第432話 皇女は、自棄になって暴走する

「えっ!美玲殿と話がしたいと?」


「ええ、そうよ。さっきの口上が本当なら、これ以上帝国の内情を知る者はいないわ。だから、お話をする機会を頂けないかと」


「まあ……確かにアリア殿の言うとおりですが……」


 ただ、アウグストは渋った。何しろ、その美玲は華帝国が自分の妃にするために寄こしたと思われる節があるのだ。もちろん、断固として断ったのだからやましいことなどないのだが……だからといって、アイシャの身内であるアリアに知られたいかと問われればNOだ。


「他の者ではダメですか?例えば……艦隊司令官とか」


 それゆえに、代案を提示するアウグストだが、アリアは素直に頷いたりはしない。そして……


「それとも、アウグスト陛下には別の思惑でもおありなのかしら?美玲殿は美しいお方でしたからねぇ……」


 もしかして、浮気相手なのかとジト目で見つめるアリアに、アウグストは白旗を上げた。アンドリューに「例の縁談の話はしないように釘を刺してくれ」と目配せをしながら、彼に呼びに行かせると、間もなくしてその美玲が姿を現した。


「お呼びと伺い参上しました。それで、ご用件とは?」


「実は……そちらにおられるアリア殿が貴殿にお話があるということだ。お願いできないだろうか?」


「それは構いませんが……アウグスト様ではないのですね……」


 落胆した様子でそう答えた美玲だが、そのまま隣に立つアリアに目を向けると、じっくりとその姿、形を確認するように見つめた。


「な、なに……?」


 その余りにも異様な視線にアリアが戸惑っていると、「こんな貧相な女にわたしは負けたの?」と、美玲は信じられないといった顔をして言葉を吐いた。もちろん、これはアリアがアウグストの妃になるのだと勘違いしたから出た言葉であったが、それを耳にしたアリアは不快感を示した。


「あなた……いくら何でも今の言葉は酷くない?初対面だと思うけど、わたしに何か恨みでもあるの?」


 険しい表情を浮かべて、アリアは美玲に詰め寄ろうとした。確かに貧相な体つきかもしれないが、いきなり何を言っているのだと憤りながら。しかし、美玲は隠し持っていたナイフを取り出した。


「あなたさえいなければ……わたしは!」


 魔王に嫁ぐためにやってきたのに、彼の隣はこの貧相な女がすでにいる。その一方で自分は捕虜となり、屈辱を味わっているのだ。逆恨みなのは承知しているが、許せない気持ちが心を支配して、その刃を向けた。


 しかし、美玲の意識が向いていなかっただけで、アリアの側にはレオナルドがいた。当然、このような暴挙は阻止される。


「ダメですよ、お嬢さん。あなたのような美しい方がそのような物騒なモノを持ちだしたら」


 あっさりとその手を掴まれてしまい、アリアに危害が加えらえることはなかったが……ただ、美玲はというと、なぜかうっとりとした表情でレオナルドを見つめていた。


(美しい方って……そんな!どうしよう!こんなイケメンにそんなことを言われたら……!)


 ナイフがカランと音を立てて床に落ちた。どのみち、アウグストとの縁談は無くなり、捕虜となった以上故国での居場所も失った。それならば、この人と残りの人生をどこか遠い場所で過ごすのもありなのではないか。そう思っていると……


「レオ、ありがとう。助かったわ。でも……いつまで鼻の下を伸ばしてその娘の手を握っているのかしら?」


 目の前の貧相な女が冷たい笑みを浮かべて、ギロリと彼を睨みつけていることに気がついた。


「い、いや、その……これはだな、アリア。こうしないと、君が危ないから……」


「もうナイフを手放しているのに、何が危ないのかしらねぇ。わたしにもわかるように教えてくれない?だ・ん・な・さ・ま?」


「いてぇ!」


 美玲の手をいつまでも掴んでいたその手をひねしられて、レオナルドは痛かったのか悲鳴を上げた。だが、そんな二人のやり取りに美玲は否が応でも理解した。この二人が夫婦であるということに。


(それなら、アウグスト様のお相手は……?)


 辺りを見渡すが、この部屋には旦那にお仕置きをしている貧相な女しかいない。そのため、美玲は断られた理由を外交上の問題だったと結論付けた。そして、そういう理由であるならば、まだ自分にも可能性があると考えて、急にアウグストにピタリと体を密着させた。


「な、なんだ……?」


「アウグスト様。最早、わたしは帝国に捨てられた存在です。どうか、遠慮することなく心の赴くまま……わたしをお求めください」


 その上で美玲はあざといくらいに色目を使いその手を握ると、そのまま強引に自身の持つ豊満な胸に伸ばさせた。


「ちょ、ちょっと、ストップだ!俺には心に決めた人がいるんだ!」


 アウグストは口ではそう言って抵抗を試みているが、その指先は柔らかさを堪能するかのように動き、鼻の下を伸ばしていては説得力はない。


「あら、やっぱり浮気相手だったようね。アイシャに伝えないと」


「ま、待ってくれ!アリア殿、これは誤解だぁ!アイシャには内緒にぃ!」


 焦るアウグストをからかいながら、アリアは貸しができたとほくそ笑んだ。ただ、その一方で、本題である事情聴取を開始するまでには、それからしばらく時間を要したのだった。

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