第105話 ケットリンテの戦い方
あの浮遊物体を見て、原理を教えてもらえなくて、ケットリンテはそれでも心に炎を燃やした。
機密? 分かっているさ。だけどなあ、動作原理が分からなくたって運用はできるんだ! 見てろよフィヨルト。クロードラントの魂を見せつけてやる。キャラ崩壊だ? 知ったことか。ケットリンテの心の叫びであった。
「フミネは凄い。フォルテも凄い。だったらボクはなんだ?」
ガリガリと思いついたことを、紙に書きなぐる。文章の体は成していない。だけど、とにかく書いた。思いつく限りをだ。推敲? そんなものは後回しだ。今はとにかく、書く。
3日後、彼女は分厚い紙束を抱えて、軍務卿執務室へと突撃した。一応前日にアポは取っておいたのは、やはり彼女が侯爵令嬢である証だろうか。対する軍務卿クーントルトは、面白い話ならいつでもオッケーなタイプであった。
「えっと『第5世代甲殻騎並びに甲殻浮遊偵察騎を運用した効率的な甲殻獣狩猟について』。長いね」
「読んで、下さい」
ケットリンテの目は座っていた。目の下のクマが中々の迫力だ。武威ではない、これは文を知る者の迫力だと、クーントルトは文官を軽視するような甘い指揮官ではない。時々こういうのが現れるから面白いということを良く知る者なのだ。
「わかった、よ」
クーントルトとて、これまで以上に効率良く甲殻獣が狩れるのならば、文句などどこにもない。だが何故、他国の貴族令嬢がこんな提案をして来たのか? 罠か?
『あの子は信じていいですわ。多分、凄い提案をしてくると思いますわ』
『うんうん。フィヨルト側からフォートラントを攻める計画書を出してきても、驚かないね』
クーントルトの脳内に、例の二人の言葉がよみがえる。なるほど、こういう事か。
「えっと、概要としては」
「まずは、小型化した浮遊偵察機と運搬をどうするかです。その後、観測された甲殻獣を第5世代騎を使って目標地点に追い込みます」
どんどんと饒舌になっていくケットリンテは、その口を止めない。
「狩場には、事前に強化甲殻腱の罠を置いておくべきでしょう。歩兵は防御重視で。何より今のフィヨルトには人材が大切ですから。後は、兵士以外にも『金の渦巻き団』あたりから民兵も参加させて、戦力の底上げをしていくことも良いかもしれません」
「そ、そうかい」
この娘はフィヨルトの手駒と、国力を理解している。現状も分かっている。そして、それをどう活かしていくのかを考えている。ああ、彼女に軍務卿を押し付けられないかな。そうしたら前線に戻れそうだ。いや、国務卿に取られそうだなあ。クーントルトは韜晦していた。
「うん、中々良い案だと思うよ。これは大公閣下に回しておこう。多分、第8とどこかの合同で試験運用されるだろう。わたしからも進言しておくのを約束するよ」
「ありがとうございます」
「でも、なんでなんだい?」
「何がですか?」
「君はクロードラントの人間だ。それなのに、どう見てもフィヨルトのためになる提案だよ、これは。しかも今の段階ではフィヨルトでしか実現できない」
「力です。ボクなりの力を友達に示したいんです」
「友達って、閣下やフミネ様、それにアーテンヴァーニュ嬢かい?」
「ええ。ボクは彼女たちに負けたくないんです。横に立って、戦えるところを見せたいんです。だから」
ヤバい。この娘はヤバい。絶対に敵にしてはいけないタイプだ。もし敵に回って、そこで重用されたら本気で不味い。どうする? 軍務卿の悩み事が増えた瞬間だった。
◇◇◇
翌日のターゲットは国務卿であった。こちらもきちんとアポは取っておいたのだ。ケットリンテに不覚は無い。
「さて、本日はどのようなご用向きですかな?」
「こちらを読んで頂きたく」
国務卿ディーテフォーンに対しても、ケットリンテは物おじしない。今がその時だからだ。
「では拝見を。『フォートラント連邦南西部における共栄と発展について』ですか」
「はい」
「素晴らしいことですな。可能であれば」
「内容をお読みいただければ、納得いただけると、信じています」
その内容は恐るべきものだった。
『クロードラントの離反』
『両軍による挟撃にてターロンズ砦を占領』
『焦土戦術による、クロードラント住民のフィヨルトへの移動。並びに中央派の排除』
『ケットリンテと大公家の婚姻外交』
『それまでに、フィヨルトにて耕作可能領域の拡大』
『フィヨルトの人口増加(約3倍)による、国力の増強』
『第5世代騎と甲殻浮遊偵察隊による逆撃』
「これは、クロードラント侯の描かれたものですかな」
国務卿は背筋に冷たい物を感じながら、黒幕を探る。
「いえ、これはボクの夢想です。でも、現実味、ありませんか?」
国務卿は押し黙る。
『取り込む下地は出来ていますわ。ファインと婚姻させましょう』
『政略結婚だけど、大丈夫ですよ。下地は作っておきましたから』
あの、例の二人の言葉が思い出される。
ああ自称悪役令嬢たちは何処へ行くのか。
「奏上だけはしておきましょう。なにせ国策に関わる問題ですからな」
「ありがとうございます。それは理解できます」
「お聞きしたいのですが、どうしてこのようなモノを?」
「お友達になって、フィヨルトが気に入って、じゃあボクに出来ることは何だろう、って思って作りました」
「そう、ですか……」
「でも多分、シャラクトーンさんの謀略には敵わないですし、内政基盤の調整なら大公弟様ですね。お戻りになられたら、練り直しです。ボクも、もっとじっくり考えてみます」
智謀の、ケットリンテ・ジョネ・クロードラント。
策略は、シャラクトーン・フェン・ヴラトリネ。
荒れ狂う、アーテンヴァーニュ・サーニ・フェルトリーン。もとい、ただのアーテンヴァーニュ。
そして、『悪役聖女』フミネ・フサフキと、『フィン・ランティア』フォルフィズフィーナ。
舞台は整いつつあった。どちらの方向に? 一体どんな経緯を経て? それはまだ誰にも予想出来ていなかった。
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