第47話 男性ひとりと女性4人による家族会議
フィヨルトから到着した面々に、王都大公邸の者たちはビビった。
大公妃と大公令嬢二人。しかも片方は婚約破棄をされたばかりで、もし王都に居ることを知られれば結構な問題になりかねない。実際は方々に知られているわけだが。
そしてもう一人、もしかするとこちらの方がよっぽどの厄ネタかもしれない。フミネ・フサフキ? 異界から来たという黒目、黒髪の少女だ。これではまるで、聖女ではないか。
なんにしても、皆が震えあがるに十分な理由であった。同時にもうしばらくしたら帰宅するであろう、大公令息ライドに対する同情心も首を持ち上げた。これは酷いことになるぞ、と。
「お久しぶりです。お義母様、お義姉さま、そして、そちらの方は初対面ですね?」
さて、大公邸には先客がいた。
ライドの婚約者。名をヴラトリア公国公爵令嬢、シャラクトーン・フェン・ヴラトリネと言う。歳はライドの一つ下で16歳。銀色に近いプラチナブロンドを長く伸ばし、少々たれ目の茶色の瞳と、東部特有の褐色に近い肌を持つ美少女だ。身長は160程でフォルテとそうは変わらない。
東部と言ったように、ヴラトリア公国は連邦の東側の要でもある。海に面しており、東大陸との交易で国の規模と釣り合わない、豊かな国力を誇っている。
ライドとシャラクトーンとの婚約は、完全に辺境派閥の都合であった。フォルテが王太子と婚約した2年後、両者の婚約が決定されたのだ。バランスは大事っていうお話だ。
「まあっ! 聖女様ですか!?」
「いえ、そのまだそう決まったわけでもないので」
「フミネは今後、聖女と呼ばれることになりますわ! わたくしは確信していますわ」
「フォルテ……」
テーブルの上にはお茶と茶菓子が置かれ、女子、もとい女性4人が談笑をしていた。もっぱらはフォルテとフミネの馴れ初め、馴れ初めなのか? まあ、二人の信頼関係とこれまでの旅路についての話が大半ではあった。
「物語の主人公の様ですね。憧れます」
「いや、そこまででも」
シャラクトーンがキラキラとした目をフミネに向ける。だがそこに野暮な声が届けられた。
「失礼いたします。若様が……、その、お帰りになられました」
場が冷気を発するのを家令は感じた。若様、ご武運を。無力な私は骨を拾うのが精いっぱいです。家令はブン投げた。
◇◇◇
「シャーラ……」
大公令息ライドは絶望の表情を浮かべていた。よりによって、現在見たくもない顔、トップ3が勢ぞろいしていたからだ。ん? では4人目の彼女は誰なのだ? ライドの背中に嫌な予感が走る。
「フミネに会うのは初めてですわね。紹介しますわ」
止めてくれ。何となくライドはそう思った。ここで彼女の素性を知ったらさらに酷いことになる予感がしたのだ。姉に虐げられて、いやまあ、かき回されて17年。そういうことにだけは敏感になってしまっている彼の脳みそは、最大限の警報を鳴らしている。だが、容赦なく姉の言葉は続けられた。
「彼女は、フミネ・フサフキ・ファノト・フィンラント。わたくしたちの義姉ですわ!」
「おおう」
予測以上のダメージがライドを襲う。
「フサフキ、そして、ファノト・フィンラント、ですか……。それは、また」
必死に冷静さを保とうとするが、追い打ちがかかる。
「ライド。彼女はフィヨルトの総意でフィンラントになったの。聡いあなたなら意味は分かるわね」
メリアの一言で、確かに聡明なライドは理解してしまった。総意、全会一致、つまりはそういうことだ。彼の派閥はどこへ行った?
「今はフミネの話より、あなたよライド」
ぐびり、とライドの喉がなる。
「ライド、全部を話して。嘘偽りなく、全部を。それから判断するから」
まるで裁判官、まあこの世界にもある制度なのだが、それのごとくメリアは告げた。実際は命令に等しい。故にライドは吐いた。全てを偽りなく告げた。
「ごめん、姉さん。僕は間違っていたんだと思う。ごめん」
◇◇◇
「かまいませんわ。ライドの言葉を受け取りましたわ。そして、弟が謝って許さない姉がいると思われたら心外ですわ!」
「こちらに来たばかりのわたしが、口出しすることじゃないですね」
「全く、この子はもう」
フィンラントの女性たちは呆れ顔である。
「幻滅ですね。お話になりません」
そうぶった切ったのは、シャラクトーン、以後シャーラとしよう、彼女であった。
「どのような理由かと思えば。単に拗らせただけではありませんか」
「ぐ、そ、それはそうかもしれないけど」
「どうしてその先がないのかしら」
「その先?」
「ええ、自分の感情に溺れるのは人の常です。そこに策謀を乗せるのが人の知恵かと思ったのですが、違うのかしら」
「えっと、君は何を」
「わたしは、フォルフィズフィーナ様が婚約を破棄され、その背後にあなたがいたことを喜ばしく思っていたわ」
爆弾投下である。おっとりとしたたれ目でありながら、言っている事が色々ヤバイ。
「え、ええっ!?」
シャーラの発した過激な言葉を、メリアとフォルテは面白そうに、フミネは興味深そうに聞いている。動揺しまくっているのは、ライドだけだ。背後にいる家令やら侍女はまあ、いい。
「わたしは、あなたが王太子を陥れ、王都を混乱に巻き起こし、その後、東西の両側すなわちヴラトリアとフィヨルトからフォートラントを落とすと読みました。大外れでしたけど」
「な、何を」
「てっきり南方諸国には話を通してあるものだと思っていたわ。ヴラトリアが交易を遮断し経済的混乱を、フィンラントが山脈を越えるフリをすれば、南方がそれに呼応する態度を見せれば」
フォートラント王国の混乱、それは連邦の崩壊もしくは再編成を意味する。シャーラはそれを示唆したのだ。
「……君は連邦を壊したいのか?」
「まさか。ただわたしは、あなたにそれくらいの気概と策謀があるのではと、期待してしまっただけですわ」
「とりあえず、フィンラントとしては婚約破棄は考えていません」
メリアが釘を刺した。そこにライドの意思はない。
「ただし、シャクラトーンさんの意志は尊重します。ただし内定していた次期大公は一旦白紙です」
「まさか、ファインやフォルンを!?」
「状況が変わりました。フォルテかライド、あなたに競争相手が現れたのです」
「そ、それは」
「わたしがフォルテの左の翼だからです。それ故にファノト・フィンラントなんですよ」
フミネの発言にライドが驚愕し、そして涙を浮かべた。悔しさと喜ばしさが同時に込み上げてくる。なぜ今になって、だけど姉が翼を手に入れて。
「婚約破棄はしません。大公妃様、お気遣い有難うございます」
「良いのですか?」
「ええ、ライド様のこの情けないお姿。これを今後も見ることが出来るなんて、それもお傍で。最高」
シャラクトーン・フェン・ヴラトリネは、中々に業の深いお方だった。
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