第269話 近衛隊長は、思わぬ結果に涙する

「おい……聞いたか?」


「ああ、殿下が襲撃された話だろ?ご無事だったからよかったが……第3連隊の奴ら、飛んでもない失態だな」


「まあ、いつかはこうなるとは思ってたけどな。出自の卑しいものに務まるものではないのさ。近衛隊長の職は」


 廊下を曲がろうとしたときに不意に聞こえてきた声。クロヴィルが構わずそのまま進むと、日頃は仲の悪い第1連隊長と第2連隊長が珍しく揃って立ち話をしているのが目に入ってきた。


(まずいな……)


 クロヴィルは、内心嫌な気持ちを抱く。二人は名門貴族出身で、以前より平民出身の彼を毛嫌いしているのだ。しかし、この先にある大広間に呼び出しを受けている以上、避けるわけには行かない。ゆえに、仕方なく目礼をして通り過ぎようとした。が……。


「おやおや、噂をしてたら丁度良い所に。それで、どうだい。これから断罪される気分は?」


「カルバン卿、いいわけがないじゃないですか。見てくださいよ。こんなに怯えて……。哀れなものですな!」


 そんなに死ぬのが怖いのなら、今すぐ剣を放り捨てて逃げだしたらどうだ、と笑いながら言い放つ第2連隊長のオルソン。クロヴィルの顔が屈辱で歪む。


「先を急いでいるので、失礼……」


 しかし、クロヴィルは相手にせずに彼らの前を通り過ぎて大広間へ向かう。後ろから、「その首は俺が落としてやるから、安心して陛下より死を賜って来い!」などという声も聞こえたが、クロヴィルは振り返らなかった。





「近衛軍第3連隊長オスカー・クロヴィル大佐、お召しにより参上しました」


 広間の入口。そこに立つ二人の兵士にそう告げると、そのうちの一人が部屋の中に入っていった。おそらくは通してよいか確認に行っているのだろう。そして、しばらくすると扉が開かれた。


「どうぞ……」


 扉の外にいた兵士が背後から囁いたが、その先には、この国の重臣たちが左右に並び、その奥……正面に、国王フランツ2世、王妃マグナレーナ、そして、王太子アリアの3人が豪華な椅子に座っているのが見えて、クロヴィルの足は動かなかった。


(これから……万座の中で断罪され、罵声を浴びせられながら死罪を言い渡されるのか……)


 覚悟はしていたが、いざとなるとやはり心のうちに恐怖が芽生えてくる。


「何をしている!陛下をお待たせするつもりか!!」


 しかし、そんな心情など気にかける者はいるはずもなく、クロヴィルはこの場を仕切るハラボー伯爵の強い叱責を浴びることになった。


「も、申し訳ありません。ただいま……」


 震える足を叱咤して、ようやくクロヴィルは前へと進む。そして、儀礼に則り、所定の位置で国王に拝礼する。


「お召しにより、参上いたしました」


「ご苦労。面を上げよ」


 この短いやり取りも、形式的なもの。この後、自分の罪をハラボー伯爵が読み上げて、国王が死罪を言い渡す。これでおしまいだ。……おしまいのはずだった。


「……この者、過日、アリア王太子殿下が不逞な輩の襲撃を受けた際、その知略と武勇によって殿下の危機を救った功績は非常に大である」


「は?」


 断罪されると思っていたところに聞こえてきたお褒めの言葉。クロヴィルは理解が追い付かず、非礼にも思わず声を零した。そんな彼を見て、アリアがクスクス笑って言った。


「あなたの機転がなければ、もっと早く追いつかれていたし、あなたが駆けつけて剣を振るってくれなければ、わたしもアイシャちゃんも捕まって、今頃どうなっていたかはわからないわ。だから、今日はそのご褒美をあげるためにここに呼んだのよ」


「はあ……」


 やはり、理解が追い付かず、不敬にもまたしても空返事をしてしまったクロヴィル。そんな彼の姿に、またしてもアリアは笑うが、ハラボー伯爵は許してくれなかった。


「貴様!国王陛下の御前成るぞ!もっと、シャキッとせんかぁ!!」


「は、はい!すみませんでしたぁ!!」


 ようやく、クロヴィルは正気に戻り、再び跪いて沙汰を待つ。すると、ハラボーは「ふぅ」と一つ息を吐いて、手に持った詔書の続きを読み上げる。


「……よって、オスカー・クロヴィル大佐を少将に昇進のうえ、王太子殿下付武官長とする!」


 将官への昇進に王太子付武官長——。いずれも、平民である彼には縁のないポストのはずだった。ゆえに、あれほど注意されたにもかかわらず、クロヴィルはまたしても声を失い、呆けてしまった。


「おい……返事!」


「は……っ!……つ、謹んで、承ります!」


 そして、ハラボーはまたしても注意を行うと、クロヴィルは慌ててそう言って命を拝受した。すると、アリアがおもむろに立ち上がり、彼の目の前にやってきてその手を取る。


「どうか、これからもわたしをこの手で助けてくださいね」


 アリアは笑顔でそう言うと、クロヴィルは誓った。「命に代えても、お守りします!」と。その頬に涙を伝わせて……。

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