短編集「I need you」

水野スイ

Do you love me?


1 :Do you love me? 

「君を、抱く夢を見た」

 放課後、児童の別れの声が響きわたる、校舎の裏側、夕焼けの光に照らされない、校舎の陰に隠れて、そんなことを言われた。顔も名前も知らない、スーツを着た男に。

 男と出会ったのはほんの数分前であった。わたしは学校の校舎から出ようとしたところであった。ぐいとカバンを掴まれて、何をされるのかと怯え心臓を高鳴らせたほんのつかのま。男はわたしの右手を引いて、校舎裏へと引き寄せた。

 男は何を言うのだろうと、わたしはしばし見ていた。というのもその男は美形であった。鼻は高く背も高く、輝く金色の瞳、長いまつげ。異国からやってきたようであるか、いやはや分からない。わたしはまだドキドキしていた。

「…きみを」

 男は慌てて口を抑えた。わたしがあまりにもじっと見つめるから目を反らした。わたしが嫌悪の瞳で男を見つめていると思ったのだろう。男は息を高鳴らせている。わたしは息を吸った。

「わたしを?」

「ええ、きみを。…不思議です。これは不思議な事です」

 男が2回もそんなことをいうから、怖くなってきた。

「それで、わたしを誘拐でもするおつもりですか?あなたは罪に問われるでしょう」

 わたしは言ってみた。男は目を合わせてきた、また怖くなった。

「そうですね。愛は罪悪に勝つことはできませぬ、しかし、罪悪は愛に勝つことができるでしょうか」

 わたしは何も答えなかった。わたしは答えの代わりに、右手を差し出した。

「それがあなたの答えだと」

 沈黙して。

「とんだ誘拐犯なんですね、どこでそんなセリフを覚えたんですか?安っぽい恋愛ものでも、そんなものはないでしょうに」

「高級な夢物語のほうが好きですか…?」

 男の瞳がそんなことをいうから、私はしばらく黙った。



 男は高そうな車を用意していた。運転席にはひげを丁寧にそった、紳士がいる。白色の手袋をしている。助手席には宝石をちりばめたセンスを手にする女性(らしき人)が居た。紫色の口紅をして、化粧が濃い。苦手だ。

 「これは誘拐ですか?」

 通学路にいる同級生を眺めながら、わたしは男にそう聞いた。

 「いいかい、誰にも言ってはいけないよ」

 男にそう言われたので、窓に見えた同級生のY子をちらりと見てそれから窓の外を見るのをやめた。

 

 「どうぞ、お好きに」

 執事はわたしの手を引いて、車から降ろした。

 ある豪邸の前に着いた。噴水がたかやかに飛び散り、鳥たちのさえずりがいやらしく聞こえた。

 「別にへんなことをするつもりはないのだけれど…彼がどうしてもあなたを見たいというから」

 紫色の口紅をした人はセンスで顔を隠しながらそう言った。

 「きみの家だよ」

 男にそう囁かれたが、私は顔を変えなかった。ただ見渡した。男がなにやら身支度をするからといって席を外した。すると執事は異様にわたしに近づいてきて、何かを渡してきた。固いものだ。そっと中を見ると小型のナイフであった。わたしに一体何をしろというのか、わからない。がしかし、不思議ないやらしさは消えわたしはその場に溶け込んでいた。男が戻ってきて、わたしはナイフを持っている右手を隠し左手を伸ばした。

 男とともに、豪邸の部屋に入っていった。





 "Do you love me?" "Yes, I love you."

 男女で向かい合って、照れくさそうにそんなことを話す。中学生が習うもっと早い段階での英語の授業である。先生が話してみましょうと言うから、話してみる、それでも少し笑って目も合わせられない。早くこの時間が終わればよい、終わればよい。2回繰り返す。

 わたしはそんなことを考えながら、2つ斜め向かいのY子のことをちらりと見た。Y子も同じように照れている。Y子は容姿端麗であった。多くの人が彼女に惚れたのだろうと思う、でもそのたびに彼ら彼女らは落胆する。彼女の完璧さに。

 「よく言えましたね、お互いをもっと好きになって良いクラスにしましょうね」

 先生がそんなことを言う。授業は終わった、私はY子をまた見た。Y子と目が合った、そらした。二度と合わないことを願って、また、彼女を避けた。


 "Yes, I love you...but why?"

 私はそれにそう言った。3年間イギリスに留学した私は流ちょうに英語が喋れた。ただ淡々と流れる時間に嫌気が指したのでそんなことを言ってみた。だが言葉は返ってこないので、つまらないと思った。ただ面白いのは、そんな簡単な会話の後である一人の、一人の男子が私を見つめてくるのである。私が他人にそう言うのが、そんなに嫌?どれだけ私の事を好きなのかと思ったが、それはよくある思春期特有の好きではなさそうなのだ。彼の目には狂気をはらんだ、そんな魅力があることだった。それは毎回のことであった。また、彼に触れたくなった。

 私の一つ上の兄と、私の趣味はよく合うようだった。深くは言わないが、かなり極端に、恐ろしい趣味だと思っている。いつか彼を食い散らかしてしまうようなそんな欲望をはらむ、こころ、特に兄の場合は。といっても、兄は本当の兄ではない。私の父親が再婚したS夫人の連れ子なのだ。紫色のけばけばしい口紅をした気取った女である。苦手であった。お気に入りのセンスを持っては、そのただならぬ欲を発散してきたのではないか。父が死んでからというもの私の家、、、はS夫人の住処であった。豪邸に住んだかと思えば、好きな男を連れ込んでは。傲慢で意地っ張り、しかしそれはましなほうだったと気づくことになる。兄の存在だった。兄は一目ぼれをした人間には、容赦なく手を引きその容姿端麗な姿で食い散らかす。いままで何人の人間が餌食となったか、分からない。恐ろしい、だがそんな兄を見て平然としている私もいたのだから。私も同種であろうと、ただ愕然としている。

 学校が終わってから、通学路を歩いていると見た事のある車が通った。身震いがした。ま、た、事件を起こすのかと。やはりそうだ、と確信したのは窓際に彼が居たからだ。ああ、ついにか、ついに彼も餌食になってしまったか。私はやはりそのときも、愕然としてその場に立ちすくんだ。

 だがしかししばらくして私は走った。車を追いかけるのではなく、ある人物に電話をかけた。執事の、あの家主に。どうか彼を助けてやってくれ、彼は私に必要なのだと伝えた。少しばかり手は打っておいてくれるだろうと、私は息を切らした。




 

 

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