「好き」だとはっきり叫びたいのに何も言えなかった私に、訪れた春

kayako

第1話 無言の親のプレッシャー

 

 自分の好きなものを、好きだと感じた瞬間にはっきり「好き」と言葉に出来る人間って、どのくらいいるのだろう。

 そんな人間が羨ましい。

 そう思いながら、私はこの30年近くを生きてきた。



 私は癒内 心いえない こころ

 一応大学までは出たけれど、生来の引っ込み思案のせいで就職がうまく行かず、ずっと派遣やってるしがないOL。

 なかなか自己主張が出来ない性格を何とかしたくて、ネットでブログや小説を書いたりもしてみたけれど、私の書いたものは誰にも読まれず、ただ沈んでいくばかりだった。

 原因は分かっている。

 自分は何が好きなのか――それを容易に言いだせない、この性格のせい。



 皆は不思議に思うかも知れない。

 一体どうして、好きなものを好きだと言えないのか。

 それは何故かというと――



 私には家族がいる。

 両親、そして年の近い弟。

 弟が大のスポーツ好きだったのに対し、昔から私は、アニメや漫画が好きだった。

 ――そして、ここからが問題なのだが。


 物心つかないうちから、弟は私の好きなものを面白がりオモチャにし、散々バカにした。

 特に、私が少しでも異性(二次元三次元問わず)に興味を示した時の反応の凄まじさたるや、思い出したくもないレベル。

 だから――

 同じ漫画やアニメ、ドラマやバラエティを見ることもよくあったけど、弟の前では極力、誰が好きとかの話題は出さないようにしていた。

 それでも念入りに問い詰められたりして、その結果勘づかれてしまうこともしばしばだったけどね。


 弟のそういう態度、子供のうちはまぁしょうがないとしても。

 二十歳過ぎても大して変わらないのだから恐れ入る。

 お酒飲みながら、自分は大好きな女優のドラマ堂々と見つつ、私の好きなアニメや漫画やアイドルを馬鹿にする発言をするんだから。

 アニメでよくいる姉キャラだったら、口喧嘩で簡単に弟をやりこめるものだけど、私は残念ながら、口喧嘩でさえ弟に大敗北する姉だ。

 勿論頭も力も学歴も、弟には叶わない。

 弟は堂々たる正社員、私は派遣。現在のステータスも大敗北。



 まぁ……そこまでなら、まだいい。良くないけど。

 さらに問題なのは、ウチの両親。



 父も母も、『アニメ・漫画=幼児の見るもの(少なくとも小学生で卒業するもの)』という認識から絶対に脱却不可能な世代だ。

 だから、中学生の頃から真夜中でも構わず起きて深夜アニメを見始めていた私は、特に奇異な存在に映ったに違いない。

 ちなみにその頃はまだ、アニメがネットで見られる時代ではなかった。



 父も母も、口ではこう言った。口では。


こころ。好きなものを見ていいんだぞ」

「私たちは何も言わないからね」


 そして、そう口にしながら、うちの親は――



 真夜中、うちで唯一テレビのある居間で一人、大好きなアニメを楽しもうとしていた私の背後に

 何 故 か やってきて、どっかりと座るのだ。



 別に用があるわけではない。一緒にアニメが見たいのかというと、それもありえない。

 たまたま起きてしまったから、たまたま水が飲みたかったから、居間に来ただけ。

 だったらすぐに戻ればいいだろうに、何故かずっといる。私がアニメを見終わるまで、ずっと。

 理由は多分、娘の趣味がどんなにバカなものであろうと受け入れる、そんな『寛容』で『理解ある』親でいたいから。


 そういう態度をあからさまに見せつけながら、私の背後に陣取る親。

 こうなるともう、アニメの内容など入ってこない。親の視線ばかりが気になってしまう。

 推しキャラがどれほどカッコよく決めようが、どれほど健気に戦おうが、何も頭に入ってこない。


 親はその間、何も言わない。

 私の見るテレビ画面を、同じようにじっと見据えるだけ。

 新聞でも見ていてくれと願いながら恐る恐る振り返ると、ただひたすらじっと、私とテレビを見据えているのだ。


 推しキャラの活躍を楽しめる夢のような時間が、親の登場により一瞬で地獄に変わり。

 私はただひたすら、逃げることも出来ずに画面を見つめ続けるしかない。

 無理矢理テレビを消せば、「何で消すの? 好きなら見てなさいよ」の一言が降ってくるから。


 そんな親に対して、私は何も反論出来なかった。

 第三者から見れば、悪いのは中学高校にもなってくだらない深夜アニメを見ている私の方であり、そんなしょうもない娘をちゃんと養い、理解までしてくれる親は実に寛容な存在である。

