第113話 フミネ・フサフキだって葛藤はする
「例の新伯爵は病魔に襲われて療養中。従弟だか又従弟だかが新当主になられたそうですわ」
「めでたしめでたし、でいいの?」
「まあ、そうですわね。賠償金は値切られたけど、領土問題はこちらの内容通りになりましたわ」
結局、賠償金は伯爵の寄親である某侯爵が肩代わりすることになった。3年に分け連邦金貨で5000枚づつ、合計15000。フィヨルトとしてはホクホクだが。人死にが出たのだ、金額の問題ではない。
これにて、『ドルヴァ紛争』と呼ばれる一連の流れは終わった。
問題はヴァークロート内で激しい政争が始まったことだ。徹底抗戦派と連邦参加派、さらにはフィヨルトを狙うなんていう派閥までが、激論、暗躍を繰り広げていた。もちろんそこに付け込もうとする連邦側も、色々とつついているようである。
◇◇◇
「うーん、どうなんだろうコレ」
「美味ですわ!」
フミネが知識チート第2弾として選んだのが、食事方面であった。で、作ったのがトンカツ。肉は甲殻猪のものを使用してみた。
「この世界、ソーセージもあるし、ジャガイモ料理もパンも普通に美味しいし、シチューもあるし、カレーはスパイスがないからどうしようもないし……」
「ですから美味ですわ!」
「いや美味しくないって言ってるわけじゃないんだよ。なんか普通って感じでさあ。しかも揚げ加減が変な気がするし」
「料理長に研究させますわ!」
「それはいいけど、ここはロンド村だよ」
フォルテは時々国務卿に雑務を押し付け、ロンド村にやってくる。彼女が第8騎士団長の座をおりないのは、こういう言い訳に使える訳だからだ。
最近のロンド村はクロードラントから移住してきた100名を加え、発展を遂げていた。何せ畑はあるのに、人が足りないという辺境ではちょっと聞かない状況だったのだ。南岸にあるサウスポート村も似たようなものだろう。命名はフミネである。
◇◇◇
そんなフミネは現在、ちょっと悩んでいた。きっかけはサウスポートで見せられたフォルテのフサフキだ。フォルテのソゥドは物凄い。フミネはそれに勝てるとは思っていない。だが術理ではどうだ?
要は、悔しいのだ。一子相伝、芳蕗そのものでは負けたくない。とはいえ、姉のフミカは完全なる武の道を進み、終いには200年前に『暴虐の聖女』とまで呼ばれる存在となった。対するフミネは獣医という道を選び、はっきり言えば、芳蕗はごっご遊びレベルなのだ。だが、こちらの世界のフサフキを見てしまった。
「別に知識チートやってりゃいいじゃん、自分。いくら武闘派って言ったって、理系女子だよ」
だけど。
「フォルテ、今日もいい?」
「もちろんですわ!」
そして、フミネはフォルテにボコボコにされるわけだ。
「フォルテは真っ直ぐ、だねえ」
地面に大の字になりながらフミネは言った。
「フミネは、そう、つかみどころが無いですわ」
悠然と立ちながらフォルテは答えた。
「芳蕗って何なんだろうね」
「フサフキは技ですわ」
「じゃあさ、わたしが弱いのはまだまだ技を、極められていないからかな」
「それもありますわ。ですがわたくしは、それと一緒に」
「何、何かあるの?」
「努力とか根性とか、才能なんて言いませんわ」
「じゃあ何なのさ」
「欲望、渇望、憧憬、そんな気がしていますわ」
やたら俗な回答であった。それでも二人の禅問答は続く。
「『暴虐の聖女』フミカ・フサフキ様。身長162センチ、体重82キロ」
そんな事まで言ったのかよと、フミネは姉ことかーちゃんの度量に震える。
「まともにソゥドを纏えぬまま、当時の近衛隊長を叩き伏せたと聞きますわ」
「まあ、かーちゃんならやりかねないね」
「そして帰る直前のお名前、フミカ・フサフキ=フィヨルティア・ファノト・フィヨルト。『フィヨルティア』はフィヨルト最強の称号ですわ。私は会えませんわ。会ったこともありませんわ。だけど、追い求めることは出来ますわ」
「……そっか。じゃあ」
フミネの中で何かが嵌った。フォルテと共有する部分が出来た。
「わたしはフォルテの背中を目指す。ついでにかーちゃんの背中を知っているから、それも目指す」
「ずるいですわっ!」
フミネは痛む体を立ち上げた。
こっちの世界にやって来て、いつ戻れるかも分からない。そんな世界で義父と義母を喪った。強くて優しい人たちだった。強くなりたくて、隣に並びたくて、かーちゃんの背中ばっかりを見ていた頃を、何故か今、思い出してしまった。そして、目の前にはフォルテが居てくれる。だったらやることは一つだ。
「フォルテ、背中を向けて。受け止めて」
「分かりましたわ」
「行くよ」
どむん!
足音はそれほどでもないが、重たい肉と肉が叩きつけられた音が響く。
「まだまだですわ」
力を流したフォルテが言った。
◇◇◇
異様な音を聞きつけて、兵士や村人たちが集まってきた。だが、二人はそれを気にもしない。
「今度はフォルテの番」
「いきます、わ」
ずどんっ!
「ぐっぱあっ」
フミネの口から、紫エフェクトがかった何かが吐き出された。
「大丈夫。今度はわたしの番……」
「分かっていますわ」
ほとんど背中と背中で持たれかかる様な体勢から、フミネが込める。何をって? 力じゃない、ソゥドでもない、術理を込めるんだ。
ただ、地面を握りしめて、膝から腰に回して、それを背中に伝えるだけ。それだけの動作を極限まで最適化させるんだ。
どむっ!
「……お見事、です、わ」
両者が崩れ落ちた。背中を合せたままだった。
「あれが、強くなるってことなのか。なあ、副団長?」
「さて、どうだろう。強さに色々あるのは当然だが、だが憧れてしまうな」
団員の台詞に、副団長バァバリュウが答える。
「フィヨルトの大公様と聖女様ですか」
一連を見物していた村人が呟く。
「そうですわ」
そしてそれをフォルテの地獄耳が拾った。
「わたくしが大公で、フミネが聖女ですわ。どう見えます?」
「小さな村だったロンドを、大きくしてくれました。甲殻獣に怯えることも無くなりました。開拓仲間も増えました。だけど」
その村人は、息を吸って、そして笑顔になった。
「はははっ。何よりお二人がいるのが、楽しくて、嬉しいですよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます