第106話 アーテンヴァーニュは真っ直ぐに




 アーテンヴァーニュもまた、戦っていた。


 ひと月弱、アーテンヴァーニュはひたすら第5世代騎を訓練した。彼女には外務卿が王都行の時に使っていた騎体を渡されていた。名を『ウォーカミ』。ニホン語であるらしい。



「伝令です」


 彼女に与えられた指令はロンド村からなるべく南進して、ケットリンテが考案した手法でもって大型個体を狩ってこいという、あまりに大雑把な内容であった。随伴は2騎。すなわち機動甲殻小隊編成だが今回は例の気球を持ってきている。


「お嬢様」


「なんだい?」


「作戦は理解出来ていますか?」


「ヒューレン・ビット君。それは君の仕事だよ」


「自分は平民ですよ」


「わたしも今は平民さ」


「まったく」


「ほら、頑張って一緒に士爵になろうじゃないか」


「自分は未成年です」


 小隊は跳躍しながら森を突き進む。



 ◇◇◇



「ここくらいで一度観測しても良いかもしれません」


 2日目、ヒューレンがそう提案した。本来ならばアーテンヴァーニュが、もしくは随伴騎士が言うべきことなのだが、今回はアーテンヴァーニュに指揮権が委ねられている。それを強引にヒューレンに押し付けた形だ。


「『コク・ラーゲ』浮遊開始」


「了解!」


 運搬しやすくするため小型にされた『コク・ラーゲ』が空に浮かぶ、高さは100メートル程度で、乗員は随伴歩兵2名だ。理屈では40キロ弱が視界に入る。これまでの常識を覆す気球の存在を騎士たちは実感した。時代が変わると。


『距離23キロ。進路北東。種別甲殻猪。数、50から70。大型、アリ』


 上空から降ろされつつある気球から、興奮して大袈裟になっているハンドサインが地上に送られた。


「明日には接敵出来ますね」


「よっし、今日は後15キロ移動してから野営だね。明日はやるぜぇ。それにしてもアンタ、目が良いね!」


「いやぁ」


 アーテンヴァーニュは世辞を言わない。だからこそ、その兵士は素直に照れた。周りの視線がきつい。


「じゃあ、進路変更して跳躍進軍開始!」


「了解!!」


 第5世代騎だけで構成された機動甲殻小隊は、これまでの常識を崩壊させながら行軍した。



「このあたりでいいかな?」


「申し分ありませんね」


 翌日、甲殻猪の群れまで3キロほどの地点に、丁度良いくらいの場所があった。甲殻獣は種類によっては木をなぎ倒しながら進むこともある。方角もぴったりだ。多分ここは大型個体の獣道なのだろう。


「仕掛けはどうしましょう?」


「任せるわ」


 アーテンヴァーニュは自分の領分を弁えている。だからこそ、他者に頼る。そして、元伯爵令嬢に頼られた漢たちは、それはもう頑張ってしまうのだ。てきぱきと甲殻腱の罠を設置し、木を何本か根元から伐採し、戦場を整えていく。



 そして準備は整った。


「じゃあ、悪いけど勢子をお願い」


「了解いたしました!」


 勢子役となる1騎が跳躍し、まだ見えない群れへと向かった。



 ◇◇◇



「足音多数! 距離……500程度」


 耳を地面につけていた兵士が叫んだ。


「総員戦闘配置!」


 アーテンヴァーニュが声を上げた直後に、勢子役の甲殻騎が戻って来た。


「釣れましたよ、お嬢!」


「平民だって! さあ、罠の準備に回って」


「了解!」


 すかさずその騎士は跳躍して脇の森に控えた。獣道のど真ん中に陣取るは、『ウォーカミ』1騎のみ。堂々と敵を待ち受けている。両腕に接合されているのは王国風の短槍だ。


 彼女はフサフキは齧った程度でしかない。せいぜいが体重移動だ。だがそれを王国の槍術と組み合わせることで、独特の武術としていた。


 距離100。そこでアーテンヴァーニュが叫ぶ。


「やれえぇぇい!」


 道の両脇に控えていた2騎の甲殻騎が、5重に捻じり上げた強化甲殻腱を引き延ばした。高さは50センチ程。それで十分だった。



 どががががが。



 勢いをつけたまま甲殻腱に脚を取られた先陣が、体勢を崩し倒れ込む。中には、脚が切断されたり、逆方向を向いてしまった獣もいた。そしてなにより、突進力が喪われた。


「とつげぇき!!」


 この機動甲殻小隊は第5世代と共に、随伴歩兵全員がスラスター使いであった。すなわち、平坦に突き進むのではなく、文字通り跳びかかるのだ。前衛で崩れた獣を無視し、中衛で足を止めた目標に、上から槍を突き込んでいく。そしてそれを足場に、また跳ぶ。


 甲殻騎も負けてはいなかった。10頭はいるであろう中型獣を相手に、後ろに回り込みながら足の付け根を狙う。始末はその後で十分なのだ。


 そしてついに、大型個体が先頭に出た。でたらめな体重と膂力を持って、味方を吹き飛ばしながらアーテンヴァーニュの目の前に現れたのだ。


「ありがとう。助かるよ」


 アーテンヴァーニュは素直に感謝する。随伴歩兵たちに、騎士たちに、そしてわざわざ目の前に出て来てくれた大型個体に。



 脚部スラスターを軽く吹かし、踏み込む。流れる様に腰を捻り、そのまま背部スラスターを燃やすことで瞬間的に間合いが詰まり、それはもう彼女の望むままの光景となった。


 左腕の槍は相手の右前脚を貫き、右の槍は相手の喉を貫いた。だが、衝突の衝撃は止まらない。そのまま大型個体が息絶えるまで、一体となった獣と騎士は後ろに移動していった。


「獲ったぞー!!」


「いいから、中型を潰すの手伝ってください!」


「ごめん、槍が抜けない」


「勘弁してくださいよぉ」



 ◇◇◇



「じんぐるべー、じんぐるべー」


「何ですの?」


「何となく」


 オゥラ=メトシェイラは第8騎士団駐屯地を目指して移動していた。アーテンヴァーニュの日程だと、そろそろ戻ってくるころだ。


「この世界、大型甲殻七面鳥とかいないんだろうなぁ」


「シチメンチョウって言葉自体、分かりませんわ」


「そっかあ」


 そんな下らない会話をしながら、駐屯地に到着した二人が見たものは、まさに宴会が始まろうとしていた所であった。ナイスタイミング。



「フォルテー! フミネー! やったよー! 大型の甲殻猪、1対1で倒したよ!!」


「お見事ですわ!」


「うん、あんまり心配してなかった。ヒューレンくん、詳細報告お願い」


「なんで自分なんでしょうか」


 ヒューレンの報告を聞いたフミネとフォルテは、ケットリンテの立案した手法がとても有効であることを理解した。なにしろ1個小隊で、大型個体を含む60もの群れを、死者無しで倒してのけたのだ。ケットリンテは出来る女であった。


「で、どうして、両手が無いわけ?」


「いやあ、燃えたよ。正面からがっつり叩き込んでやったらさ。押し込まれてぼっきり」


「減給ですわ」


「なんでさ。ちゃんと倒したんだよ!?」


 宴会場に笑い声が広がった。



「今日より彼女は、アーテンヴァーニュ・ササノ・サイゾゥ士爵ですわ!」


「槍が凄くて、日本風って注文だったからね」


「流石に副団長は埋まっているけど、そうねフミネ、なにかある?」


「じゃあ、特攻隊長で!」



 後に、戦あらば常に先陣を切る槍の騎士、特攻隊長ことアーテンヴァーニュ・ササノ・サイゾゥが誕生した。


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