第89話 新型の名は




「お、女大公だと?」


「あなた方がそうしたのでしょう。それを生み出してしまったのでしょう。何を驚いているのか分かりませんわ?」


 驚愕の表情を浮かべる伯爵に対し、フォルテは不思議そうに返答した。


「さて、ご挨拶も終わりましたし、お話を続けましょう。今すぐ撤退せよとは言いませんわ。もちろん、降伏などもっての外ですわ」


 フォルテの独白が続く。


「あなた方は連邦中央とつるみ、あまつさえ、一方的にフィヨルトに攻めかかりましたわ。それに対する、わたくしの最終回答は一つですわ」


「な、なにを」



「お覚悟はよろしいでしょうね」



 有無を言わせぬ、ただの宣告だった。


「ではまずは手始めに、両親や、今回の戦で散っていった者たちの、カタキを打たせていただきますわ」


 言うなり、フォルテは右腕で伯爵の首根っこを引っ掴み、自分の目線より高い位置に引きずり上げた。


「両軍の皆さま!! フィヨルトに仇為す者はどうなるか、目に焼き付けてくださいまし。伯爵様、全力で歯を食いしばりなさいませ」


「はぁっ!?」



 ぱぁん。



 そう言い切ったフォルテは、壊れた左腕で伯爵にビンタをくれた。右手で首を固定したままだった。


「ふんっ、この程度で折れてしまうとは、ヴァークロートの将校たちの質も知れると言うものですわ」


 ポイと投げ捨てられ、地面に落下した伯爵は、すでにただの物体であった。


 フォルテは後部座席で完全思考停止している左翼騎士を見る。


「あなたは、そこで見ていなさいな。これから何が起きるのかを。ああ、捕虜にしてから全部お話を聞かせて貰って、その上で開放して差し上げますわ」


 すとんと地面に着地したフォルテは、当たり前の様にフミネの元に帰って来た。


「お疲れ様、やっちゃたね」


「特にどうとも、ですわ」


「そう、じゃ、ここからはわたしの番だね」



 ◇◇◇



「とは言え、さっきの着陸であちこち結構黄色いんだよね」


「大丈夫ですの?」


「まあ、騎兵隊も来たわけだし、行けるかな」


「騎兵隊?」


「日本の比喩の一つだよ」


「やはりニホンは凄いですわ」


 人間同士の生死を目の前にしてもなお、日本生まれであるにもかかわらず、フミネは動じない。何故か? フミネもまたブチ切れているからだ。ちなみに北米大陸に日本領土などない。



 その時を狙ったかのようにドルヴァ砦の正門が開けらた。濃灰色の甲殻騎が乱入してくる。やっとこさ辿り着いた第5騎士団であった。規模は2個中隊、20騎弱。対するは、ヴァークロートの55騎だ。


「オレストラさん。出来るだけ防御戦闘を徹底してください。わたしたちは、このゴロツキどもを色々とブチのめしますから」


「フミネ様!?」


 第5騎士団長オレストラは動揺した。この戦場で何が起きている?


「お父様もお母様も、軍務卿も戦死いたしましたわ。他にも沢山の方々が。オレストラ、どうすべきだと貴方は考えるのでしょう」


「手前ら! 全部だ、全部ブチ殺せ!! お嬢様とフミネ様に負けてる場合じゃねぇぞおぉぉ!」


 オレストラもまた、ブチ切れた。第5騎士団の全員もだ。自分たちがもっと速ければ、こんなことにならなかったかもしれない。だが、結果は結果だ。ここで敵を叩きのめす、それだけだ。



「さてと、名乗りを上げるますわ!」


「やっぱりそれだけはやっておかないとね」


「当然ですわ」



 ◇◇◇



 ロンド村からドルヴァ砦までの途中、彼女らには語り合う時間が幾らでもあった。その一つが新生オゥラくんのことだった。


「流石にオゥラくん四式はちょっと芸がないわね」


「大型騎になってしまいましたわ。それにあれだけ装備を付けたらもう、派手で良いですわ!」


「そうくるかぁ。でもまあ、オゥラくんには違いないから、それに因んだ名前を付けてあげたいね」


「そうですわね、えっと『第五世代スレイヤー型上級甲殻騎』ここまでは決まりですわ」


「やっぱり第五世代、名乗りたいよね」


「当然ですわ」


 甲殻機において、いや他でもだか、実に趣味の合う二人である。


「じゃあ、後は名前かあ、『オゥラ』って単語は残したいね」


「そうですわね。後は強そうな、戦士の様な」


「真っ先に思いつくのは『バトラー』だね。だけど、それは流石に却下だよ」


「なぜですの?」


「色々マズいから。お願いだからこれだけは回避して。あと『シューター』もダメ。『ファイター』ならアリだけど、なんかしっくりこないなあ」


 いや、本当にマズい。



「なら他の方面からですわね。『永遠』ではどうでしょう」


「どういうこと?」


「ずっとずっと、それこそ永遠に、オゥラくんがわたくしたちのいなくなった後でも、子々孫々の力となれるようにですわ!」


「いいね! じゃあ、『エターナル』はベタかあ、じゃあ……」


 フミネはその時、とあるSF小説を思い出していた。



 ◇◇◇



 ずぅぅん!



 いきなり2騎が沈んだ。新型騎がただ両手を広げただけで、その場に突っ伏したのだ。そのまま腕を組む。


「あれはっ!? 一時戦闘中断だ! ヴァークロートも従え、本当に殺されるぞ!!」


 フォルテとフミナの行動に何かを感じたオレストラが、叫ぶ。これはアレだ、アレが始まるのだ。察知したフィヨルト側は一斉に行動を停止した。清聴しなければならないからだ。指揮官を失ったヴァークロート側は、気圧され、どうして良いか分からない様子だった。



「お静まりなさい!!」


 フォルテの命令だった。敵味方を問わない、単純な指示だった。そしてようやく場が静まる。いや、ここは戦場なのだが。


「みなさんが静かになるまで1分かかりました」


 だからどうしたと言える者は一人もいなかった。



「わたくしは、フォルフィズフィーナ・フィンラント・フォート・フィヨルト」


「わたしは、フミネ・フサフキ・ファノト・フィンラント」


「今からフミネがこの子の、この騎体の新たな名を告げますわ! 心してお聞きなさい。心に焼きつけなさいまし!!」


「この甲殻騎士の名は……」


 フミネが溜める。


「第五世代スレイヤー型上級甲殻騎!」


 そもそも『第五世代』も『スレイヤー型』などというものも、この場の人間には知らない単語である。いや、第五世代については何となく言いたいことは分かるが、それでもそれは認めがたいと思うのはヴァークロートの者たちだった。フィヨルト側はよく分かっている。アレにはそれを名乗る価値がある。



「この子の、この騎体の、この甲殻騎の名は、オゥラ=メトシェイラ!!」


「永遠を意味するニホンの言葉ですわ!!」



 日本語は万能である。


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