第111話 何か色々と動き出す




 フィヨルタに戻った一行に、思いもよらなかった朗報がもたらされた。


 ひとつは、クロードラント侯爵からの書状だった。3騎の甲殻騎と移民100名。クロードラント領の寒村が崩壊の危機を迎えているというのは、ケットリンテから侯爵に伝えられていたらしい。それをフィヨルトで預かって欲しいと。甲殻騎はケットリンテの護衛の増強だ。


 中央は面白くない話であろうが、侯爵がくだんの婚約破棄騒動のことで、ネチネチやった結果、なんとか承認をもぎ取ったようだ。娘のためならばなんでもやるのが侯爵である。フォルテたちの中で、クロードラント侯爵の株が上がった。


「お父さんが頑張ってくれたよ。少しは貢献できたかな?」


 はにかむケットリンテに、フォルテとフミネは満面の笑みを見せることで答えた。


「最高ですわ。でもここまでにしておいたほうが良いですわね」


「うん。これ以上は、建前でも中立派の侯爵に迷惑がかかるかも」


「ボクとしては、併合してもらってもいいんだけどね」


 物流の中核を担い、歴史を持ち、各国との血縁関係をもつ中央は強大だ。その安全性の高さが、また惰弱をも生んでいる。誇りを忘れる貴族も多い。地方からしてみれば、そんなことをしている暇があるなら、狩れ、開拓しろ、である。お前らの血はさぞや青いのだろうな。



 もうひとつは、なんとヴラトリア公国からだった。ヴラトリネ公爵直々の要請で、嫁入りすることになるシャラクトーンに采地を与えて欲しいとのことだった。フィヨルトに手を煩わせることはない。開拓民300と1個甲殻中隊を派遣するという、とんでもない内容だった。


 ちなみに、フィヨルトには諸侯が差配する土地はない。全てが大公領である。伯爵だの子爵だの、貴族的爵位は持つが、全員が公務員である。むろん、平民公務員も多数存在している。そしてそれを知らないヴラトリアではない。ならばこれは。


「シャーラ、やりますわね」


「助かるわー」


「ボクが100なのに、むぎぎ」


「というか、シャーラだったら本当に領地にして、独立したりして」


 ケットリンテがどこかから持ち出したハンカチを噛みしめていた。そうだ、これはシャラクトーンのでっちあげだ。しかも開拓民はひと月ほど前に出発している手はずになっており、何故か中央のフォートラント経由ではなく、南部諸国を通ってくるという。念のいった事だ。


 フォルテとフミネのシャラクトーンへの好感度が12上がった。ケットリンテのライバル値が15上がった。



 ◇◇◇



「ではこれより『南部開拓特別小隊』の出陣式を行いますわ!」


「隊長、ファインヴェルヴィルト・ファイダ・フィンラント!」


 フォルテの言葉に続き、フミネが人事を発表していく。


「副隊長、フォルンヴェルヴァーナ・ファルナ・フィンラント。同じく、アーテンヴァーニュ・ササノ・サイゾゥ。戦技教官、スーシィア・ディア・ゴールトン。牧畜担当主任グレッグ・ゲイツ」


 スーシィアは前軍務卿の奥様である。優秀な左翼騎士でもあり、ヴァークロートとの闘いで生き残った。生き残ってしまった。それを苦にしていた。熱心にフォルテが説得し、南部行きを承諾してもらったのだ。子供たちを育てて欲しいと。


 グレッグは元々狩人の元締めだが、年齢が年齢だけに一線から退き、今では試験牧場長である。子供たちにも懐かれている。


 さらに、若手というか幼い『金の天秤団』から10名程が名乗りを上げた。どいつもこいつも、いい顔をした、イノシシライダー達である。


「最後に、フェンリルトファング・ファノト・フィンラント!」


 一人一人の名を呼んで、最後になったのは、『フェン』であった。


「ばふ!」


 フェンはすでに体長1メートルを越え、天秤団の子供を二人載せ、鼻高々である。


「貴方がたの使命は、南方沿岸にある村々を守り、発展させ、育てることですわ。各員が自らの役割をしっかりと理解し、任務を全うしてくださいまし!!」


「了解!!」



 ◇◇◇



「馬鹿なことを言うな!!」


 ヴァークロート王国、南部に領地に持つエラヴィーン・バイン・マイントルート伯爵の邸宅で、一人の男が怒り狂っていた。彼の名は、ラッカストン・ヴィーン・マイントルート。伯爵令息である。夫人はとっくに気絶して、寝室に運ばれていた。彼の目の前には、ひとつの灰箱と伯爵の遺品が添えられていた。伯爵は亡くなっていたのだ。


 経緯を聞いたラッカストンは激怒した。大公令嬢に素手で甲殻騎を破壊された? ビンタ一発で死に至らされた? 率いていた甲殻騎は1騎残らず破壊もしくは鹵獲された? その上で停戦交渉!?


「すべて事実です」


 彼の前に座るフォートラント王国外務官は、何でもない事のように言った。


「話を盛るにも程があるぞ!!」


「多数の証人がおります。もちろん全て貴国所属の」


「ありえん!!」


 ラッカストンはテーブルの上にあったティーセットを腕で薙ぎ払った。それでも外務官は動じない。


「認める認めないは、次期伯ラッカストン殿のご判断です。ですが、私も外務を司る者。フィヨルトからの通達だけは、お伝えいたします」


「ふー、ふー、言ってみろ」


 賠償金、連邦金貨で20000枚。さらにドルヴァ渓谷以北10キロのフィヨルト領土化表明。それより北は緩衝地帯として開拓の禁止。並びにフィヨルトとヴァークロートとの直接的国交断絶。そんなところである。


「呑めるかあ!」


 金貨2万と言う段階で、伯爵領の年間収支10年分にあたる。さらにそこから後ろの内容は、『ヴァークロートがフィヨルトに完全敗北した』ということを表明するに等しい。


「交渉はこれからでしょう。私はここに暫く滞在しておりますので、どうぞご検討の程を」


 そう言って外務官は飄々と去っていった。



「ありえない。ありえないぞ。仮にこちらが全滅させられたとしても、フィヨルトも相応の被害を負っているはずだ。もう一撃だ。もう一撃さえ与えれば……」


 ラッカストンは、南方諸領に伝令を出すとともに、中央へと接触を図る。



 全ては、仇を討つという大義名分の元に、その実は停戦交渉を有利に進めるために。それが泥沼となるとも知らず。


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