第46話 大公令息ファーレスヴァンドライド・ファイダ・フィンラントの拗らせ




 大公令息ファーレスヴァンドライド・ファイダ・フィンラント、長いので以後、ライドはごちゃ混ぜの動揺に包まれながら日々を過ごしていた。姉の、婚約破棄騒動以来ずっとだ。


 彼は、姉に似た美しい金色の髪を後ろに伸ばし、緑色の瞳、白い肌、そして時には女性と間違われるような美少年であった。線は細いが、けっしてなよなよしくはないのだが、どうしても可愛さの方が先に立つ。


 そんなライドを今、かき回して思いは一つだった。


 やっちまった、それが偽らざる、彼の最も大きな動揺だ。


 繰り返すが、あの姉に、フォルフィズフィーナに弓引くような行動を、どうして取ってしまったのか。それは多分、幼い頃からの苦手意識と劣等感よるものだったのだろうと思う。


「どうしよう……」


 すでに問い合わせの手紙が2回ほど届いている。名義は大公であり父と、大公妃の母からだったので文面は穏当だった。ライドにも考えがあるのだろうから尊重はするものの、どういうつもりなのかと、そういった感じだ。まあ、母からの文面からはソゥドを感じるほどにヤバかったのだが。


 だがもし、これが姉、もしくは姉に懐いている双子からの手紙であったならば、考えるだけで恐ろしい。自分はそれだけのことをやってしまったのだ。しかも、ノリで。


 そう、ノリだったのだ。王太子の言動に乗せられて、ノリどころかノリノリで姉の糾弾を観ていてしまった。攻める側の背後に立って。



『奇跡の世代』


 今年の卒業生たちを貴族界隈ではそう呼んでいる。


 文の筆頭、宰相令息、侯爵令嬢ケットリンテ、そして大公令嬢フォルフィズフィーナ。


 武の筆頭、騎士団長令息、その婚約者の伯爵令嬢、そして大公令嬢フォルフィズフィーナ。


 もうこの段階でおかしい。2回名前が出てきているのがいる。文武両立とはよく言うが、王太子がまさにそうなのだが、その1段上を行くのがいる。そりゃあ王太子だってストレスだろう。


 さらに武で言えば、平民のアリシア・ランドールも忘れてはいけない。


 そして最後に騎士適性だ。ここでやっとフォルフィズフィーナの名前が消える。最強として名を上げるのは、アリシア、王太子、騎士団長令息、伯爵令嬢などになる。



 だが、ライドはちょっと悔しくもなっている。自分の姉が、フォルフィズフィーナが騎士適性を持たなかったことを、悔しく思ってしまっているのだ。こじれている。


 幼い頃から姉は傲慢であり不遜だった。一つ下のライドを引きずり回し、終いには『金の渦巻き団』の名誉副団長に任ぜられていた。


 それが姉の気遣いかどうかは分からないが、ライドはそうでもないことを確信している。


 やりたいようにやるだけの暴風。それがライドが姉、フォルテに抱くイメージだ。概ね間違っていない。


 そんな姉が変わったのは、王太子と婚約してからのことだった。


 三重くらいに猫をかぶっているのはよく分かった。そう思うと、ライドの胸のどこかが痛んだような気がした。嵐の様に現れて、自分を外に引きずり出してくれた姉が、遠くに行ってしまっていた。


 その後のフォルテは、淑女として、また戦士として寡黙になった。学院では優秀な成績を残し続け、未来の王妃に相応しい姿を見せ続けた。ただ一つ、騎士適性を除いて。



 ◇◇◇



 姉に続いて1年後、ライドも学院に入った。そこで出会った未来の義兄、すなわち王太子は見事なまでの好男子であった。整った容姿だけでなく、穏やかで、気さくな性格は誰もが好感を持つにふさわしい存在と言えた。


 身分の差にこだわらず、学院に通う平民にすら平等に接するその姿に、ライドはフィンラントを思い出した。この人ならば、中央とフィンラントの両方を大切にしてくれるのではないかと。


 平民学生の中でも際立った武を見せる、アリシア・ランドールという存在がいた。可憐で華奢ではあったが、その姿は生命力に満ち溢れているように思えた。ライドはふと昔の姉を思い出してしまった。それが毒の始まりだったのかもしれない。アリシア自身にはなんの罪も無かったのに。


 王太子は明らかにアリシアに惹かれていた。傍から見ていればあからさまだった。そして皆、彼女を側室に迎えるのではないかと、アリシアへの思いを断ち切った。



 ライドの自己評価は偉大なる姉の影響を受けてか、低すぎた。学院の教師などは、前年の文の三傑と伍するだけの能力を認めている。特に言えば、領地経営と言う面でみれば、それら三人を上回るほどの知見を彼は持っていた。これがフィヨルトの次代でなく王都の官僚であればどれほどの栄達を望めたのか。


 ふと、ランドは思ってしまったのだ。姉を解き放ち、大公を継がせることが最善ではないのか、と。事実は当然違う。騎士適性の無い者が、大公を継ぐことはあり得ない。せいぜいが国務卿だ。フォルテにその能力があるかと言えば、あるわけなのだが。



 そしてあの日。ライドは王太子への信頼と、偉大な姉への初めての反抗と、自分の我儘を持って王太子の背後に立っていた。



 ◇◇◇



「はぁ」


 長い、長い回想だった。本当に。


 気が付けば、ライドは王都大公邸に着いていた。


「ただいま戻りました」


「お帰りなさいませ。皆さまがお待ちです」


 微妙な、本当に微妙な表情で、侍女長が出迎えた。


「ん? 皆さま?」


「はい……。皆さま、です」


 ああ、ついにこの時が来たのかと、ライドは目を覆った。来たのは誰だろうか。出来れば穏便な面子であることを祈りつつ、彼は応接へと向かった。


「失礼します」


「ああ、お帰りなさい」


 声をかけて来たのは、母メリアであった。


「こ、これはっ」


 そこにいたのは、メリア、フォルテ、見知らぬ女性、そして婚約者であった。



 最悪の事態だと、ライドは神を呪った。自業自得であることを自覚しつつも。


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