機動悪役令嬢フォルフィズフィーナ

えがおをみせて

第1話 フォルフィズフィーナ・ファルナ・フィンラントの事情





「フォルテ、いや、フォルフィズフィーナ・ファルナ・フィンラント。君との婚約を破棄させてもらう」


 王立騎士学院の卒業式後のパーティー会場にて、看過しえない台詞を発したのは、フォートラント連邦王国王太子、ウォルトワズウィード・ワルス・フォートランだった。力強さを感じさせる鋭い茶の瞳、整った容姿を彩る伸ばした褐色の髪が肩口で纏め上げられ、その美麗さを強調しているかのようだ。


「理由は分かっているだろうな」


「臣下の身において殿下の御心を計ろうなどと、考えたこともございませんわ」


「き、貴様はっ」


 王太子から婚約破棄を突き付けられた女性。女性としては長身であり、それでいて体型は違和感を持たれない。すなわち均整がとれているということだろう。白い肌に王太子よりもさらに鋭い目には輝くような、緑色の瞳がある。そして何より彼女を特徴づけているのは、両肩から前に降ろされた巨大な金糸で出来たかのような縦に巻かれた、光り輝く髪であった。



 彼女こそ、この物語の主人公、フォートラント連邦王国辺境大公国フィヨルトが大公令嬢、フォルフィズフィーナ・ファルナ・フィンラントである。



 今まさに、王太子より無体な言葉を投げかけられたにも係わらず、その佇まい、表情には微塵の動揺も感じられない。


 じっと息をひそめて様子を伺う学生たちの一部からも、嘆息を込めてその威容に感服が贈られた。



 ◇◇◇



「わたくしたちの婚約は、多分に政治的な意味を持つものと承知しておりますわ。その婚約を破棄するに至る理由、殿下のお言葉にてお聞かせ願えますでしょうか」


 まさに威風堂々。口調にこそ謙譲の意は表現されているものの、寧ろフォルフィズフィーナの雰囲気から発せられているのは、詰問に受け止められた。


「……ならば語ってやろう。まず、当学院における本年度卒業生の内、筆頭左翼騎士たるアリシア・ランドール。演習を謳っておきながら、暴行を加えたこと!」


「それは、訓練中の事故ですわ。すでに当人に謝罪を済ませ、治療費を含めた賠償を行っておりますわ」


「金に飽かせ、自分の行いを誤魔化したか。謝罪とはな、心で行うものなのだ!!」


「そうでしたか。以後、心が伝わるように精進いたしますわ」


 けろりと答えるフォルフィズフィーナに動揺はない。



「そういうところだ。アリシアを平民と見下し、自らの富貴をもって口をふさぐ、そのような心根の者に、未来の国母足りえるか」


 実はこの場に、アリシアはいない。ここは貴族出身者用のパーティーホールであり、平民出身者は卒業式を終えた後、とっくに退場している。


「申し訳ございませんわ。わたくし自身は国母たろうと努力はしてたつもりでおりましたわ」


「お前の言う努力が、ただ己の能力を向上するためのものだから、私も婚約破棄を決意したのだ」


「不明なわたくしをお許しください。どういう意味か計りかねますわ」


「優しさ、人を慈しむ心、相手の欠点を咎めず、良い部分を褒めようとする性根。お前に足りない物はそれだ!」


「わたくしはただ、足りない物は足りる様努力し、足りた物はさらに満ちる様、発言し自身も研鑽してきたつもりですわ」


「だから、そういうところだと言っているだろうに!! お前は何か? 人は完璧であらねばならぬと言うつもりか!?」



 段々と王太子の口調が荒くなってきたのを周囲も感じ始めた。荒れる。これは荒れるのではないか? まさか先ほどの婚約破棄発言を実現するために、フォルフィズフィーナがワザと抉っているのではないかと、そこまで思い至る者すらいた。



「まあいい。そしてなにより、お前には甲殻騎適性が無い。右でも左でもだ! 王妃たる者、王と共に戦場に出る事すら考えねばならぬ。つまりお前は不適格なのだ!!」



 また周囲の多くが首を傾げる。『そんな法律も不文律も無い』。それどころか、王自らが出陣するなど、むしろ辺境大公たるフィヨルトのお家芸であり、フォートラントの王が戦場に立ったなど、それこそ500年前の聖女との政変以来、そして甲殻騎が成立してからの200年以来、一度も無い。



