第88話 お控えなさいっ!!




 フミネとフォルテの身体に、とんでもないGがかかる。それを二人は強化を全開にして耐える。やがて上昇は止まった。フミネがそう制御したのだ。


「フォルテ、フォルテ、顔を上げて」


「ぐずっ、ううっ。わかりましたわ」


「ほら、外を見て」


 フミネがフォルテに優しく語り掛ける。新型騎は地上に背を向け、天を見上げていた。


「綺麗、ですわ」


「そうだね」


 そういってフミネは、騎体を回転させた。今度は大地が見える。


「あれが、大地」


「砦がありますわ、あ、あちらは穀倉地帯。フィヨルタまで見えますわ」


「わたしたちの大公国だよ。みんなの国だ」


「わたくしたちが守りたい物、人だけじゃなくって、大地を全部、そうですわね?」


「そうさ、全部を守り抜いてやるんだ」


「また、飛びましょう。今度はこんな気持ちじゃない時に」


 フォルテの目には、砦に殺到するヴァークロートの甲殻騎の姿が見えた。そして、擱座して沈黙している『シルト・フィンラント』も。



「そろそろ、いいかな。じゃあ、いくよ」


「存分にやりますわ!」


 二人は降下を始めた。どこにって、敵に向かってだ。すでに覚悟など決まっている。



 ◇◇◇



 どごぁぁん!!



 ヴァークロート所属の甲殻騎が1騎、叩き潰された。空から何かが降って来たのだ。


 それは、甲殻騎を破壊した後、地上に激突し、ゴロゴロと転がりながら停止した。そして、ゆっくりと立ち上がる。


 ドルヴァ砦の正面に残っているのは、フィヨルトが6騎、ヴァークロートが56騎。圧倒的状態であり、砦の陥落は目の前だ。地面には、回収しきれていなかった昨日の甲殻獣の残骸と、擱座した甲殻騎たち、そして、地べたで戦い続けた、戦士たちの躯が敷き積まれていた。


「何が起きた!?」


 マイントルート伯爵が落着した物体に叫ぶ。そしてゆったりと立ち上がった姿を見て、悟った。


「甲殻騎だと?」


 その甲殻騎は、今まで見たことも無いような異様な姿をしていた。全高は10メートル程、大型に部類されるだろう。しかし細身である。いや、下半身が細く、上半身、特に肩から腕にかけては無骨な突起が備え付けられている。特徴的なのは、足首があることか。だがそれは、足首と言うよりも、踵が異常に細く高く造られているということだ。


 とある世界の人間ならばこう言うだろう。ハイヒールと。


「あれは、あの色はフィヨルトの騎体なのか? あのごてごてしているのは飛ぶためのものか?」


 その騎体には、13基ものスラスターが装備されていた。背中の中央に『白金』から得られた大型の風の核石を使用した、巨大なメーンスラスター。さらにそれを取り巻くように4基、ふくらはぎに2基、両肩の2基、これが前進用である。さらに、太ももに2基、そして上腕に2基。これは逆進用となっている。


 無論フミネの提案であるが、二人はまだ、それを使いこなせてはいない。さておき。


 その『濃灰色』の甲殻騎を見たフィヨルトの戦士たちは、一斉に後方に下がった。だがその騎体は、よりにもよってヴァークロートのど真ん中に降り立っていたのだ。狂気の沙汰だ。



 そんな空気の中、甲殻騎のキャノピーが開放され、一人の女性が立ち上がった。フォルテである。彼女は当たり前のように飛び降り、優雅に着地した。そのまま貴族令嬢らしく、完璧な歩みでヴァークロートの隊長騎、すなわちマイントルート伯爵の騎乗する甲殻騎に歩み寄り、これまた完璧な姿勢で立ち止まった。


 場は静まり返る。


「ヴァークロートの指揮官とお見受けしますわ。名乗りなさいませ」


 冷徹にして謹厳。氷の刃のように冷たく、相手を完全に見下したと誰にでも分かる様な声色だった。


「ほう。この私を前にして、この状況でそう言うか。降伏かね?」


「同じことを2度言わせないでくださいな。名乗りなさいませ」


「……。まあ、よかろう、私はヴァークロート侵攻軍総指揮官、エラヴィーン」



「頭が高いですわ! お控えなさい!!」


 突如、フォルテが激高した。いや、ずっと激高していた。だから余裕などをもって頭上から名乗ろうとする敵が許せなかった。



 ばきぃぃん!!



 突如、伯爵の乗る甲殻騎の左膝が折れた。何故? 周りにいるフミネとフォルテを除く、全ての人間が理解できなかった。


 理屈は簡単だ、フォルテが甲殻騎にビンタを放っただけの事だ。ただし、出来うる限り存分にソゥドを載せて、さらにはフサフキの術理を載せて、今の彼女に可能な最強の攻撃力を持った、渾身のビンタであった。



 歴史上初めて稼働中の甲殻騎を素手で損傷せしめた。これは今後、様々な異名を持つことになるフォルテの伝説の一つとなる。



 当然代償もあった。フォルテの左腕は肩が脱臼し、肘から先は歪な折れ方をしていた。



 どずぅぅん。



 そんな彼女の目の前に、伯爵騎がまるで片膝を付くように崩れ落ちて来た。


 なんてことも無いような澄ました顔で、フォルテは右腕を使って肩の関節をゴグりと嵌め直した。そして軽く跳躍し、伯爵騎の操縦席前に降り立った。


 右手が、がしりとキャノピーの枠を握りしめる。そのまま力任せに、フォルテはキャノピーを開放して見せた。こちらもまた、前代未聞である。



「やっと格上に対し控える事が出来たようですわね。名乗りを許します」


 どこまでも高飛車な態度であるが、余りの暴力の前に伯爵が折れた。心が折れた。自分がどんな化け物を相手にしてしまったのか、理解出来てしまった。


「わ、私は、ヴァークロート侵攻軍総指揮官、エラヴィーン・バイン・マイントルート伯爵、だ」


「良く出来ましたわ」


 フォルテは冷酷に笑う。


「では礼儀として、わたくしも名乗りましょう」


 左腕は未だ歪な形をしたままであったが、そんなことを感じさせない凛とした姿で、フォルテが名乗りを上げる。



「わたくしは、フィンラント家当主にしてフィヨルト大公国領主、フォルフィズフィーナ・フィンラント・フォート・フィヨルトですわ!!」



 その瞬間、大公令嬢は女大公となった。


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