クラスメイトは俺のことを全部『わかっている』らしい
@cactas
偶然が必然だと言うのなら
「天城くん。キミは『運命』というものを信じる?」
「どうかな。そういうものがあるならロマンチックとは思うけどな」
「その感じだと、キミは信じてないタイプかな?……はい、王手」
「うげっ……まぁ、半々ぐらいかな。そういうのって結局当人たちがどういう風に受け取ったか次第じゃないか? 例えば、俺にとっては運命でも、道明寺にとってはなんでもないありふれた出来事って可能性もあるし、その逆もあるだろうし。ただ、俺は『運命』とか感じたことはあんまりないから……よし、これでどうだ」
「私の質問に真面目に答えるふりをして、考える時間を稼ぐっていうのは悪くないけど、本当に絶妙に責められないレベルで姑息だね。天城くんは」
「姑息だなんて人聞きが悪いな。それに俺はいつだって大真面目だ」
「そういうことにしておいてあげる。ところで、さっきの遠回しに私との出会いは運命だった、って言われてる?」
「言ってない」
「そう。それは残念。私は感じたんだけど」
と言いつつも、さして残念そうな素振りは見せず、道明寺は将棋盤に視線を落とす。
つられて、将棋盤に視線を向けながら、俺は道明寺との出会った日のことを思い出していた。
◇
「はぁぁぁぁぁ……やっちまった」
その日、俺――
たまたまいつもより早く目が覚めたので、適当にぶらつくかなんて考えたのが、そもそもの間違い。
服を見たり、漫画を買ったり、ゲーセンに行ったりと一通りやることをやって満足したので家に帰ると、そこでふと気付いた。
家の鍵がない。
なにかの拍子に家の鍵を落としてしまったらしい。
鍵を落としてしまったのはこの際しょうがないとして、問題なのは、家に誰もいないこと。俺以外の人間が夜まで帰ってこないということだ。
そして、探し回ること二時間弱。
心当たりのある場所はだいたい調べ尽くしたものの、見つからなかった。
誰かに拾われたか、どこかの側溝にでも落としたのか。
とりあえず、届け出は出したから、運が良ければ返ってくるだろうけど、どっちにしても、今日は家に入れなくなってしまった。なんでこういう時に限って、家の鍵なんて落としちまったんだ、俺は。
「はぁ……ついてねぇな……」
これなら二度寝して、いつも通り家でゴロゴロしていた方がまだ良かった。
昼飯は家にあるものを食べようと思って、普通に金使ったから、外で飯を食えるだけの金も持ってないし。
いっそ、誰かの家に転がり込んで夜までいさせてもらうか? 悪い気もするけど、目的もなく、何時間も時間を潰すのはキツいしな。
……とりあえず、今家にいるかだけ確認するか。いきなり行って、親しかいなかったらちょっと気まずいし。
そう思って、ズボンのポケットからスマホを取り出し、誰に電話をかけようかと連絡先を眺めていると。
「ちょっといいかな」
「…………へ? 俺?」
自分が声をかけられているとは思わなかったので、一瞬反応が遅れる。
顔を上げると、目の前に女子が一人立っていた。
「道明寺、さん?」
俺が名前を呼ぶと女の子――道明寺は不思議そうな顔をする。
「私のこと知ってるんだ」
「そりゃ有名人だし……」
「あはは、面と向かってそう言われると恥ずかしいね」
そう言って、道明寺は頬をかいて、照れ臭そうに笑う。
俺と同じ緑桜高校の一年生であり、あまりのスペックの高さから、校内で知らないやつはほぼいない有名人だ。
腰の辺りまである綺麗な長い黒髪。飛び抜けてはいないものの整った顔立ち。そして、特徴的な赤い瞳。
それに加えて、期末テストで脅威の全教科ほぼ満点を叩き出し、全国模試では5位を取るほどの学力。
