第33話 ファラスト型中級甲殻騎改修 騎体番号31452‐02 オゥラくん弐式




「ああ、ちょっと待て、盛り上がりすぎだ。フミネ殿も煽るのは大概にしてくれ」


 大公が穏やかに諭しながら立ち上がる。視線の先にあるのは、フォートラントの421中隊長だ。


「駐屯部隊の皆にはつらい光景だったかもしれないね。それについては申し訳なく思う」


「いえ、皆さんのお気持ちは察せられます」


 堂々と中隊長は言い返した。さらに続ける。


「確かに第4連隊は宰相閣下の指揮下で動いています。しかし私たちは貴国の意思を操ることも、決定を覆すこともいたしません。あくまで駐屯軍として、現地での治安援護、情報収集を行うのみです」


 その目に嘘は感じられない。きっぱりと言い放った中隊長の立ち姿。それを見て中央派は胸をなでおろし、辺境派すら感嘆の表情を見せた。フィンラントに武を貴ぶ気風があるがゆえだ。


「うむ、そう言ってもらえると助かる。では、自称悪役聖女殿に物申したい者はいるかな?」


「そうですな、悪役聖女殿はお嬢様の翼になると仰った。当然見せていただけるのでしょうな」


 これもまた中央派の子爵が立ち上がり、発言した。


「ええ、もちろんです。では場を移しましょう」


 フミネはそう言って、歩き出した。



 ◇◇◇



 そこはヴォルト=フィヨルタ最大の訓練場であり、現在は甲殻騎専用として使用されている場所であった。そこに、片膝を付き、乗降姿勢をとっているオゥラくんがいた。すなわちこれからフォルテとフミネの甲殻騎操作がお披露目されるわけだ。


 遠巻きに集まった関係者の多くが知っている。フォルテの適性が余りに低く、それを建前として婚約が破棄されたこと。国に戻ったフォルテが毎日のように、ぎこちない動作でオゥラくんを歩かせていたこと。


 思いはそれぞれだ。諦める者、悔しく思う者、応援する者。だが一つだけはっきりしている。誰もがフォルテの努力を、例え無駄であったとしても、それを尊いものだと感じていた


「いきますわよ、フミネ!」


「ええ、フォルテ!」


 そんな観衆の視線を浴びながら、二人は笑いあいながらオゥラくんへと歩み寄る。そして軽い跳躍をして、肩に飛び降りた。


「右の翼は、わたくしフォルフィズフィーナ・ファルナ・フィンラント!」


「左の翼は、わたし、フミネ・フサフキ! ファノト・フィンラント予定!!」


 ばつりと開かれたハッチをくぐり、まずはフミネが後部座席に、フォルテが前部座席に着座する。そして、ハッチが閉じられ、数秒後。



 きゅぅぅぅん……。



 独特の起動音が響き渡り、濃灰色だった甲殻が濃紺色に薄く染まる。そしてゆっくりと、ゆっくりとオゥラくんが立ち上がった。


「……稼働音が小さい?」


「なんだあの、動きは」


「おい、おい、あれがお嬢の操作なのか? 適性が付いたのか?」


 ただ、オゥラくんが立ち上がる動作を見ただけで、観衆がどよめく。彼らの多くは騎士なのだ。一目見れば、それがどの程度の力を持つか、感じることができる。


 そしてオゥラくんが完全に屹立する。その立ち姿たるや。


『甲殻騎の強さは、立ち姿で分かる』。そんな言葉を体現したかのような美しい姿だった。



 ◇◇◇



 さらに言えば、オゥラくんは少々形を変えていた。脚部は細身となり30センチほど伸びている。逆に肩幅は甲殻が換装され、50センチほど縮められ、全体のフォルムはスリムに感じられる。しかし、膝、肘、肩、背中は逆に分厚い追加甲殻が攻撃的に装着されていた。安定性を重視していた甲殻配置が逆にトップヘビーとなりその『大型核石』と併せピーキーな操作特性になっていた。


 しかし、それこそがフォルテとフミネのフサフキを実現するための、そのためのオゥラくんに相応しい姿であった。すなわち。


「ファラスト型中級甲殻騎改修! 騎体番号31452‐02」


 フミネが叫ぶ。


「その名も、オゥラくん弐式ですわ!!」


 フォルテも叫ぶ。


 静まり返った訓練場に、熱い風が吹き抜けたかのようだった。


 そして、オゥラくんが歩き出す。


「美しい」


「これは、なんという」


「自然だ、凄いな」


 観衆たちの感想がこぼれた。


 立ち姿だけではない、歩く姿もまた凄まじい印象を発していた。これまでフォルテが独りで操作していたオゥラくんはすでにいない。


 力強く、それでいて優雅に、さらに狂猛な印象すら周囲にまき散らしながら、オゥラくんは歩む。


 皆はすでに納得させられてしまっていた。個人であれだけの武を持つフォルテがこのように甲殻騎を操作している。絶対に、間違いなく、強い。


 それを成し遂げているのは、かの『悪役聖女』。フォルテの膨大な力を、操り、オゥラくんに伝え、逆にそれをフィードバックする。それがフミネの力。


 『悪役令嬢』は翼を得たのだ。



 『悪役令嬢』と『悪役聖女』が対となった時、フィヨルトに新たな力が一騎誕生した、


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