第374話 新任大使は、あと2年の我慢に苦悩する
「それじゃ……本当に彼女さんなの?弱味を握られて脅されてとかじゃなくて?」
「はい。ですので、どうか通報するのはやめていただけたら……」
ジャリフ女史の盛大な誤解を解消すべく、ルーナはこれまでの事情を彼女に説明した。本当なら、そんなことを話したくはないが、このままだとバシリオがロリコン犯罪者として魔王に処断かねないための苦肉の策だ。
「まあ……そこまで言うんなら、今回のことは見なかったことにするけど……バシリオさん、わかってますよね?18歳未満の女の子と性行為をしたら、合意があろうがなかろうと……魔国の法律では犯罪だってことは!」
そして、違反した場合は、もれなく悪さができないようにアレをバッサリ切断されると付け足すと、ジャリフは「あと2年は我慢しようね」とルーナにも言う。ルーナはその日のことを少し想像して、顔を赤くさせた。一方……
(危なかった……)
バシリオは、雰囲気に飲み込まれかけていたことを認めて、危うく自分の息子を失うところだったと冷や汗を流した。清き交際なら……キスやおさわりくらいまでなら、グレーゾーンだが黙認されているが、その先は完全にNGなのだ。
ましてや、『駐在大使、赴任先で現地少女を調達。淫行に及ぶ』などと新聞で報道されることにでもなれば、魔王の逆鱗に触れることは確実で……この首は宙を舞うことになるだろう。
(しかし、そうなると……童貞卒業は30を超えるの?)
現在28歳のバシリオは、あと2年経てば大台を超えることに苦悩した。できれば、20代のうちに済ませておきたいのにと。
もちろん、この町にもある娼館で手っ取り早く済ませてくる方法もないわけではないが、それができるのならとっくにそうしているわけで、何よりそれをやってルーナが許してくれるとは限らない。最悪、「浮気者」と罵られて、別れを告げられるかもしれない。
(ああ……どうしよう!)
他人からすれば至極どうでもいい話であるが、バシリオは真剣に考えた。新しい魔法を覚えるかもしれないが、それでも嫌なモノは嫌で……何とかいい方法はないかと。
「あ……」
そのときだった。ルーナが何かを思い出したような顔をして声を漏らしたのは。
「ルーナちゃん?何か思いついたの?」
バシリオは、自分が30になるまでに童貞を捨てる上手い手段を思いついたのかと期待して、彼女の言葉を待つ。しかし、ルーナの口から出た言葉は、期待からはかけ離れたものだった。
「そういえば、今日お兄様が来るんだったわ。それで……例の死体駆除の件、伝えてなかったな……と思い出して……」
そして、ごめんなさいと彼女は頭を下げる。あのとき、色々とバシリオのことを考えていていたから、手紙に書き洩らしていたと。だから急な話だが、今日はこのまま失礼するとルーナは言った。
だが、その言葉にバシリオは居た堪れなくなる。自分の方がはるかに年上だと言うのに、何と自分勝手なことを考えていたのだろうと。その上で、気持ちを切り替えて彼女の言葉に向き合って、口を開いた。
「そのことなら、気にしないで。これからお願いすればいいからさ」
帝都消滅からまだ2週間弱しか経っていない。今から取り掛かれば、ギリギリになるかもしれないが、恐らくは間に合うだろうとバシリオは予測して、ルーナを安心させるように励ました。加えて言うならば、自分も同行して説明するとも。
「えっ?バシリオさんも一緒に?」
「ああ、レオナルドさんには、どちらにしてもきちんと話しておいた方だいいと思うからね。迷惑じゃなければ……」
「ううん、全然迷惑じゃないわ。そうよね。きちんと話しておいた方がいいわよね」
「わたしたち、付き合うことになりました」と。そうでなければ、また妨害が入らないとは限らないのだ。
「それじゃ……いこうか?」
「ええ……」
二人は初々しい素振りで、手を繋いだ。そして、ジャリフにバシリオは「彼女を送ってくる」と言って、この部屋を後にしようとした。しかし……
「おい、そんな面倒臭いことしなくても、俺の転移魔法で送ってやるよ」
突然二人の背後に現れたコンドラの一言が二人の足を止めた。
「行ったことがあるのかよ。彼女の家に?」
「行ったことが無くても、俺の転移魔法は行けるのよ。その人に触れれば、その記憶を辿ってな」
何気に優れていたコンドラの転移魔法。その性能は、レオナルドやユーグよりも勝っていた。だが……今のバシリオとルーナに必要かというと、そうではない。
「イタっ!」
「あんたは、ホント空気が読めないねぇ。見てわからないのかい?これから二人はデートなのさ。野暮なことはしないの!」
ジャリフにスリッパで思いっきり頭を叩かれて、コンドラは痛そうに頭を押さえていた。そんな二人を見てルーナは笑う。いい人たちだなと思いながら。
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