それでいて、自分の容姿や賢さを鼻にかけず、誰に対しても分け隔てなく接し、親身に相談に乗る人柄。
頭脳明晰、容姿端麗、温厚篤実etc…。
この辺の褒め言葉はだいたい道明寺に当てはまる。
あまりにも人間として出来すぎていて、一部の生徒は道明寺のことを『女神』と呼んで信者化してるとか、ファンクラブがあるとか、週一で告白されているとか。道明寺関連の噂は後を絶たないほどだ。
とまあ、軽く挙げただけでも住む世界が違うとわかる。そんな人が俺になんの用だろうか。
たまたまクラスメイトを見かけたから軽く挨拶をしにきたってわけでも……いや、普通にありそうというか、その可能性が高い。俺の勝手なイメージだけど、道明寺は普通にそういうことをしそうだ。
「話が逸れたね。なんだか悩ましそうに項垂れていたみたいだけど、なにか困り事?」
「あー……まぁ、それなりには」
「よければ聞かせてもらえない? 力になれるかもしれないし」
そう言って、道明寺は俺の左隣に座る。
「大したことじゃないんだけど、家の鍵を落としたんだ。さっきまで探してたんだけど、全然見つからなくてさ。おまけに父さんも母さんも今日は夜まで帰ってこないから」
「なるほど。それは確かに大変……ううん、大変だった、が正しいのかな?」
「?」
言っている意味がわからず、首をかしげると道明寺は右手を差し出してきた。
「これ、ひょっとしてキミのじゃない?」
道明寺が手を開くと、そこには狛犬のキーホルダーがついた鍵があった。
「あ、その鍵……」
「キミと会う少し前に拾ったんだけど……良かった。その反応を見るに正解だったみたい」
見覚えのあるそれは間違いなく、俺が落とした家の鍵だった。誰かが拾ってくれればと思ってたけど、まさか道明寺が拾ってくれてるとは。
「ありがとう、道明寺さん。マジで助かったよ」
「大袈裟だなぁ。別に命が危ないーー」
と、その時。
ぐぅ、と腹の鳴る音が聞こえた。
誰のって? もちろん、俺の。
それは道明寺にも聞こえていたらしく、一瞬キョトンとした後、可笑しそうに噴き出した。
「ふふ、訂正。大袈裟じゃ、なかったかも。ふ、あははは」
そりゃあれだけ動き回ってたら、腹も減るよな。そもそも朝飯も食ってないし。昼飯まで抜いたら、その辺でぶっ倒れてる自信すらある。
だから、腹が鳴ったのはしょうがない。めちゃくちゃ恥ずかしいけどしょうがない。
「ふぅ、ごめんね。笑っちゃって。お詫びと言ってはなんだけど……はい、これ」
ひとしきり、笑った後、道明寺は左手に持っていたビニール袋からなにかを取りだして、こちらに差し出してくる。
「おにぎり?」
具は……梅干しか。
「食べていいよ」
「食べていいって、道明寺さんが食べるために買ったやつだろ、これ」
「そうだけど、お腹空いてるんでしょ?」
「そりゃ減ってるけど。ここまでしてもらうわけにはいかないっていうか、むしろ、俺の方が鍵を拾ってもらったお礼とかする立場じゃないか?」
「じゃあ、そのお礼として、私と一緒にお昼食べてくれない? 一人で食べるのは寂しいから」
道明寺はビニール袋からサンドイッチとお手拭きを取り出す。
「はい、手を拭いてから食べないとお腹壊しちゃから」
ずいっと押し付けるように差し出されたお手拭きを渋々受け取る。
「ああ、うん。そりゃそうなんだけど、なんつーか……」
これはこれで違うような気がする。とは思ったものの、俺が口ごもっているうちに、道明寺はささっと手を拭き、包装を開けて、サンドイッチを食べ始めていた。
手際が良いというかなんというか……とりあえず、返すって言える状況じゃないな、これ。
でも、特になにかしたわけでもないのに、貰うってのもなぁ。
そうして、おにぎりとにらめっこをしていると、もう一回腹が鳴った。
