第37話 学園編へのイントロデュース




「失礼」



 宴会からサバトのようになってしまった大騒ぎの後に、フミネの前に姿を現したのは、フォートラントの中隊長であった。


「あの歌もそうですが、沢山良いものを見せていただきました。感謝いたします」


 例の婚約破棄騒動でかなりきな臭くなってはいるが、いまだ連邦の同胞であることは間違いない。中隊長はその立場を謹厳に守りながら会話を続ける。


「いえ、姉に比べれば話にもなりませんよ」


「先代聖女様とは、それほどのものなのですか?」


「あちらはプロ……、職業格闘者でわたしはただの学生ですから」


「なんとっ!」


 中隊長が驚愕の表情を見せるが、事実は事実である。


「学生の身でありながら、あれほどの技を。学生? まさか聖女殿は」


「ああ、それは……」


 日本での立場とこちらでの意味合いの違いだろう。あちらとこちらの学生の差を説明しようとした時だ。


「そこまでにしてくださいませ」


「これはお嬢様。本日はお疲れ様でした」


 フォルテであった。


「フミネもいい加減お疲れでしょう。いずれまた話す機会もありますわ」


「確かにそうですね。では、また。私からも中央に報告はいたしますが、王都に熱い風が吹くことを期待していますよ」


 そう言って中隊長は立ち去って行った。


「ありゃ、バレてるね」


「そうですわね」



 ◇◇◇



 話は10日くらい前の事だ。


 ヴォルト=フィヨルタの一室では、大公とお妃、フォルテとフミネで相談事をしていた。



 さて、フミネがフィンラントになると決意した最大の理由は、もちろんフォルテと共にあろうとしたためである。そして仮にフィンラントになったとして、そこから二つの選択肢が用意されていた。


 ひとつは、フィンラントの庇護下で、『モグリの左翼』となる事。


 もうひとつは、王都の王立騎士学院に赴き、『証を持つ左翼騎士』の資格を得る事。


 フィヨルトにおいて、かつフィンラントとなったフミネにとって、両者に大した差はない。モグリだからと言って中央から召喚がかかったとしても、辺境大公がそれを許すはずもないし、中央もそれを覆すことはできない。フォートラント連邦において、フィヨルトは立派な国であるのだ。


「ご迷惑でなければ、正式な騎士になりたいんですけど、どうでしょう」


 フミネは、迷わず後者を選んだ。


 フォルテの隣に立つ者は、堂々と胸を張らなければいけないのだ。悪役は悪ではない。悪役なのだ。故に、正々堂々としなければいけない、それがフミネの美学であり、目指す格好良さだ。


「だけど、確かフォルテは3年通っていたのよね。そんなに時間をかけるのアレだし」


「いや、フォルテが3年通ったのは、ファルナ、つまり大公家の相続権を持っているからだよ。ほとんどは貴族とは何ぞやみたいな話だね。後は人脈作りといったところだ」


 大公の回答にフミネは半分納得する。


「じゃあ、わたしの場合、騎士になるにはどれくらい掛かるんでしょう」


「わたくしが説明いたしますわ」


 フォルテが入り込んでくる。説明大好きなのだ。


「結論から言いますと、早くてひと月、長くて永遠ですわ!」


 えらくロングスパンだった。


「ああ、なるほど、資格試験みたいなわけね」


 そして日本で生きてきたフミネには、その意味が理解できる。


「資格……試験……、なるほどその通りですわ。試験に受かればいいだけのことですわ」


 フォルテの説明は続く。


 この手の話の御多分に漏れず、騎士適性を持つ人間の多くは、貴族階級から生まれる。適性を持つものを貴族に取り込みつづけたのだから、それもある意味当然だ。その中には、フミネの様に相続権を持たない者も多数含まれる。そういった者たちは悠長に3年もの時間をかけて学院には通わない。


 ただ試験を受け、合格すれば証を得られるわけだ。つまり学院という名の試験会場。それが学院のもう一つの姿である。


「フミネの場合は、そうですわね、戦士の証と、騎士の証。この二つだけで良いと思いますわ」


「そうだね、フミネ殿にはニホンの知識も常識もあるわけだろう。それとこちらの世界のすり合わせは別にここで学べば良いだろうし、長々と中央にいると厄介なことが起きるかもしれない」


「その点についてはごめんなさい。わたしの我儘です」


「いいさ、格好良い我儘じゃないか。聖女は伊達じゃないね」


 大公は大らかに笑う。だが。


「そして当然、わたくしも行きますわ!」


「どうしてそうなる!」


 渾身のツッコミを入れる大公だが、フォルテはあっさりと切り返す。


「わたくしも騎士の証を取りますわ!」


「ああ、たしかにそうね。それもいいわね」


 ここまで会話に参加していなかった、お妃、メリアが割り込んだ。


「あなた、フォルテの気持ちくらい分かるでしょう」


「むぅぅ」


 実はフォルテ、卒業してはいたのだが、騎士の証だけは持っていなかった。他はめちゃくちゃ成績優秀であったし、ソゥドの戦士としては、歴代でも屈指であったのにだ。偏に適性の無さが問題だった。


「どうせ殿下や取り巻きは卒業しましたわ。今なら直ぐに行って、直ぐに取って帰ってきますわ。それに……」


 ちらりとフミネの方を向いて、宣言する。


「フミカある所にフォルフィズフィーナあり、ですわ!!」


「同感だね!」


 仲の良い二人なのだ。



 そうして、フォルテとフミナの王都行きは、3対1で可決された。


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