第97話 国主として
「お久しぶりです、殿下。ご尊顔を拝謁賜り光栄ですわ。そして辺境との融和に御心を砕いてくださった先王陛下のご崩御に弔意を申し上げますわ」
「よい。……ストスライグ」
王太子ウォルトワズウィード・ワルス・フォートランは父親に対する弔辞を2文字で遮った。この後、ヴルト・フォートラントとなる人物は、傍に立つ宰相ストスライグに会話を振った。ストスライグ・ゲージ・オストリアス侯爵。フォートラント中央派にして、多分先の紛争の画策者。
フィヨルトからして見れば、恨み骨髄の相手ではあるが、その見た目は50代の穏やかな老人であった。
「ほっほ、まずは先ごろの甲殻獣氾濫の鎮圧と、ヴァークロートとの戦の勝利をお祝いすると共に、大公ご夫妻のご逝去を御悔やみ申し上げます」
つらっと、言ってのけやがった。
「痛み入りますわ」
フォルテを筆頭とする、フィヨルト一同からの圧が強くなる。だが宰相はそれを受け流してみせた。
「悲しみは痛く理解出来ます。ですが西部辺境の大公国は連邦の要。その遺志は恙なく次代に引き継がれることになると、期待しております」
「うむ、そうだな」
宰相と王太子の茶番劇であった。ここまでは。
「それで、フォルフィズフィーナ嬢が大公となるとお聞きしましたが?」
「ええ。わたくしが、フォート・フィヨルトになると、父母の遺言、弟妹全員、諸卿の合意の元、フィヨルトでは認められましたわ。後はここでの『追認』だけですわね」
「なるほど。ですが次代はファーレスヴァンドライド殿で、内定していたと聞き及んでおりますが」
「次期大公の選定は大公国の専権事項ですわ。繰り返しますわ。わたくしはフィヨルトの総意でもって、フォート・フィヨルトとして選ばれましたわ」
「……ファーレスヴァンドライド殿は、お認めになられるのですか?」
「うん。僕はフォルテ姉さまが、大公に相応しいと確信しています」
フォルテと宰相の陰湿なやり取りに、ライドも割り込んだ。
「本当によろしいのですか?」
「ああ、僕はフォルテ姉さんを、フォルフィズフィーナ・フィンラント・フォート・フィンラントとして認める。明言する。支えることをここに誓う」
「いいよ。『追認』しよう」
「……、殿下? まさかとは思いますが」
「宰相、君はフォルフィズフィーナの事をもっと良く知るべきだ。よいか、哀れみではない。後ろめたさでもない。そんな事で追認してみろ、彼女は私たちを叩きのめしてから、連邦を離脱するぞ」
王太子の言葉で、背後に控えていた近衛たちが体を揺らした。
「通例通りだ。フォートラントもフィヨルトも正式な手続きの元に、追認する。それだけの事だ。よいな」
「御意に」
宰相が穏やかな笑顔で頷いた。周りの全員が狸ジジイめがという感想を抱く。
「寛大なご配慮に感謝いたしますわ」
「気にせずともいい。それと、こちらの都合で前大公の葬儀日程を遅らせたことは、申し訳なく思っている」
「お気持ち、有難く」
王太子は少しの間を置く。
「私は、フォートラントの王となる。君は大公国の国主となる。同じ連邦を戴く者同士であるが、別国であることも事実だ」
「承知しておりますわ。すなわち、自らの国益こそ第一。わたくしはそう考えますわ」
フォルテの返答に、場が緊張する。
「その通り、私もその点に関して同意する。よって、今後も方針の食い違いや、それを利用しようとする者も現れるだろう」
それって、そこの狸では?
「だが、それが国政を担う者が背負うべき、当たり前の事態だ」
「同感ですわ。わたくしもその覚悟を新たに致しますわ」
「うむ、有意義な時間であった」
こいつ、話に聞いていた人物より上だ、とフミネは思う。ライドも驚いていた。いつからだ? と問われれば、フォルテとフミネが特級の証をもぎ取った時からだろう。
戦士としては歯が立たず、文の世界では若干上を行かれ、騎士として失格したはずのフォルテが、その資格を得た。だがそれで良かったと、王太子ウォルトワズウィードは思う。確かにフォルテは飛躍した。だが、そもそもの国力が違う。不公平などではない。公平な立場でスタートなど、あり得ないのだ。
「ここからだな」
「ええ、ここからですわ」
二人の心地よい緊迫感を持って、追認は終了した。
◇◇◇
その後は外務卿と宰相とで、ヴァークロートに対する戦争賠償請求について、話し合いが行われた。王太子もフォルテも口出しはしない。領分というものがあるのだ。
まずは、外務卿ドーレンパートが戦況報告と、彼我の被害状況を説明した。当然フィヨルト側の被害は少なく説明されている。どこまでバレているかは不明だが、言葉ひとつだ。損などない。
「では、結果を踏まえて、戦後交渉の概要ですな」
「うむ。中央宰相として全力を尽くすとお約束しよう」
抜け抜けとまあである。
結果、ヴァークロートへの仲介は中央が行うことがまず決定された。フィヨルトからは捕虜返還と引き換えに、賠償金の請求、ドルヴァ以北10キロがフィヨルト領土であり、そこから先、ヴァークロートまでの森林は緩衝地帯とすることも、提案された。もちろん、直接国交は断絶とすることも。
「宰相殿は、ヴァークロートを説得できるとお考えでしょうかな?」
外務卿が、釘を刺しにいった。
「北西部辺境から侵攻の素振りを見せれば飲むと考える。何せフィヨルトによって、相当数の甲殻騎を失ったのだ。向こうとて一枚岩ではない。今頃は責任の所在で忙しいことだろう」
「では、よしなに」
最後にフォルテが締めた。
「それでこの後、フィヨルトの新たな武威を見せてくれるのだろう?」
王太子が、面白そうな顔をして言った。
「ええ、存分に」
フォルテは悪い顔で笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます