第6話 仁とルーシーの学校生活

 月曜の朝、仁とルーシーは朝食を取った後に学校へと登校するのだが、登校時間を五分ずらしていた。


 その理由は一緒に歩いているところを他の生徒達に目撃されないためだ。


 あれこれ質問攻めされて二人の関係がバレるのが色々面倒になるため極力平穏な学校生活を送りたいからだ。


特別学科と普通科が仲良くしてること自体があり得ないという風潮もあるためだ。


 仁はいつも通り自分のクラスの席に座り、ヨハンが仁の方へと駆け寄る。


 「なぁ、お見合いの件はどうだったんだ?」


 ヨハンは仁の耳元で囁く。


 「それならダメだったよ」


 当然、仁の言っていることは嘘だ。


 「マジかよ……まぁっ、俺には関係ないからいいとしても期待してたんだけどなぁ……」


 ヨハンはどこかガッカリしているようで、仁は「そんな都合よく金髪碧眼の巨乳美少女が来るわけがないだろ……」と溜め息を吐く。


 「仁、ヨハン君、おはよう……」


 「「おはよう」」


 ルーシーは仁とヨハンに挨拶をした。普段キツめの口調で「キモい!」「こっち見るな!」と言わずに挨拶してくれたことが珍しかった。


 「仁とルーシーってそんなに仲良かったっけ?」


 「別にそれ程でもないけどな……ルーシーって幼なじみの侑と同じクラスメイトだし……」


 「そうか、二次元美少女以外興味ないとか言ってたから生身の女子とは全然会話しないのにあの辺とは普通に会話してるよな」


 「ばっ……他の女子と違ってルーシーはいい子だからだよ!ちょっとキツめでお節介なだけで……」


 ヨハンに的確に当てられそうになったために声を少し強めにルーシーがいい子であることを強調し、お節介であることを付け加える。


 「お前って結構ルーシーみたいな子が好きなようだな……」


 「絶対何か変なこと妄想しただろ?」


 「さあね」


 もしかしたら仁はヨハンにツンデレ巨乳フェチ疑惑を持たれたのかもしれない。その上、ルーシーは長い金髪をツインテールにしているため尚更だ。



*****


 昼休み、仁はヨハンにルーシーの手作り弁当を見られないようにするため一人で誰も寄らない校庭のベンチで食べることにした。


 弁当の中身は卵焼きにウインナー、レタス、ミニトマト、白米と日本人の弁当としてはベターなものだった。


 「やっぱり美味しかぁ~」


 仁は自身の頬っぺたを押え、口元がとろけそうになるほど緩ませていた。


 普段はほぼ一日カップラーメンやパン、コンビニ弁当で済ませている仁からしたらルーシーの手作り弁当を一気に食べるのはどこか心もとない気持ちがあったのかゆっくりと味わっていた。


 弁当を食べ終わった後、暫く景色を眺めようとしていると、ルーシーが男子生徒にどこかへ連れられているのを目撃した。


 「ルーシーじゃん、それにあの男は何ばしよっとやか……」


 気になった仁は後ろからバレないように距離を置きながら尾行をした。


 行きついた先は体育館裏で、仁はすぐさまこれから何が起きるのか勘ぐった。


 (間違いない、これは愛の告白をするつもりだ)


 そんなルーシーと男子生徒を陰から見守っていた仁はどういう状況になるのかを半ば楽しんでいた。


 「ねぇ、何でだよ?」


 男子は軽薄そうな声でルーシーに尋ねる。


 「なぁ、いいだろ?……三日だけでもいい……お試しとして今日だけでも……それでもダメなら友達からでもさぁっ……」


 仁は物陰に隠れながら密かに煙草とライターを"召喚"し、口に咥えながらその光景を眺め、男子が冗談めかした雰囲気を出していたがどこか怒気が含まれているようにも感じ、会話の内容から色恋沙汰をしているのだ鈍感な仁でも理解できた。


 「別に、私はあなたのことが好きでもないのにどうして付き合わなければいけないんですか?ちゃんとと伝えていますのに」


 ルーシーは妖艶で白磁色の肌に金髪碧眼美少女で愛想笑いを分け隔てなく振る舞うのとは裏腹に、無機質で冷たい声で男子のお誘いをきっぱり断っていた。


 そのしつこさに仁も(いい加減諦めろよ)と苛まれており、これが婚約者だからなのかルーシーだからなのかは本人自身分からず、煙草を吸う本数も増えていく一方だ。


 仁の仮初の婚約者にくどく縋っている男子生徒は仁達より一学年上のバスケ部でもっとも実力の高い次期キャプテン候補とも呼ばれた福海ふくうみだ。


 福海は朝礼などでも表彰されているのでそれなりに実力があるのは確かだ。しかし、バスケ部員同士での噂に関してはお世辞にも良い方ではないことは同じ軽音部の部員でもある紫龍とドラムの悠野はるのと会話している際に情報を得ていた。


