第63話 盗賊たちは、昔話を思い出す

「なんだって!?団長たちが死んだって!?しかも全滅!?」


 アジトで留守を守っていたディーノは、その信じられない報告に思わず声を荒げた。


「嘘をつくんじゃない!!奴らの総人口より多い兵隊を……しかも団長自ら連れてったんだぞ?負ける要素何か全くないじゃないか!!嘘をつくんじゃない!!」


「しかし……第2陣で向かってた連中が次々と戻ってきてそう言っておるのです。なんでも、オランジバークに着陣していた団長以下先遣隊は、どれもこれも無残に殺されていたと。氷の尖った柱に数珠つなぎのごとく重なり合って串刺しにされていると……」


 バカな……とディーノは言葉をこぼした。だが、嘘を言っているようには思えない。


そもそも、この男——ピーノは、この盗賊団に合流する以前からのつきあいだが、いつも慎重で、噂話だけで動いたりはしない男なのだ。つまり、確認したうえでの報告だろうと、ディーノは断じた。


「……それで、ピーノ。団長たちはどのようにして死んだのだ?単純に相手がより多くの兵を用意してたのか?それとも、奇襲……あるいは、罠か?」


 今更、どうやったって団長は生き返ったりはしない。……が、敵の正体を把握しておかなければ、自分たちも遠からず後を追うことになるのだ。ここにいる2万弱の仲間を死なせないために、それは知っておく必要はある。


「あの……それが……実はですね……」


「ん?」


 明らかに言い淀んでいるピーノに、ディーノは首を傾げる。


「どうした?今更、何を言われても驚かんから、早く言え」


「それがですね、生き残った者の話によると、ローブを着た一人の男の仕業だというのです……」


「なにっ!?」


(団長率いる先遣隊は700名ほどいたはずだ。それをたった一人の男に?)


 ディーノは、とてもじゃないが信じられなかった。もっとも、目の前のピーノも同じ気持ちだったのだろう。すぐに言い出せなかった理由を理解した。


 しかし、だからといって、軽視できる情報ではない。事実であれば、例えこの地に2万弱の兵力があるとはいえ、絶対に大丈夫とは言い切れない。


(あれ?)


 そのとき、ふと昔の話を思い出した。まだ、ポトスで傭兵をしていた時に、アルカ帝国の侵攻をたった一人で食い止めた男の話を。帝国軍1万余をわずか30分足らずで全滅に追い込んだ大賢者の話を。


「おい、昔、ポトスにいた大賢者様のこと覚えているか?」


「えっ……。あ、はい。そういえば、もう20年近く昔の話ですね?」


 突然何を言い出すのかと、ピーノは不思議そうに返答した。


「でも、確かあの方は本土に帰られたのでは?噂では、想いを寄せていた女性に振られたから……だったような?」


「だが、確かもう一つ噂があっただろう?『その女は大賢者の子を宿し、認知を迫られたからあわてて逃げ出した』とかいうやつも……」


「ああ、そういえば、そんな話もありましたね。大賢者様を嫌っていた団長が、あのころよく笑い話にしてましたっけ?……え?まさか……」


 ディーノの顔が冗談や昔話を懐かしんでいるようには思えない、真剣な表情をしていることにピーノは気づき、言葉を失った。もし、その話が本当であり、今回のことがその子供によって引き起こされたとしたら、笑い話ではない。


「……魔法使いの才能は、親から子に伝わるって聞いたことがある。大賢者の子がいるのであれば、それはとてつもない魔法使いのはずだ。もし、そいつが今回の相手だとしたら……」


 勝てるはずがない。ディーノもピーノも心を一つにしてそう思った。


「ピーノ。どちらにしても、この盗賊団はもうおしまいだ。今は、ジャラールの奴らから贈られた食料で何とか食いつないでいるが、春まではもたないだろう。そうなれば、ポトスの討伐軍がやって来るはずだ。団長を失った今、対抗できるとは思えない」


 幹部の多くを失い、最高位となったディーノはどちらかといえば文官。食料の節約、配分には定評があるが、戦闘の指揮など執ったことはない。


「……ゆえに、俺はオランジバークに降伏しようと思う。大賢者の子かどうかはわからないが、そんな化け物相手にしたくないし、少なくとも、ポトスに下るよりかはマシだろう」


 そう告げるディーノの言葉に、かつて、ポトスで受けた屈辱を思い出して、ピーノも同意するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る