第57話 フェンリルトファング




「フミネ、そのように微妙な顔をしなくて、ライドの傍にはあの子がいますわ」


「ああそうだった。シャーラがいるなら大丈夫かな」


「それはどのようなお方で?」


 サイトウェルが聞く。


「ライドの婚約者ですわ。ヴラトリア公国公爵令嬢、シャラクトーン・フェン・ヴラトリネ。あれは女傑ですわ」


「うんうん」


「女傑……ですか」


 楽しそうなフォルテとフミネに対し、サイトウェルは少々不安そうだ。そして、その次の言葉に絶句する。


「彼女が大公妃になったら、フィヨルトが大陸制覇に向かうかもしれないね」


「おほほ。まったくですわ!」


 一体どんな覇者だそれ、と思いつつ。サイトウェルは逃げだすことにした。これ以上聞いていると、なにかヤバい立場に立たされるかもしれない。


「で、では私はこれで」


「ええ、宴を楽しんでくださいですわ」



 ◇◇◇



「ファイン、フォルン只今戻りましたわ」


「おかえりなさい、フォルテねえさま」


「おかえりなさいですわ、フミネねえさま」


 その夜、ヴォルト=フィヨルタ内、大公邸である。


「それに『フェン』も大きくなったわね」


「わうっ!」


 犬ではない、甲殻狼の赤ん坊だ。



 以前、フミネがフィンラントとなるために『赤熊』を打倒した。その時にちょっとしたトラブルがあったのだ。『赤熊』は甲殻狼を襲っていた。本来ならば脚力の差で逃亡できたはずの、その甲殻狼はそれを選択せず、『赤熊』との闘いを選んだ。


 生まれたばかりの子供がいた。


 フォルテとフミネがそれを見つけた時は、もう手遅れだった。母親である甲殻狼の生命が尽きようとしていた瞬間、一気に突撃したオゥラくんが『赤熊』を倒したのだ。すでにその時、母親の狼の目の光は失われていた。


 とりあえず、『赤熊』と共に持ち帰られた甲殻狼の処遇については、様々な意見が出された。


 そして、たまたま、本当にたまたまそれを見てしまった、例の双子が強硬意見を繰り出した。曰く、飼って!!


「元居たところの捨ててきなさい」


「なんで、フミネはそんなひどいことを言うのさ!」


「そうですわ、そもそもフミネが連れてきたのに!」


「ああ、ごめん。一回言ってみたかっただけなの」



 フミネの異世界、いやこっちでもありそうなジョークは、双子に火を付けた。


 甲殻狼というか、白い子犬を連れて自室に籠城。しかも厨房に侵入し、牛乳と自分たちの食料までも入手していた。フィンラントらしい、素晴らしい行動力であった。もう、ソゥド全開。


 結果、フィヨルト上層部は折れた。


 もし大きくなって、人間に害を及ぼすことになれば、容赦はしない。そういう条件付であった。



 もうひとつは、フミネのとある発言だった。


「甲殻獣って、家畜化って出来るのかな?」


 甲殻獣は、とかく攻撃性が高く、特に人間を嫌う傾向がある。だが、それが生来の本能なのか、それとも人間との闘争により獲得された特性なのか、その判別はついていない。要は、遺伝要素と環境要素の判別なのだが、この時代において、そのような研究は行われていなかった。


「あんな大きい馬とか、凄い力の牛とかいるんだよね。しかもソゥドを使ってるし。じゃあ甲殻獣は無理っていうのは、どうなんだろう」


 実家が酪農家であり、獣医の卵にも火が付いた。



 ◇◇◇



 フェンリルトファング・ファノト・フィンラント。それが彼だか彼女だかまだ分からない甲殻狼の正式名称だ。


 双子に頼まれて、ニホン語でソレっぽい名前を要求されたフミネが、苦し紛れに思いついたモノだった。どこに日本語要素があるのだろうか。それはフミネだけの秘密であった。ファノト・フィンラントを後ろにくっ付けたのは双子だ。


「だって、かぞくだから」


 かくして、何の試練もなくファノト・フィンラントを得た甲殻狼、『フェン』は双子に可愛がられながら、このひと月半で50センチほどの体長となっていた。もう赤ん坊とは言えないかもしれない。実際、バクバクと肉と骨を齧っているわけだし。ところで、フミネの試練とフェンの試練、この違いはどういうことなのか。


 仲良く双子に戯れる甲殻狼の子供。それに混じろうとする大公妃メリア。実は可愛い物が大好きなのだ。


「おすわりですわ!!」


「わぅん!」


「お手ですわ!」


「わぉん!」


「お見事ですわ! フェンはお利口様ですわ」


 何故か芸を仕込もうとするフォルテ。それを生暖かい目でみる大公。興味深く観察するフミネ。


「そうだ! フェンの為に首輪を作ってあげようよ。格好良いやつ」


「良い考えですわ。ファインとフォルンが手作りするのが良いですわ」


「うん、つくろう!」


「わかりましたわ!」



 そこには甲殻獣の家畜化という新しい概念があった。フミネによる内政チート、もしくは知識チートが炸裂するのか、それはまだ先の話である。


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