第166話 女商人は、商会を設立する

「なあ、アリア。どうして、クロエちゃんを会頭に指名したんだ?」


 三人がいなくなった後、アリアと共にオランジバークに転移したレオナルドが訊ねた。本当なら、あの場では、親商会の設立とブラス商会がその傘下の子商会になることを話すに留めるはずだったのに、と。


 すると、アリアは答えた。


「そうよね。レオの言うとおり、初めは会頭を決めるのはまた別の機会にするつもりだったわ。……でも、あの三人の中で、あの子は先を見ていた。わたしが何も話さないうちに。そういう子に任せたら、ブラス商会はもっと大きくなると思った。彼女に決めたのは、そう言う理由よ」


 クロエが身売りするのではないかと話した時、トビアはオロオロするばかりで、どうすればいいのかわかっていなかったようだし、ガスパロは堂々としていたが、どこか達観しているように見えた。もしそうなら、俺にも考えがあると言ったような。


「なるほどな。俺はガスパロさんの堂々とした姿を見て、この人がいいんじゃないかと思ったけど、そう言う見方もあるのか……」


「まあ、レオの言うとおり、あの度胸は経営者にとって相応しいものだし、クロエもいずれ身につけた方がいいと思うけど……それを差し引いたとしても、彼女に魅力を感じたの。だから、もう迷わなかったわ」


 アリアは本当に迷わずにそう言い切った。その言葉を聞いて、レオナルドはただ「そうか」と答えた。


「それにしても、子商会を何個作るんだ?ラモン族に任せる『ラモン炎石鉱業』に、シーロに任せる『シーロ&ニーナ製作所』……」


「あと、元盗賊たちを使った『オランジバーク物流』と『ディーノ警備商会』。会頭のディーノはルワール藩にほとぼりが冷めるまで行くことになったから、そっちはピーノを代行に立てる予定で……」


 オランジバークの旧市街地にある目的地に向かいながら、アリアは他にも設立する商会のことを楽しそうにレオナルドに語った。そして……


「ここが、それらの商会を統率する『ハンベルク商会』本店よ!」


 かつての村長邸跡地に建てられた新築3階建ての木造建築物の前で、アリアはレオナルドに告げた。


「……建築中に何度も見たけど、こうして出来上がると、何か……何だかわからないけど、凄いな……」


 上手く言葉が見つからずに、取り合えずそう告げるレオナルドと、それを見て笑うアリア。「凄いってなによ」と言いながらも、上機嫌だ。


「でも、本当にここで良かったのか?交易のことを考えれば、港地区か、交易所がある新市街地の方がよかったんじゃ?」


 今更だけどと言いながらも、レオナルドは確認する。この近くには、義母と弟たちも暮らしているのだ。だから、もしかして、自分に気を使ってくれたのではと思って。


 アリアは、「ホント、今更よね」と笑いながら、レオナルドの疑問に答えた。


「このハンベルク商会では、物を売ったり、買ったりはしないの。あくまで、傘下の子商会に指令を行う場所よ。だから、レオの言うような、交易のことを考える必要はないわ」


 主な業務は、各商会から上がってくる報告の精査と方針の立案。そして、その業務は村長の時に秘書を務めていたアンジェラが統括するという。


「決まった方針は、レオの転移魔法で直接、各商会に伝えに行けるでしょ?つまり、この『ハンベルク商会』は、世界中のどこにあってもいいのよ。だったら、わたしたちが初めて出会ったこの場所でもいいんじゃないかしら?」


 アリアは、少し頬を赤らめて、最後は小さな声で言った。


「最初に会った場所?」


 しかし、そんなアリアの感傷的なムードを無視したように、レオナルドは首を傾げた。


「あれ?最初に会った場所って、確か、宿屋じゃなかったっけ?」


 勇者が旅立ち、一人残されたアリアを起してその事実を告げた、あの部屋こそが初めて出会った場所のはずだと、レオナルドは空気を読めずに素直に答えてしまった。


 バシン!


「痛ってぇ……」


 いきなりカバンで頭を叩かれて、レオナルドは後頭部に手を遣り、アリアを見た。彼女はプルプル震えて、目を吊り上げて不機嫌そうにしていた。


「もう!雰囲気台無し!!サイテー!信じられない!!」


 そんな小さな事どうでもいいでしょ、と言いながら、アリアはレオナルドを残して新築の商会へと歩いていく。彼女にとっては、娼婦に落される寸前でレオに救い出されたこの場所こそが、出会いの場所なのだ。


「お、おい、待ってくれよ……」


 玄関扉の向こうには、商会設立を祝う仲間たちが待っているのだ。彼らにみっともない姿をさらすわけにはいかないと、レオナルドは女心は難しいと思いつつ、謝りながら後を追うのだった。

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