また笑われるかと思って、横にいる道明寺を見る。
道明寺は笑ってなかったけど、サンドイッチを食べながら、『食べないの?』とでも言いたげな視線で俺の方をじっと見ていた。
悩むこと十秒。その視線と食欲に負けた。
「……いただきます」
「んくっ、どうぞ」
手を拭いてから、おにぎりの包装を開けて、一口食べる。
うまい。おにぎりは好きだし、具の梅干しも好きってのもあるけど、腹がめちゃくちゃ減ってたから、もっとうまい。
さっきまでの申し訳なさはどこへやら。食べ始めるとそのまま一気に食べきってしまった。
「おいしかった?」
「あー、はい。おいし、かった、です」
「なんで片言?」
それは俺も聞きたい。
先に食べきって、手持ち無沙汰になったので、なんとなく横目で道明寺の方を見る。
一口一口が小さいからか、黙々とサンドイッチを食べる今の道明寺はウサギやハムスターみたいな小動物のように見える。
面白いわけじゃないけど、ずっと見てられるみたいな。
俺が言ってもキモいだけだろうから、絶対言わないけど。
「ごちそうさまでした」
道明寺はサンドイッチを食べ終わると、不意に立ちあがり、俺の方に体を向いてにっこり笑う。
「じゃあ、『天城くん』。また明日」
「ま、また明日」
声が裏返りそうになるのをなんとか抑えつつ、そう返すと道明寺は満足そうに頷く。
さっきまではついてないなと思ったけど、どうやらそうでもなかったみたいだ。
住宅街の方に歩いて行く道明寺を見送りながら、そんなことを思った。
◇
思い返してみれば、まぁ、それなりに印象的ではあった。
実際、あの時の一件がきっかけで、こうして放課後教室に残ってゲームをしたりする仲になったので、捉え方によっては運命なのかもしれないし、ひょっとしたら、そういう出会いに意味を見出す人間をロマンチストと呼ぶのかもしれない。
「今、『捉え方によっては運命かも』って思ったでしょ?」
「別に、思ってねえよ」
「思ってるよ。私には『わかる』から」
自信に満ちた声で道明寺はそう言い切った。
これだ。
どういうわけか、道明寺は俺の考えていることや、やろうとしていることが『わかる』らしく、それを正確に言い当ててくる。
周囲の人間に言わせれば、俺は嘘をつくのが下手らしいが、それとこれとは話が別。道明寺のは超能力とかそういうレベルだ。まぁ、それぐらいすごいってだけで本気で超能力を持ってるとは思ってないが。
あまりポンポン当ててくるもんだから、なんで当てられるのか聞いたこともある。
その時は『私が一番わかってるからね』とはぐらかされた上に『超能力じゃないよ』と釘をさされた。
おかげで戦績は酷いもんだが、負けっぱなしのままじゃ俺の気が済まない。
「それと、さっきの悪手。七手以内に詰むよ」
「……待ったは?」
「なし。仮にも賭けをしてるんだから」
ダメもとで聞いてみたが、案の定、拒否された。
「どうする? 投了の権利はあるけど?」
試すような口ぶりで道明寺は俺に問う。
盤面を見ても、俺にはわからないが、道明寺が言うなら、俺の負けはもう決まっているんだろう。道明寺はアナログ、デジタル問わず、ゲームが上手いし、今回の将棋だけでなく、囲碁、オセロ、チェスのどれもが道明寺が『宣告』された通りに負けた。
だが――。
「しない」
そう答えると道明寺は「だろうね」と言って、ころころと笑う。
いつも『宣告』した後、降伏勧告をしてくるが、俺はそれを受け入れたことはない。ゲームとはいえ、勝負である以上、負けるとわかっていても、足掻けるところまで足掻くのが俺の信条だ。
それに言われた通りに負けるのはなんか癪だ。なにをしても無駄だって言われてるみたいで。
今しがた『宣告』を食らったばっかりだが、今日という今日は勝たせてもらう!
