第68話 悪人たちは、密かに人身売買を開催する

 ポトス郊外のとある廃村——。


 この地は、かつて盗賊たちによって荒らされて、打ち捨てられた場所であった。


「さあ、本日の目玉商品の登場でございます!!」


 しかし、この日は焼け残っていた劇場に多くの人が集まっていた。身に纏う衣服は高価であるが、その一方で身元がバレるのを防ぐために目元に仮面を装着しているという不可思議な出で立ちで。


「うぐーっ!!うぐーっ!!」


 そんな連中が観客席に陣取る中、舞台の上には猿轡を嚙まされた少女が引きずり出される。その見目麗しい姿に、観客席から歓声が上がる。


「それでは、10万Gから参りましょう!!」


 オークショニアがそう宣言すると、観客席から掛け声上がり、少女の売値が吊り上がっていく。


「うぐーっ!!うぐーっ!!」


 言葉はわからない。わからないが、その光景に察しはつく。少女はこの先に待っている自分の運命に慄き、抵抗を試みようとする。しかし、両手両足に枷を嵌められた状態では、もはや何もできない。


「450万G!!……他にございませんか?……では、ハンマープライス!!」


 落札者が決まった。見れば、身なりは立派だが、禿げたデブの気持ち悪い男。司会者に呼ばれて舞台に登壇するや嘗め回すように自分の体を凝視した。


「念のため訊くが……処女で間違いないのであろうな?」


「もちろんでございます」


 目の前で遠慮することなく交わされている会話は理解できないが、何となく想像はつく。自分の運命を悟った少女の瞳から自然と涙がこぼれた。





「いやぁ、おかげさまで今回のオークションも盛況でした。……オランジバークからの入手ルートがダメになったと聞いたときは肝を冷やしましたが……さすが、ブラス殿ですな」


 ポトスの高級クラブの一室。アルバネーゼ商会を率いるカスト・アルバネーゼは、ソファーに踏ん反り返るブラスの葉巻に火をつけながら、そう言った。すると、ブラスも満更ではなかったのだろう。にこやかな表情で煙をふかした。


「それにしても、今回はどこから仕入れたので?」


 カストは恭しい態度で、ブラスに訊ねる。もっとも、そんなことは企業秘密に類するものだ。安易に喋るとは思っていなかったから、あくまで社交辞令のはずだったが……


「ああ、アルカ帝国でな……」


 余程機嫌がよかったのだろう。ブラスは口を滑らせた。


「アルカ帝国?かの国は、鎖国状態で入国できないのでは?」


 思わず聞き返してきたカストに、ブラスも己の失言に気づいたようで苦虫を潰したような顔をした。そして、再び葉巻をふかして、それ以上のことは話さなかった。


 ゆえに、カストもあえて訊くことはしなかった。


「ところで、例のモノは手に入ったか?」


「例のモノ?……ああ、あれですね」


 ブラスの言葉にピンときて、カストは後ろの部下から革張りの箱を受け取り、それをそのまま差し出した。


「しかし、ブラス殿もお好きですなぁ。攫ってきた獲物から美女を選んで……なんでも、別荘に囲われているとか。それなら、この薬はきっとお役に立つでしょう」


「……1番の美女は総督に献上したし、おまえだって好みの女を選んだのだろう?とやかく文句を言われる筋合いはないぞ」


 そう言って、ブラスは差し出された箱を受け取り、かばんに仕舞う。中身は、はるか東の果てにあるという帝国で、皇帝が愛用しているという『精力剤』だった。


「それ、高かったんですからね。次回もよろしく頼みますね」


「ああ、任せておけ」


 それだけ言うと、もう用は済んだとブラスは席を立つ。どうやら、新しいおもちゃの所に行って早速使うらしい。


 このスケベ親父めと内心悪態をつくが、もちろん顔にも口にも出さずに、カストは出て行く彼を見送るのだった。

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