第35話 新たなフィンラント
「さて、我が娘と悪役聖女殿からの本日の振る舞いだ。『赤熊』で分かるだろう。北東部バナグル山の主と言われているな」
「なんと『赤熊』! 大型下級個体ではないか!」
おおおお!!
すでに夜が迫り、訓練用の各所に敷かれた毛皮の上に、皆が陣取っていた。貴賤を問わずに夜空の下での宴会こそが、フィヨルト風である。
本日最後のイベント、ファノト・フィンラントを目指す者が狩ってきた得物を、皆に振る舞うのだ。パチパチとはぜる焚火に炙られるように、熊の肉が供されていた。
◇◇◇
甲殻騎の登場と時間を同じくし、甲殻獣も変化、いや進化を遂げていた。たった200年の間に、甲殻獣の大型化、多様化が見られたのだ。それがどれだけ異質な事なのか、この世界では理解されていない。進化論など存在していないからだ。一説では、ソゥド力が影響しているとも言われているが、それもまた仮説の域を越えない。
そんな状況で、甲殻獣のランク付けが次代と共に変化していった。大型、中型、小型の分類に、さらに戦闘能力や特殊能力を考慮し、上級、中級、下級が加えられたわけだ。ちなみに伝説の『白銀』は大型中級個体とされている。
◇◇◇
「彼女らが単騎で『赤熊』を討伐したことは、私とメリア、軍務卿、そして第5騎士団長ジェイカー卿が確認している」
軍務卿デリドリアス・ダスタ・ゴールトン伯爵と第5騎士団長オレストラ・グラト・ジェイカー子爵はそれぞれ、前者がフォルテ派、後者はライド派である。すなわち大公と大公国の2大派閥がそれを確認したということだ。
「儂は、間違いなくお嬢様と聖女殿が『赤熊』を屠ったことを、フィヨルトに誓って確認した!」
まずは軍務卿が宣言した。つづいて、第5騎士団長も言う。
「私もだ。間違いなくフォルフィズフィーナ様とフミネ・フサフキ殿が『赤熊』を倒したことを、ここでフィヨルトに誓う!」
うおおおおおお!!
「さあ、問おう。フミネ・フサフキが『ファノト・フィンラント』に相応しく、フォルテの片翼である事を認めるものは立ち上がれ!」
「おう!」
最初に立ち上がったのは、大公家末席に座ってたフミネ当人であった。
「当然のことですわ!」
すかさずフォルテも立ち上がる。
そして、大公家の面々も立ち上がり、それに続くようにその場にいた者たちも膝を上げる。その中には第2騎士団長サイトウェルもいた。若干ふらついてはいたが、それでも眼は輝いている。
「私も是非立たせてもらいたいく思います。感服させてもらった礼として」
さらには見届け役でしかない、フォートラント駐屯軍中隊長までもが立ち上がる。アレッタやその他の者もそれに続く。
全会一致であった。
「通常であれば8割を持って良しとしていたが、全員とは恐れ入った。さあ、拍手を送れ。今日より彼女はフミネ・フサフキ・ファノト・フィンラントである!!」
大公の声が響き渡った。
「さあ、我が娘よ。一言、出来れば穏便な言葉をいただけるかな?」
「はい」
フミネは大公の横に立ち、まずは頭を下げる。
「色々と煽る様な真似、暴言の数々、申し訳ありませんでした!」
最初は謝罪の言葉であった。
「ですが、悪役聖女として間違った事を言ったつもりはありません」
そして覆す。
「いえ、ごめんなさい。まだ聖女じゃありませんね。でもこれからのわたしは、フォルテの姉として横に立って、絶対に妹を空に羽ばたかせることを誓いましょう。それを成し遂げて、悪役聖女を名乗りましょう!」
あくまで悪役聖女を目指すという宣誓であった。
「では、盃を掲げよ!」
大公が真っ先に右手の杯を持ち、それをかざした。
「新たなフィンラントに」
『新たなフィンラントに!!』
こうしてフミネはこの世界での、一歩を踏み出した。
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