 一家の主たる親が、テレビのあるリビングにふらりと立ち入るのを、誰が責められよう。


 だったらアニメの内容について少しぐらい何か聞いてくれてもいいものを、親は映像が流れている間は、徹底して何も言わなかった。

 そして、どんなに内容が感動的だろうと衝撃的だろうと、番組が終わった直後、親の口から出る言葉はいつも一緒。


 父の言葉はこう。

「いつまでもくだらないもん、見てるんじゃないよ」

 母の言葉はこう。

「あの目玉、気持ち悪いわね」


 どんなにファンの間で評価されているアニメを見たところでこれだから、私ももうずいぶん長いこと、内容をかいつまんで説明するという努力も放棄していた。

 何故かって?


「このアニメは今までのアニメと違って、内面描写や心の動きの緻密さが凄いんだよ。

 日本の環境問題も扱っているし、都会の風景もリアルで……」

「ふーん。あの鼻、ありえないわね」


 口下手に関しては天下一品な私が一生懸命説明したところで、答えがコレではね。


 うちの親がこの手の言葉を言わないアニメは実に限られており。

 一つは、弟の大好きな国民的バトルアニメ。

 理由は簡単。親が文句を言うと、それ以上の勢いで弟は親を罵倒しまくるから。その勢いが私にも欲しかった。

 もう一つは、親とが認めるレベルの社会現象になったアニメである。

 若い世代で社会現象になった、という程度ではてんで駄目で、ジ〇リやディ×ニー級に全世代に受け入れられなければ、絶対にうちの親がアニメを認めることはない。




 実際、登場キャラの精神描写など、様々な演出が斬新で話題になったロボットアニメがある。

 私たちの世代では完全に社会現象となり、一般のメディアにも露出したものだが、それでもうちの親は頑なに、そのアニメの内容を理解しようとはしなかった。

 どれほど画面の中で、キャラが『父さん、僕を認めてよ!!』『母さんやめて、私を捨てないで!!』と叫んでも、うちの親にその声が届くことは全くなく。

 キャラの目が気持ち悪い。アニメや漫画はくだらない。

 ただそれだけの理由で、語られている内容そのものを拒んだ。というか、アニメを理解するという発想がまずなかったのだろう。


 しまいには、そのアニメの解説の為にバラエティ番組に引っ張り出されたタレントや有識者までもを、『ただの気持ち悪いデブオタ』と一蹴する始末。弟も勿論、その尻馬に乗っていた。

 そのタレントたち、そう言われても仕方ない容姿をしていたとはいえ。



 というわけで――

『好き』を『好き』だと表現すれば、家族に馬鹿にされ、白い目で見られる。

 そんな出来事がずっと延々続いた結果、私は『好き』を『好き』だと言えなくなった。

 親が何かおかしなことをしたわけではない。

 DVでもモラハラでもない。アニメを見るなと言われたわけでもない。

 ただ、アニメを見る娘を、親は黙って眺めていただけ。

 娘そのものを馬鹿にしたわけではない。ただ、娘の見ていたものを嫌っただけ。

 この状況では、悪いのは全面的に、アニメを見ていた私。

 例え怒りを露わにしたところで、過失割合0対10で私が負ける。



 ――そして。

『好き』を『好き』だと言えないまま、私は新卒での就職に見事に失敗、派遣OLとなり。

 自分の稼ぎで一人暮らしも出来ず、実家暮らしに甘んじるままだった。

 これにより、私の好きなもの=アニメや漫画に対する親の偏見は、さらに根強くなり。


 ――頭はいいはずなのに、オタクになったから派遣OLなんかになってしまった。

 ――こうなったら早く結婚するしかない。それしかお前の生きる道はない。


 食事のたび家族全員にそう言われるので、仕事が終わっても外で食べて遅くまで帰らなくなることが多くなり、資格の勉強ばかりをするようになった。

 家出だって何度考えたか分からない。でも、自分の収入を思うと、どうしても出来なかった。



 そうして時は過ぎ。

 私はいつしか、30歳にさしかかろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る