第218話 女商人は、協力を取り付ける
(あれ?)
瞼を開いたシルベールの目に飛び込んできたのは、心配そうに見つめる妹の姿。
「スメーツ?」
思わずそう言葉を掛けて……思い出す。今、こうしている間にも魔族の群れがこの地に迫っているということを。だから、慌てて起き上がる。
「な、何をしてるんだ!早く逃げなさい!」
そして、改めて逃げるように強く命じた。あれだけの魔族を相手に戦えるわけがないと判断して。それならば、せめてこの妹だけでも生き延びてもらいたい。シルベールはそう思った。
「よかった……」
しかし、どういうわけか、そんな焦りを滲ませているシルベールの姿を見て、スメーツはむしろホッとしたようにそう言った。シルベールは、その意味を測りかねるが、今はそれどころではないと思い、空を見る。
「え?」
だが、さっきまで近づいていたはずの魔族の群れはどこにも見当たらなかった。
「ど、どういうことだ?」
「……あなたが寝ている間に、レオとユーグさんが片付けたのよ」
「え?」
後ろから声が聞こえてシルベールが振り返ると、アリアが腕組みをしながら、得意げな顔で立っていた。
「アリア殿下、それは一体……」
シルベールは信じられないことを聞いたような、驚いた顔をして訊き返した。だが、それに答えたのは、スメーツだった。
「お兄様、ホント凄かったんですよ。雷と炎で魔族たちを一瞬で焼き尽くしたレオナルドさんとユーグさんの魔法は!」
(魔法?)
その言葉に、シルベールは訝しみ、首を傾げた。もちろん、ムーラン帝国でも使える者は大勢いるが、あれだけの数の魔族を一瞬とは言わずとも、わずかの間で一掃することなど、あり得ない話だと思って。だが……
「それに、お兄様の病も治してもらったんですよ」
「えっ!?」
続けて告げられたスメーツの言葉に、シルベールは自身の体の変化をようやく認識した。そういえば、さっきから咳き込まないし、どことなく体が軽いような感じがしていることに気がついて。
「シルベールさんが罹っていたのは、肺結核という病気よ」
「肺結核?」
アリアが横から口を挟んだが、その単語に記憶がなくてシルベールは首を傾げた。すると、スメーツが言った。ルクレティアでは『不治の病』と言われている病気であることを。
「ですが、どうやって……」
シルベールは戸惑いながら、アリアに訊ねた。そんな病気をどうやって治したというのかと、うさん臭さを感じて、疑惑の目を向ける。
しかし、彼女は臆せず答える。
「この病気は、肺の中に小さな悪魔が住み着いて、体の内側から破壊している病気。レオはまずそんな悪魔を聖魔法で殺して、そのあと治癒魔法をかけたの。だから、もう何も心配することはないはずよ」
そうよね、とアリアが隣にいたレオナルドに訊くと、彼は黙って大きく頷いた。シルベールは改めて自分の体の具合を確認したが、昔の元気だったころと同じような感覚に、彼女たちの言っている言葉にウソはないと断じた。
(だとすれば……)
先程、スメーツが言っていた魔法で魔族どもを全滅させたという話も現実味が帯びてくる。シルベールはその場で跪き、許しを請うた。
「ちょ、ちょっと!」
「大変申し訳ありませんでした。どうか、これまでの非礼をお許しください」
その態度の変わりように、アリアは戸惑いユーグやレオナルドを見る。だが、彼らは何も言わない。それはアリアの役目だと言わんばかりに。
(仕方ない……)
アリアは、ため息をつきそうになるところを我慢して、シルベールに告げる。
「謝罪は受け取りましたわ。ですから、今までのことは水に流しましょう。……それで、先程のユーグさんの話の件ですが……」
「もちろん、全面的に協力させていただきます!お任せください!」
シルベールは、積極的に協力することを約束した。そして、具体的なことは明日改めて協議することとし、今晩はこの町の窮地を救った英雄として、饗応させてもらいたいと申し出てきた。
「いいんじゃない?応じても」
どうしようかと迷っているアリアに、レオナルドがそう言った。ユーグも、特に異論はないようで口を挟む様子はなかった。
「わかりましたわ。お受けいたしますわ」
ゆえに、アリアはそう答えた。問題ないと判断して。しかし、そう答えた一方で……
(ん?何か忘れているような……)
一抹の不安を覚えていたが。
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