されている。ロービジを考慮したフミネの提案だ。その形はと言えば、一般的にイメージされる葉巻型ではなく、むしろ航空機の羽の断面のような形状をしている。さらに各所には、ハンググライダーからの知見で得られた、各種マストとスラスターが取り付けられていた。このような形状を維持できているのは、これまた甲殻素材の恩恵だった。


「たしか硬式気嚢だっけ? 断熱性も高いし、この子は本当に凄いよ」


「でゅふふ」


 アイリスのベタ褒めに、アイデアを出しまくったフミネは満足げにキモい笑いを浮かべていた。



 ◇◇◇



「変わる。戦いどころじゃない、物流も、国交も全部変わる……」


「ケッテは相変わらずですわね」


 ぶつぶつとやっているケットリンテを、温かい目で皆が見ていた。


「うん『創造の聖女』。フミネは『創造の聖女』だよ!!」


「なにそれ!?」


「だって、甲殻騎を進化させて、気球飛ばして、ニンジャ部隊作って、そしてこれだよ。たった1年でこれだよ!?」


「良いですわね。二つ名を多く持つのもまた強者の証ですわ!」


「でもそれは、工廠の皆と試験してくれた人たちがいたから、出来たことでさ」


「あら、悪役が謙遜ですの?」


「あうっ」


「では満場一致で決定ですわ。フミネは『悪役聖女』であり『創造の聖女』ですわ」


 何故か暖かい拍手が響いた。フォルテはもちろん、ケットリンテ、アーテンヴァーニュ、クーントルト。アイリスと乗組員の中には涙すら見せている者までいた。


「なんだこれ」


 フミネの呟きは、山の尾根に消えていった。



 ロンド村から山脈を越えるまでに必要な時間はたった1日だった。そして、フミネが掌を返す。


「クロードラント領だし、もう1日だけいっちゃう?」


「総員、『創造の聖女』様が前進をご所望だ。ソゥドいけるか!!」


 ブリッジのアイリスが伝声管に向かって叫んだ。当然これもまた、フミネのアイデアだ。


「1班、残り7割」


「3班、残り6割」


「2班、就寝中ですよ。8割です」


「副艇長、どうだ?」


「まあ、問題ないでしょう」


 いかにも古強者といった感じの副長が肯定する。


「閣下ご指示を!」


「許可致しますわ。このまま前進。もし道中でクロードラント一行を見つけたならば、そこで空挺降下いたしますわ」


「うんうん、楽しくなってきた!」


「閣下、聖女様。せっかくなので例の試験もやっちまいませんか?」


「ああ、アレ。そうですね、やりましょう!」



 アレとは。


「騎乗完了ですわ」


「さあ、目を覚ましなさい。オゥラ=メトシェイラ!」



 ちゅうぅぅぅん。



 独特の起動音を発しながら、オゥラ=メトシェイラにソゥドが走る。ちなみに、飛空艇に固定されたまんまだ。


「では、外部推進試験、開始します。総員衝撃防御態勢!」


 フミネが叫ぶ。


「5、4、3、2、1、推進開始!!」


 オゥラ=メトシェイラに装備されている。背面スラスターが熱風を噴き出し、『アインスラーニュ』に巨大な推力が付加された。一気に速度が上がり、船体が軋む。


「やりすぎだね。フォルテ7割くらいで」


「分かりましたわ」


 いきなり吹かしてしまったのが、どうにもフォルテっぽいが、素直に修正するときはそう出来るのだ。フォルテは出来る女なのである。



「速度、どれくらいだい?」


「すみません、正直、体感で5割増しくらいかと」


 アイリスと副艇長の会話だった。


「速度計と高度計は欲しいよねえ。ピトー管の原理なんて分からないし、高度計って気圧計とかで代用できるのかな?」


「当面は、目測で仕方ありませんわ。フィヨルトの者たちは、肌で風を感じるのですわ」


「あはは、そりゃ凄い」



 そんな無茶で速度を上げた『アインスラーニュ』が、クロードラント侯爵一行を捕捉、もとい発見したのは、8時間程後であった。


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