第103話 女大公フォルフィズフィーナ





 先大公を含む戦死者たちの葬儀はしめやかに行われた。王国のような威厳をひけらかすようなものでなく、誰もが列を成し、フィヨルタ南東にある集合墓地へと歩いて行く。共通しているのは、誰もが濃灰色の服をまとい、体のどこかに漆黒の布を付けている事くらいだろう。フォルテを筆頭とする戦士や中枢の人物たちは、全員軍装であった。


「天の光と、地の恵み、火の熱さと水の涼しさ、雲の影と山の雪、森と花と小麦と、全ての命と共に」


 フォートラントとは一風違う聖句だが、言っていることは似たようなものだった。


 貴賤問わず死者の順に並べられた黒く輝く墓石に、それぞれの名と、生年と没年が刻まれているだけだった。爵位や功績なども記載はされていない。爵位はフィヨルト風の命名形式で分かるものの、それだけのシンプルな墓碑であった。



「……先の戦は、とても許容出来るものではありませんでしたわ」


 式の後、雑然と並ぶ皆の前でフォルテが語り始めた。


「多くの甲殻騎、多くの物資、それよりもっと貴重で重要なもの、人命が喪われましたわ。二度と帰って来ない多くの命が」


 フォルテは自分も両親を失ったとは言わない。


「わたくしは、ヴァークロートを憎みますわ。関与を疑われるフォートラントも恨みますわ。それと同時にフィヨルトを残念に思いますわ」


 観衆がざわざわとし始める。当たり前だ。



「敵につけ入る隙を見せていましたわ。もっと簡単に排除できる力が、ありませんでしたわ。そもそも、敵に攻める気を起こさせないだけの体制が、戦力が、国力が足りていませんでしたわ」


 場が静まり返る。


「屈辱ですわ!」


 目をクワりと開き、フォルテが叫ぶ。


「山脈と森林に守られていながら、それでもこのような事態は起こりうる。決してこれまでの先人たちが腑抜けていた訳ではありませんわ。ですが、まだ足りなかったのですわ! 悔しいですわ!!」


 フォルテの言葉がどんどんと熱を帯びていく。


「わたくしも歴代と変わらぬ、ひとりの人間としての大公でしかありませんわ。ですので、皆さまのお力を借りることになりますわ! 無理やりでも、宥めすかしてでも、頭を下げてでも、皆さまの心が必要ですわ!!」


 フォルテと、観衆たちが拳を固める。


「ヴァークロートは殲滅いたしましたわ。フォートラントにも釘を刺し、大公就任をもぎ取ってきましたわ!」



 そして溜める。


「わたくしはフィヨルト大公、フォルフィズフィーナ・フィンラント・フォート・フィヨルト!! 大公国の国主ですわ!」



 おおおおおお!! 



「今、フィヨルトは危機を迎えていますわ。敵は他国だけではありません。わたくしたちを取り囲む森林こそが真の敵であり、財産でありますわ。それを為すべき者たちの多くを失いましたわ。わたくしたちは、今からそれを取り戻す必要があるのですわ!」


 フォルテは両腕を広げた。


「先日述べた様に、3年。3年で取り戻し、さらに強靭にしますわ。それがわたくしの、わたくしたちが一丸となり、やるべきことですわ。拳を挙げなさってくださいまし!! 雄たけびを上げてくださいまし!!」



「フィヨルトに!!」



 そうして、葬儀と同時に、式典は終わりをつげた。本来の予定が全て崩壊した国務卿は、口から白い何かを吐き出して呆けていた。



 ◇◇◇



 その後、フィヨルタに戻った一行は、本来フォルテが演説をするはずだった場所で、事務的な通達を述べることになった。担当は国務卿だ。妙に不機嫌であった。


「この度戦死した全ての者たちに『フィヨルト戦士勲章』を送る」


 一般人の死者はいなかった。年金付きの勲章授与である。家族構成によって金額が変動する仕掛けになっている。


「また、前軍務卿デリドリアス・ダスタ・ゴールトン伯爵には『元帥』号を送るものとする」


 大公の指示を得ずとも全軍を統括することが可能な名誉職である。実戦レベルで持つ者はいない。



 その後にはクーントルトが軍務卿に就任したこと、ファインとフォルンが第8騎士団見習いとなったこと、それ以外に役職変更者はいないことが報告された。そして話はフミネに及んだ。『大公直轄特別顧問』、なんだかよく分からないが、要はなんにでも口出しできるポジションという事になる。


「外務は無理だろうけど、そこ以外なら言いたいことは沢山あるよ」


 フミネの弁である。なんでも幼年学校を作って、早い段階で騎士を育てたいそうだ。無料な上に昼食付き。異世界あるあるである。


「15になって王立騎士学院に行ったら、連中を怯えさせるレベルで育てよう。ああ、学費補助も考えないと。ファインとフォルンが第一弾だね!」


 だそうだ。翌年より、王都大公邸は学院生の寮となる。



 報告は続く。ケッテリンテの留学の件では、事前にクロードラントは中央と繋がっていないことが説明された。ケッテリンテの優秀さを知るフォルテとフミネは、彼女を何とかしてフィヨルトに取り込もうと画策中である。悪役だ。まあすでに、ケッテリンテはフィヨルトにべったりで、何なら、クロードラントを併合してくれないだろうかとまで思っていたりする。


 次にアーテンヴァーニュはそのまま受け入れる。第8騎士団入り確定である。容赦のないフィヨルト式跳躍機動訓練が待っていることであろう。その姿を想像したフミネは、笑っているアーテンヴァーニュしか思い浮かばなかった。後にそれは現実となる。



「では皆さま、始めますわよ!」



 こうして後に伝説となる、女大公フォルフィズフィーナの治世が始まった。時に大公歴387年の事であった。試験に出るから覚えておくように、と言われることにもなる。


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