第32話 悪役の心意気
「とりあえず、今出てきた名前の誰かがフミネ殿に突っかかった場合、遠慮はいらんが、ひと月程度の怪我で抑えてくれると助かる」
「随分と微妙な線引きですね。捕まえてしまうのはダメなんですか?」
「所詮は、中央がすでに掴んでいる情報の再確認程度だよ。仮に君が養子になることが決まっても、造反はありえないね。一応私も煽るので、それが最終確認だ」
「なんか気が進みませんね。わたしは、スパッと決着をつける方が好みなんですよ。いたぶる様な真似はちょっと」
「戦い方は任せるよ。ただ、見せしめは必要だと考えている」
「仕方ありませんね」
事前にこのようなやり取りがあったわけだ。
◇◇◇
「フミネ殿、そこまでやる必要があったのかね?」
国務卿が咎めるように言った。
「それは……」
「良いんだよ。私の指示だからね」
フミネの返事を遮り、大公が代わりに答えた。
「それは、どういう」
「事前に何人か選抜していたんだよ。そしてサンタリオ卿、君の名前は一番上にあった」
「ひっ」
第2騎士団長、サイトウェルの顔が怯えに歪む。
「罰は今の痛みと1か月の謹慎だ。それまでに治るような怪我で済ませてくれたことを、フミネ殿に感謝しよう」
「そういうご要望でしたので」
「ところでだ、何故ワザと額で受けたのだ? 確かに、戦い方は任せるとは言ったが」
「いたぶる趣味はないと言ったではありませんか。だから、最初に一撃貰っておいたんですよ。その方が格好良いでしょう。本当は微動だにせず直立不動のはずだったのですが、まだまだ精進が足りません」
「確かにフォルテやメリアだったら、槍を掴んで砕いていたかもな」
会場に乾いた笑いが吹き抜ける。
「戯れが過ぎるのでは」
「そう言うな、国務卿。一覧にある他の連中の顔も見えるが、まあ、ここまでだ」
「御意」
ここで、一件落着かと思いきや。国務卿はさらに言葉を紡ぐ。
「ところで、『悪役聖女』と名乗りを上げたが、どういうことかね?」
ひどく当然の質問だった。
◇◇◇
「ファノト・フィンラントを認める場での、行動、発言は全てが対象となるのは知っているだろう。その上で『悪役』と言うのはどういう意味かな?」
その発言を受けて、フミネはニヤリと悪い笑みを浮かべる。
「文字通り、悪い役を授かったということですよ」
ざわざわと会場が不穏な空気を帯びる。当たり前だ。
さあ、ここからがフミネの見せどころだ。大公とお妃が全部を任せるとした、会議における最初から最後までの試練。すなわち弁舌だ。
「物語や演劇でもいるでしょう、悪役というものが。大抵が主人公たちに武や言論で敗れ去ってしまう者たちが。正義を名乗る者に敗北する役割を担う者が」
滔々とフミネが会議場に語り掛ける。
「わたしはそんな悪役が、実は好きなんですよ。皆さんにもいらっしゃいませんか? もし自分が劇に出るとして、凶悪な顔をして言いたいことを言って、やりたい放題やって、敗れ去ってみたいっておもう方が。ほら、軍務卿なんてお似合いかもしれませんよ」
「わははははは!!」
実はすでにフミネと軍務卿は知り合っている上に、ある程度フミネの気質も知っている。だから大声で笑ってしまった。
「確かに儂に主人公は務まらんな。なにせこの顔だ」
頬をピシャピシャと叩きながら軍務卿が語る。甲殻獣との戦いで、顔には凶悪な傷が多数刻まれている。
「ここで一つの物語をお話させてください。とある国のお姫様は、国と国の繋がりを得るため隣国の王太子と婚約をしました」
場が、びしりと凍る。誰もが何を言い出しているのか理解できてしまう。
「ところがその王太子は貴族たちが通う学院で、『真実の愛』を見つけてしまいます。美しいお話ですね。良い言葉ですね、『真実の愛』。しかも相手は平民です」
もう隠す気も無い。
「どうしてもお姫様との婚約を解消し、平民のお嬢様と結婚をしたいと考えた王太子は、そもそも婚約自体に反目していた派閥と手を組み、一計を案じます」
フォルテが実際に体験したことだ。
「そして、王太子はお姫様の些細な落ち度を咎め、自分を悪とすることなく、むしろ真実の愛に目覚め平民と婚約する『正義』の主人公として、お姫様に婚約破棄を申し渡したのです」
沸騰するような、だが、氷の様な静寂が場を支配する。
「そうしてお姫様は。国に戻され、王太子は平民のお嬢様と婚約をすることになりましたとさ、めでたしめでたし。さて、こういうお姫様の事を、わたしの国、日本ではこう言います。『悪役令嬢』と」
「悪なものかっ!!」
誰が叫んだか定かではないが、それはこの場のほぼ総意であった。
「悪じゃなくなる方法もありますよ? 悪役令嬢が『改心』することによって、別の男性と幸せな生活を送るのです。もちろん『心を改める』必要がありますが」
「改心だと!? ふざけるな!!」
別の誰かが叫ぶ。
「そうです。改心? 冗談にしても笑えません。日本では、そんな悪役令嬢が悪役のまま、改心せずに立ち向かうのです。押し付けられた悪役ならば、そのまま意趣返しに悪役のまま立ち上がるのです。どうです? 格好良いでしょう?」
フミネの弁舌は留まるところを知らない。
「そしてそんな時、なぜかわたしがこの地に現れました。そして甲殻獣に襲われたところを、悪役令嬢に救われて、そして力を合わせて敵を倒しました。だからわたしは誓えるのです」
すでに、皆がフミネの言葉に聞き入っている。
「悪役令嬢が悪役令嬢のままに立ち上がり、それに力を貸すことが出来るならば、出来るなら……」
フミネの頬に、涙が伝う。
「わたしは『悪役聖女』になって、悪役令嬢のフォルテの……、翼となる!!」
フォルテが泣いていた。双子も泣いていた。『金の渦巻き団』も泣いていた。他にも多数の人間がないていた。
フミネは泣き笑いながら最後の言葉を放つ。
「ご清聴ありがとうございました。さあ、フォルテ。出番だよ」
「ですわ!!」
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