第135話 発明家は、恋人に発明品を見せるも……

「それで、どうしたの?しかも、研究室に来てくれだなんて……」


 レベッカはそう言って訝しむ。ここは、変な油や薬品の匂いがして苦手な場所なのだ。だけど、恋人であるオズワルドの「たってのお願い」とあれば聞かないわけにはいかないと思って来たのだが……。


(なんで、さっきから何も言わないのよ!!)


 肝心のオズワルトは、目の前の訳の分からない装置をいじるのに夢中で何度か話しかけているのに反応がない。どうやら、何かしらの準備をしているように見えるが、せめて説明が欲しい。レベッカはいつものことながら、恋人の奇行に不満を抱いた。


「できた!!あーよかった。一時はどうなるかと……」


「そう、それはよかったわね。……で、用がないのなら帰るけど?わたし、忙しいし」


「あ……。ごめん。実は、かねてから研究を重ねてきたものが完成したから、君に見てもらいたいと思って来てもらったんだった」


 本末転倒なことに、恋人を呼び出していたことを今更ながら思い出したように語るオズワルドに、レベッカは苛立ちを覚える。だから、つい冷たく言い放つ。


「で……その変梃りんな装置は何なの?恋人であるわたしよりも重要なのよね。それなら、その装置と結婚したら?」


「ああ、誤解だ……。誤解だよ、レベッカ。これは、御父君に君との結婚を認めてもらうために開発したもので……」


 オズワルドはしどろもどろになりながらも、必死で弁明した。


(もう……そんなものがなくても、結婚したいのならそうしたいと早く父に言いに行けばいいのに……)


 以前からオズワルドが自分と釣り合いが取れるようになるべく、研究に勤しんでいたことは知っている。それはそれで、嬉しい気持ちがないわけではないのだが、だからといって、父が見合い攻勢を強めつつある以上、いつまでも待てるわけではないのだ。


 世の中には王女様をナンパして、見事口説き落とした遊び人もいるのだ。好きなら好きと、ここで自分を押し倒して既成事実を作るなり……度胸を見せてもらいたいと、レベッカは思った。


(ふぅ……)


「ん?どうしたの?」


「ううん。なんでもないわ」


 でも、この目の前の頼りない恋人にそんなことを望むのは無理だな、とレベッカは心の中でため息を吐いて思った。そんな人を好きになったのはまぎれもなく自分自身なのだから。


「それで、その装置は何なの?」


 気を取り直してレベッカが訊ねると、オズワルドは待ってましたと言わんばかりに嬉しそうな顔をした。


「これはね、レベッカ。この炎石を投入して内部で燃やすことによって発生した水蒸気がこのピストンを押し上げて……」


 得意げにオズワルドは説明をしてくれるが、レベッカは専門家でもなければ、研究者でもない。ニコニコして聞いてはいるものの、そのほとんどが難しすぎてわからなかった。


(でも……)


 レベッカはふと思った。オズワルドは炎石を装置の中に投入すると言っているが、どうやって手に入れるのだろうかと。あれは、本土からの輸入品で数も少なく、さっき投入した大きさの者であっても300Gはする代物だ。


「あの……オズワルド?」


「ん?どうしたの?」


「その炎石、どこで手に入れるの?」


 商人の娘であるレベッカにすれば、それはそれほど難しい質問のつもりではなかった。なぜなら、「本土から大金を払って輸入する」。この一択だったからだ。しかし……。


「え?あれ、そういえば、どこで買うんだろう?」


 友人に頼んで炎石を提供してもらったオズワルドは、答えを持ち合わせていなかった。レベッカは頭が痛くなった。


「あのね、オズワルド。あなたがさっき装置に居れた炎石。あれ、300Gはするわよ」


「300G……。うそだろ?」


 オズワルドは唖然とした。300Gあれば、学食で最も高いAランチを1カ月間毎日食べ続けることができることを思い出して。


 そして、そんなオズワルドを畳みかけるようにレベッカは訊ねる。


「それで、その装置。あなたは何に使う気なの?」


「いや、井戸の水くみに……。あれば、みんな楽になるかな……って思って?」


「費用対効果が全然ダメね。あなたは、300G払って井戸の水くみを誰かに頼んだりするかしら?」


「……いや、しない」


 レベッカの言っていることがよく理解できて、オズワルドは項垂れ、そして泣き出した。これまで頑張ってきたことがすべて無駄になったことに気がついたのだ。そして、結婚が遠のいたことも……。


「だから、こんなものが無くったって、わたしは……」


 まさか、泣くとは思っていなかったレベッカは、慰めの言葉を掛けるが……


「……ごめん。今日は悪いけど、帰ってもらえるかな……」


 オズワルドは拒絶した。


「そう……わかったわ……」


 気まずい思いを抱いたまま、しかし、今はそれしか選択肢がないと、レベッカは素直に従って部屋を出た。


 あとには、意気消沈する恋人を一人残して。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る