 「え~、俺のどの辺がダメなのよ?ルックスも成績も悪いとは思わないんだけどなぁ~」


 「全体的に好みではありません!これではダメかしら?」


 仁はそんな福海が何故バスケ部員から嫌われているのかを理解した。


 この鼻にかけるような態度と中身の軽薄すぎる部分が主な原因だろうということを。


 そしてルーシーはバッサリと斬り捨てる。


 ルーシーは少し苛立っているようで、それは福海自身同じことだったのだ。


 自分の告白をバッサリと斬り捨て断る女子など今までにいなかったのだろう。


 否、上手く断れなかったという方が正しいのかもしれない。


 「そうお固くならいなでさぁ……俺だったら君の役に立てると思うしお願い!」


 「別に私、あなたに助けてなんて一言も言ってませんし……そこまで困ってませんから!」


 「でも、噂によると君、親子関係も良好ではないそうだし、俺の父さん、この辺でも有名だからさ、ほら、俺ならきっと君を幸せに……」


 ルーシーの無機質な表情がさらに凍えるように冷たく、鉄仮面のように表情は変わっていった。


 「悪いけど、お断りします!もうこれ以上あなたと話す理由もありませんわ!」


 ルーシーは吐き捨てた後、教室へと踵を返し立ち去ろうとすると福海はルーシーの華奢な腕を強引に掴んだ。


 「放してください!これ以上しつこいようですと先生にこのことを報告します!」


 「なぁ、もう少し俺の話を聞いてくれても……」


 仁はあまりの苛立ちに煙草を地面に捨てた後、煙草を踏みつけ地面に擦り付けた。


 そのまま放っておいても良かったがあまりにも状況が悪化しているため大惨事になる前に止める必要があった。


 「そこの雑種!彼女が嫌がっているのが分からぬか?」


 仁は姿を現し強く福海を咎め、じっと見つめながらふくうみへと近づく。


 「なっ……誰だよ、お前……には関係ないだろ?」


 福海は表情を歪め、自分が無理強いをしていることを自覚していたのかは分からないが少し焦っているようだ。


 「超絶美少女が困ってたから放っておけないのは世の常。それに雑種、そうやって可愛い女の子を見つけては毎度の如く告白してるようだが?その薄汚い面でよくルーシーに告白できたな!」


 そう言って仁は迫ると福海は視線を逸らした。


 「一年のくせに調子乗るなよ!それになんだよその髪型、九十年代のアイドルだか俳優だか知らないがそんなロン毛にしてよ、お前それカッコいいとかおもってるんじゃないの?厨二病かよ?正直言ってダサい!それに一瞬女子かと思ったぜ」


 福海はそう言いながら仁の体を押すように手を伸ばしたが殴るほどの勇気はないようだ。


 案外このような人は気が弱いことがある。


 仁は中学の頃、虐めにより不良と化した親友のジョセフと共にギターの練習をしたり筋トレをしていたりとしていたため、近づかれても怖いと思うことはなかった。


 しかし、下手に殴って問題になるのも後々面倒になるだろうからと手を出すことはできなかった。


 「俺にとってはどうでもいいが、その薄汚い手を今すぐ放せ。それに、そのドブのように臭い息を吐くのはそれぐらいにしておけ」


 福海は仁の煽りでルーシーを掴んでいた手を放した。


 ルーシーは仁の背に隠れ物凄く怯えていたようだ。


 「お前……名前はなんて言うんだ?」


 「貴様のような下等なヤリチンやろうに名乗る名前などないが敢えて言おう。俺はジョルノ・エンキドゥ・アントワネットだ!二度は言わんから覚えておくのだな、雑種」


 本当は教える気もなかったが臆したり隠す理由などが特変なかったため仁は訝し気に答えた。


 「…………ジョルノ・エンキドゥ・アントワネットか、その名前…………よーく覚えておいておこう」


 福海はそう吐き捨て、逃げるように去ったのだ。


 「雑種風情が、ルーシーのハートを射止められる器でないことを自覚できぬとは哀れなものよ……」


 仁は鼻で笑いながら唖然としていた。


 「…………仁、あの」


 「どげんしたとね?」


 仁の口調は元に戻り、ルーシーはどこか遠慮しがちにおどおどとした表情で声をかけ、「…………その、さっきはごめんなさい」とぺこりと謝った。


 「よかばい、俺の方こそ勝手に割り込んで迷惑やなかったね?」


 「いいえ、私もあれは困ってたから助かったわ……それに、さっきのジョルノって……ごめんなさい、聞かないほうがいいわね……」


「ジョルノは俺の本名だからね、ただそれだけだよ」


「……………………っ」


 仁が咄嗟に名乗った名前が気になったのかルーシーは尋ねようとするも口を止めた。


 ルーシーは介入されるのをあまり快く思っていないのか、仁もあの場で留まるつもりでいたが本能的に動いた結果を考えれば仁は婚約者としての責務を果たせたであろう。


 喧嘩っ早い仁の性格上、介入してしまったのは仕方のないことではあるが。


 「俺が入って邪魔やったならごめんね」


 「……私は大丈夫よ。仁の方こそ…………大丈夫なのかしら?」


 ルーシーは心配そうに言い、仁は何のことか分からず首を傾げた。


 そして、ルーシーが心配しているのは自分のせいで福海に目を付けられたことであることも理解した。


 「やっちまったもんはしょんなかばい。あの俗物、ああやって粋がってるけど俺を殴れんかったってことは案外気の弱い小心者やろうけんくさ」


 「でも、あの人って次期キャプテン候補でお父さんは有名な方なんじゃ……」


 「そげんみたいやね。あいつ評判はばり酷かばってん」


 「そうなの?」


 クラスメイトや軽音部内でも福海の悪口を言うものは多数である。しかし、仁は人の他人の悪口ほど不愉快になる物はない。


 「ルーシーは特別学科だから知らんだろうけどね。あいつさ、バスケ部以前に学校中の生徒にもあまり慕われとらんけんね。可愛い女の子見つけては告白しまくっている最低男みたいだからさ。侑達にもちゃんと警告しとかないかんばい」


 「そうなのね……、エミリアも確かこの前告白されたみたいだからそうするわ」


 仁は何も言わず頷いた。


 福海は自分の地位を向上させるために行っているため質が悪すぎる。


 「本当に大丈夫かしら?」


 「無視したらよかばい。何かあったら俺がぶちのめしといちゃるけん」


 「……はい、って……仁、暴力はメッ!」


 ルーシーはいざとなったら暴力で解決しようとする仁に注意を促した。

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