「いやぁ、勝った後のアイスカフェラテは格別だね。キミもそう思わない?」
「……勝ったことないからわかりませんけど?」
負けた……いけるような気がしたが、道明寺の宣告通り六手目に詰まされた。
賭けに負けたということで、今日もアイスカフェラテ(税込180円)を奢ることになっていた。
バイトしてるし、多趣味なわけじゃないから、そこまで大きい出費じゃないものの、負けて金払ってるっていう状況のせいで妙に痛く感じる。
「ああ、そうだったね。一応、私の三十七戦全勝だ。このペースだと卒業までに百勝は余裕で出来そうだ」
「言ってろ。……次は勝つ」
「期待しておくね」
もう何度目になるかわからない捨て台詞に、道明寺は余裕たっぷりの笑みを浮かべて、からかうような口調で言ってくる。
少しイラッとしたものの、実際に道明寺に勝てそうなゲームが見当たらない。かといって盤外戦術に訴えても、最終的にこっちのペースが乱されるだけで意味ないどころか逆効果だしな……。
「飲む?」
どうしたものかと考えながら、道明寺の方を見ていたせいか、道明寺は俺が喉が渇いていると思ったらしく、手にしたアイスカフェラテをこっちに差し出してきた。
「飲まん。それはお前の戦利品だろ」
別に喉は渇いてないし、勝者からの施しは受けるつもりはない。
そう答えると、道明寺は意外そうに目を瞬かせる。
「ああ、気にするのはそっちなんだ。私はてっきり間接キスになることを気にしているのかと思ったよ」
「中学生じゃあるまいし、そんなの気にするか? それに気になるなら、その時は蓋とって直接飲めばいいし」
「……わかってるけど、こういうところは本当にからかい甲斐がないね、キミは。少しぐらい恥ずかしがってもいいんじゃない?」
なぜか不満げに道明寺は呟く。おあいにく様、その程度のことで慌てふためくほど、ウブじゃない。まぁ、今まで彼女がいたことなんてないから、ぶっちゃけ恋愛弱者もいいところだが、女性に対する免疫がゼロってわけでもない。
というか――。
「なんかその言い方……」
「おっと、デリカシーのない人間は嫌われるよ。少なくとも、私は嫌い」
食い気味に道明寺は言う。
顔は笑っているが、目が笑ってなかった。
道明寺は感情を剝き出しにして怒らず、理知的っていうか、静かに怒るタイプだから圧がすごいんだよな。すぐに謝らないと、碌な目に遭わなさそうな感じがする。
「……悪い」
とはいえ、今のは完全に失言だったので、大人しく謝罪を口にする。決して圧に屈したからってわけじゃない。
「まったく、キミは基本的にいい人間だけど、たまに失礼千万というか、無礼な言動が玉に瑕かな。気を許した相手にしかしないっていうのは、普段のキミを見れば、わかるんだけどね」
「……耳が痛い」
親しい女友達がいないってわけじゃないけど、道明寺が相手だと、つい男友達といる時のような感覚で話してしまう。気兼ねなく話せるってのは良いことだが、それで相手が不快になっていたら意味がない。
「そう思うなら、気を付けなよ。相手が私じゃなかったら、好感度だだ下がりだからね」
「道明寺は下がらないのか?」
「さあ、どうでしょう?」
今度は先ほどと打って変わって、道明寺は人懐っこい笑みを浮かべてそう言った。
この所作こそが、道明寺の魅力であり、校内の男子生徒はおろか、女子生徒からさえも人気を博す理由でもある。
ちなみに、多くの男子生徒が道明寺の『
優しい人間っていうのは、誰にでも優しいから『優しい』という評価がされるのであって、決して特定個人にだけ優しいなんてことはないことを、青春の淡くほろ苦い恋心とともに彼らは学んだに違いない。
少なくとも、俺はそう学んだ。
別に道明寺に振られたとかそういうのではなく、それよりも昔の、優しさと好意を同一視していた頃の話で、正直、あまりいい思い出ではないが、道明寺と出会うよりも前にその現実を知ることができたと考えると、結果的に良い経験にはなってるんだから皮肉なもんだ。
「どうしたんだい、ぼうっとして」
「いや。可哀想だと思って」
「私が?」
ノータイムで聞き返してきたが、どう考えたって、振る側になることはあっても、振られる側になることなんてないだろう。
あまりにも当然のように言うもんだから、呆気に取られてしまったが、どうやらそれも道明寺には『わかった』らしく、道明寺は不服そうに口を尖らせる。
「なに、その顔。言いたいことははっきり言ってくれないと」
「いんや、なんにも」
喉のあたりまで出かかっていたが、これ以上言うと面倒くさいことになりそうなので、言葉を飲み込み、頭を横に振る。
ただ、それも気に入らなかったのか、道明寺はジト目でこちらを見るが、それを見ないふりをして、歩みを少し早めた。
「むぅ。……やっぱり、可哀想なのは私だと思うなぁ」
なにも聞こえない。聞こえないったら聞こえない。
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