第109話 フォルテによる無慈悲な制圧





「落ち着いてください皆さん。わたしはフォルフィズフィーナ様の通訳を務めています。今から閣下の先ほどのお言葉を、かみ砕いて説明いたしましょう」


 フミネは落ち着いた顔で、笑みを浮かべて言った。村人の怯えがさらに高まった気がする。流石は悪役聖女である。胡散臭い笑みだった。


 それでもフミネは思う。ここまで取り込んできた悪役令嬢たちのなかで、自分が一番まともなのではと。笑顔が胡散臭いくらい、どうでも良い。


「閣下はこう仰っています。この村々をフィヨルト大公国の所属とし、庇護下に置きます。そのための物資援助や、その他について尽力いたしましょう。暴力を振るうなど言語道断。もちろん皆さんの出自は問いません、と」


「ですわ!」


 元文より遥かに長い通訳とはこれ如何に。でもまあ、これはまさにフォルテの言いたい事そのままだったのだ。フミネの通訳力の賜物であった。



「ところで皆さま、出自を濁しましたが、サウタード王国の出身ではありませんか? それも『流刑』にされた者の末裔では?」


「そ、それはっ!」


 フォルテの言葉が村民に突き刺さった。


「天晴れですわ! 死刑よりも残酷と呼ばれるサウタードの流刑。それを乗り越え、このように村を作り上げるなど、称賛以外の言葉が出ませんわ!」


 次に投げかけられたのは、誉め言葉である。困惑するのは村人たちだ。自分たちは生きることだけを考え、そうしてきただけだ。なのに、何故それを称賛されねばならないのか。


「それに免じ、物資をお渡しいたしますわ! バァバリュウ!」


「了解しました」


 甲殻騎の背嚢から、次々と物資が降ろされていく。特に、パンと酒の量が多い。ついでに途中で狩って来た甲殻獣の肉もある。


「あのう」


 フミネがぼそりとお願いする。


「お魚あったら、食べたいんですけど、いいでしょうか」


「あ、あんたらフィヨルトだろう? 魚なんか食べるのか?」


「ええ。余っている分だけでもいいですから」


「干物にする前のがあるさ、それでもいいんかい?」


「ええ」



 ◇◇◇



「何なんだこれは!! お前ら、あいつら敵かもしれないんだぞぉ! なにしてやがんだあ!!」


 なんだかんだ穏便っぽく流れていた空気をぶった切る者が現れた。フォルテなどはそう来なくてはっていう顔をしている。ああ、悪い顔だ。


「やめろゴパッド。おめぇはそんなだから」


 やたら筋肉モリモリで、俺はこの村最強だ、みたいのが出てきた。出て来てしまった。


「丁度良いですわ。わたくしの力、お見せしましょう!」


 そう、フォルテの得物がのこのこと現れたのだ。



「それで、どういたしますの?」


「力比べと言えばこれに決まってるだろぉ!」


 ゴパッドと呼ばれた男が、ムキムキの右腕を差し出す。手は開かれていた。


「そっちも利き手を出せばいい。捻じり倒した方の勝ちだぁ」


「なるほどですわ。分かりやすくて、わたくし好みですわ」


 フォルテが嬉しそうに、同じく右腕を差し出して、相手の指に自分の指を絡めた。そこには甘ったるい空気などは微塵も無い。それにしても体格が違いすぎる。男は筋肉ダルマで2メートル近い、対するフォルテは160後半の出るところは出て、へこむところはへこむという、典型的なお嬢様だ。


「過分にして海の男というものは知りませんが、ゴツゴツとして、まるで戦士の様な掌ですわ。わたくしの好みですわ」


「そりゃありがと、よっ!」


 ゴパッドは右腕捻り込む様にして、押し込んだ。軽くソゥドを込めて、この生意気な女をねじ伏せるつもりで。


 結果は出なかった。フォルテは指を絡めた姿勢のまま、ただ自然体のまま、直立したまま、まったく、微動だにしていなかったのだから。



「中々ですわね。でもまだ全力ではないでしょう? 本気を出さないと、捻りつぶしますわよ」


 フォルテは口で語り、そして目で語った。舐めてると殺すぞ、と。


「うわああぁぁぁぁ!!」


 それにつられてゴパッドは全力で、これまでに出したことも無い全力で、右腕を押し込んだ。


 それに対しフォルテは、右足首を軽く開いただけだった。



 ばあぁぁぁん!



 近くに生えていた、フォルテの右後方にあった木の表面が弾け飛んだ音だった。


 フォルテお得意、フミネ曰く『音流し』。要は力を流しただけだが、とんでもない技でもある。


「技無き力に、力持つ技が負けるわけがありませんわ。すみませんが、彼の後方の皆さま、どけていただけますか」


 圧倒的迫力に、観衆が従う。そうせざるを得ないのだ。


「フサフキらしくこのまま肉塊にしてもよろしいのですが、それでは遺恨が残りそうですので」


 フォルテが淡々と語る。ゴパッドは何も言えない。


「これが技と言うモノですわ」


 瞬間、ゴパッドが吹き飛ばされた。20、いや30メートルは行っただろうか、そこから転がり、動きを止めた。


 フミネには見えていたし、その凄さを実感して震えた。一瞬だ、一瞬で足元から膝、腰、背中を通して、肩から腕を挙動した。多分1センチも動いていないのに、全体重が乗っかっている。理にはかなっている。だが出来るのか?



「怪我などはしていないはずですわ。起き上がりなさいまし。続けると言うなら、逆の腕でも構いませんわよ」


「……まいった。負けだぁ。俺の負けだぁ」


 遥か彼方で起き上がったゴパッドが、負けを認めた。



 うおおおおお!!



 村人たちが雄たけびを上げた。


「見事です。素晴らしい強さです」


「すっげぇなあ」


「なんだぁ、ありゃあ」


 漁師町らしい、素直な力への称賛だった。



 ◇◇◇



「では、出会いに乾杯ですわ!」


「乾杯ぃぃ!!」


 フォルテたち一行が来たのは、3つある村の丁度真ん中だった。それを狙って来たのだから当たり前だ。ということで、隣村からも人が集められて、説明がなされて、そして宴会が始まった。


「焼き魚! 貝! うおおおおお!!」


 フミネはもうヤバい事になっていた。戦闘時より気合が入っていないか?


「魚醤! そう来るか魚醤! うおりゃあああ!」


 ああ、もうだめだ。


「我が姉にして、副団長が壊れてしまったことをお詫びいたしますわ」


「いえいえ、ここの物を喜んでくれてるようで、なによりでさぁ」


「あれを喜ぶと表現して良いのかどうか、迷いますわ」



「うひょおぉぉぉ、昆布だ昆布! イケる、異世界料理チートイケるぅぅぅ! 勝つる、これは勝つった。風呂入ってくるくらい勝てるぅぅ!!」


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