 納得の表情を見せているのは一部の王太子派、すなわち宰相令息、騎士団長令息、あまつさえ、フォルフィズフィーナの血を分けた弟、とそのおこぼれくらいのものだ。


 すでに、多くの者が感づいている。


 これは、王太子がアリシアを妃に迎えようと画策した茶番であることを。



 ◇◇◇



 そう、ありふれた婚約破棄展開である。


 本来ならば、ここでフォルフィズフィーナに非は無しとしたいところであるが、甲殻騎適性については事実なのだ。ここ100年程で急速に発展し、戦争においても、甲殻獣闘争においても、完全なる主力兵種となった甲殻騎適性は、確かに尊重されるべきものなのだ。


 だが、それを戦場に出ないであろう王妃候補に対し、婚約破棄の理由とするのはいかがなものか。



「そんなお前に比べてアリシアだ。彼女は歴代でも稀有な高適性を持つ筆頭左翼であり、美しく、可憐。さらには相手を認める優しさをも有している。私は彼女こそ聖女の再来かと考えているくらいだ」


 それはまずいだろ。それくらいこの国における聖女信仰は巨大だ。


「殿下は、アリシア・ランドール嬢を、建国の聖女サヤーカ様や、暴虐の聖女フミカ・フサフキ様と同様に見るということでしょうか?」


「そ、そこまでは言わん」


 流石に言い過ぎたと思ったか、王太子は日和った。


「しかしだ、お前とアリシアを比較してみれば答えは明瞭だ!!」


 終わった。観衆はそう思った。要はアリシアの方が好みだから、という理由が大きいのが伝わったからだ。わざわざ冒頭でフォルフィズフィーナが『政治的婚約』と発言したにもかかわらずだ。如何に陛下が病床に臥せり、宰相派が専横していようとも、あの辺境大公を敵に回すのはマズい。


 貴族的発想が出来る者は。すでにこの後の展開に思考を巡らせ始めていた。



「最早問答は無用! 再び宣言しよう。フォルフィズフィーナ・ファルナ・フィンラント。お前との婚約を破棄する!!」



「賜りましたわ。後ほど王都大公邸に文書としてお送りくださいませ。場も冷えたようですし、わたくしはここで失礼させていただきますわ」


 結局最後まで一切の動揺も無く、食い下がりも無く、フォルフィズフィーナは会場を後にした。



 ◇◇◇



 そして半月後、フォルフィズフィーナは連邦王国最西端、フィヨルト大公国へと戻っていた。


 戻ってすぐには、大公国軍を挙げて中央打つべしとの世論並びに、大公家の上から下までもが気炎を上げたが、フォルフィズフィーナはそれを望まず、とりあえずは静観となった。それでも、王太子側に立っていた大公令息ファーレスヴァンドライドは、巷で国賊扱いになりかねないところでもあった。


 一度入った亀裂は簡単には治らない。聖女でも存在しない限り。



「ふぅ、困ったものですわ」


 フォルフィズフィーナは独り、甲殻騎を歩かせながらため息をついた。


 正直に表現すればフォルフィズフィーナも悪い。歯に衣は着せないし、高飛車であり、それを許されるだけの個人的な強さ、特にソゥドの力は、学院でも屈指であった。学科系であっても常に5位以内には入るほどの能力、しかもそれは努力によって得たものだ。


 ソリが合わなかったのだろう。そして大公国を筆頭とする辺境派と中央派の対立、並びに陛下不在による統制の乱れ、最後にフォルフィズフィーナの騎士適正の無さが決定的だった。いや、利用されたと言うべきか。



 ギクシャクとした動作で甲殻騎は歩く。ひどく不格好だ。フォルフィズフィーナもそれを重々承知している。だけど、辺境に戻ってからも、毎日、どんな天候であっても歩く。それが、フォルフィズフィーナだ。


 今日はちょっと気分を変えて、公都北西部にあるドルヴァ渓谷へと向かう。普通に走らせれば甲殻騎で3時間、今の彼女では5時間程の道のりだ。


 200年以上も前、大公国史上最大の甲殻獣氾濫が起きた際、この渓谷で戦闘が行われ、聖女様の力をもってして勝利したという、伝説の戦場跡だ。今では渓谷の入り口には大規模な砦が建造され、再びの氾濫に備える構えとなっている。


 さらには左右の崖上からの進行、攻撃が可能なように整えられた道までもがあった。


 甲殻騎はそこを登る。ゆっくりと、不器用にだけど、着実に。



 ◇◇◇



 崖上まで近づいた時に、すぐ下から物音が聞こえた。


「甲殻獣? ですが報告は受けていませんし、はぐれ?」


 そして、ソゥドで強化されたフォルフィズフィーナの耳に人の声が届いた。


「異世界転移チート!!」



 そうして、フォルフィズフィーナは彼女に出会う。


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