第96話 仲間になりたいと、屋敷にやって来た





「王都だー!」


 フミネが叫ぶ。再びの王都ケースド=フォートランである。相変わらずデカイ。多くの人々が出入りしているが、フィヨルトとクロードラント一行は別枠、すなわち貴族用の門を通過することになる。


「いいから早く通せ。アレはマズい。書類は揃っている。留める理由などあるまい。迅速に、的確に対処せよ」


 前回来た時と同じようなことを、今度はクロードラント侯爵が直々に言っていた。フォルテとフミネは無視だ。結果として、前回の半分くらいの時間で通過は許可された。


 貴族街へ続く道を、例によって胡散臭い目で見られながらも、一行は進む。クロードラント侯爵家とはここでお別れだ。


「行くからね。絶対」


 ケットリンテの目は座っていた。ここで何も言わなかったら後日「来ちゃった」をやらかしそうな感じがある。


「きちんとお父上の許可が出ましたら、歓迎いたしますわ」


 珍しくフォルテが濁した。本来なら、許可、不許可をハッキリする方なのだが、今回はちょっと。



 そうしてフォルテたちは、王都フィンラント大公邸へ到着した。



 ◇◇◇



「まずは弔意を示すためにも、謁見ですわね。出来ればその時に『追認』をしていただけると助かりますわ」


「相手次第なのかな。宰相さんって怖いの?」


「見た目は穏健な方ですよ。しかし、腹の中はどうでしょうね。先日の一件を考えれば、何を吹っ掛けて来ても不思議ではありません」


 フォルテとフミネに応えたのは外務卿だった。


「繰り返しになりますが、かの者は穏当に見えるでしょう。ですが」


「分かりましたわ。くだらない策謀を巡らせていたとしても、正面突破をすれば良いということですわね」


「うん。分かり易くていいね。それでいこう」


「ま、まあ、それで良いかと」


 二人の方向性に対し、外務卿は胃痛を覚えるた。そして、黙ってそれを見ていたライドは、ある決意を秘めていた。今度こそ、今度こそは。



「これはまた、どこまで見えているのでしょうか」


「有能結構ですわ」


 外務卿とフォルテが宰相を称賛した。なにせ、その召喚状の差出日付は2日前、そして謁見の日取りは3日後。中々に見事なタイミングだ。こちらの速さを考慮しなければ、こうはならない。やはり、ある程度以上は理解しているということだ。


 呼び出されたメンバーは、フォルテ、フミネ、ライドと婚約者のシャラクトーン、そして外務卿ドーレンパートだ。ご丁寧に新型甲殻騎の力を披露してもらいたいそうだ。どんとこい。こちらとて隠す気も無い。


「どうなんだろう。わたしたちの覚悟を分かってるのかな?」


 フミネの言葉にライドも頷く。


「フォルテ姉さん、フミネ姉さん。僕は折れないよ。ここではっきり約束しておく」


「言うまでもありませんわ」


「顔を見れば分かるよ」


 フィヨルト最強の両翼が、獰猛に悪く笑う。つられてライドもシャラクトーンも笑ってしまった。ああ、自分たちはこちら側なのだと。


 ライドは強く強く後悔していた。父母が戦いに散り、その経緯を知った時に心から決意した。フィヨルトを守る。もし姉たちがやらかしたなら、自分が簒奪してでも、もし太平の時が来たならば、姉を説得してでも。


 だが、同時に思う。


「姉さんたちのやることだからなぁ」


「そうね」


 ライドの呟きを拾ったシャラクトーンが頷いた。



 ◇◇◇



 そんな彼らの決心を打ち砕く出来事は、翌日やって来た。


「婚約破棄したら勘当されたから、配下にしてくれない?」


 騎士団長令息の婚約者、伯爵令嬢アーテンヴァーニュ・サーニ・フェルトリーンが来訪したのだ。


「受け入れますわ!」


「ちょまっ!」


 ライドとしてもフォルテの度量の広さを理解しているつもりだったが、ここで即断はいくらなんでもマズい。とりあえず事情を聞けって。


「ヴァーニュ……、とりあえず事情を聞かせて?」


 流石のフミネも状況を理解したかった。それともうひとつ、彼女の横にいる、まだ成人もして無さそうな男の子は何者だろうかとも。


「ああ、この子はヒューレン・ビット。平民だけど、優秀な左なんだよね。流石に甲殻騎は持ち出せなかったけど、ゴメンね」


 そういうことじゃないだろうと、フォルテ以外の全員が絶句していた。



「ん-、クエスがお前とはやって行けそうに無いって言うから、分かった婚約解消だねって言っただけなんだよね」


 騎士団長令息クエスリング・シェルト・バルトロードは葛藤していた。自分より強い、婚約者の存在に。彼は決して弱くはない。例年であれば、学院で武の首席を張ることすらできただろう。だが、相手が悪すぎた。戦士としては、アーテンヴァーニュとフォルテが居た。左騎士としては、アリシアが居た。どうしろと。


 普段は無口な彼であるが、心の中は王太子とは別の意味でお花畑だった。


『ここは俺にまかせろ』


『クエス、素敵、カッコいい!』


 彼の脳内はこういうものだった。それでちょっと想像と違った婚約者に愚痴ってみたら、ご当人から婚約解消を言い出されたというわけで、プライドは粉みじんであった。現在自宅にて引きこもり中である。


 武の名門、バルトロード伯爵家に対して、真向から婚約破棄を申し出たというアーテンヴァーニュの行動を聞いて、フェルトリーン伯爵は卒倒寸前で勘当を申し付けた。なんでって、騎士団長バルトロード伯爵に何という事を。ああ、ここで言う騎士団長とは、フィヨルトでは軍務卿相当だ。


 というわけで、目出度くアーテンヴァーニュは大した理由もなく婚約者を袖にした、悪役令嬢となった訳である。



「いいじゃない。可哀相ですわ」


「犬猫じゃないんですから、そういうのはどうかと。家の問題もありますし」


「勘当されて姓を無くしたのですから、平民相当ですわ。貰い受けてなんの問題がありますの?」


「ありまくりですよ」


 フォルテと外務卿がバチバチやりあっているが、周りは疲れ果てていた。なのでお茶している。


「いやあフミネ、久しぶりだね。また腕を上げたんだよね?」


「まあ頑張っているつもりだけど、どうかなあ」


「実戦経験だって凄いんだよね? 例の紛争でも大活躍したんでしょ?」


「あはは、まあ、それなりにね」



 1時間程後に、フォルテは外務卿に勝利した。フィヨルトに、新しい悪役令嬢が加わったのだ。


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